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1-2 ある日の学院

2020年10月25日-行間や句読点などを修正。内容に変更はありません。

2021年10月01日-学院の描写を追加、アメジストとエメラルドの描写も加筆。それにあわせ、いくらか手直しをしています。

2023年2月19日-アメジスト様とエメラルド様の描写を、もう少し追加。

 もう、あたりは賑やかだ。

 人が行き交い、馬車が走り、今日も町が動き出そうとしている。

 ……間に合うかな?

 まずは、大通りに出よう。ちょっと急ぎ足だ。


 広い通りに出ると、同じ制服が何人も見えたので、足を緩める。

 よかった、なんとか間に合いそう!

 しばらくしたら、こんどはレンガ造りの高い壁に沿って進む。

 そして見えてくるのは、左右に立つ大きな門柱と、かかる金属製のアーチ。

 ここが、私の通う『学院』だ。


 『学院』とは、この国で最も格式と実力を認められている教育機関。


 建物は魔法加工までされた石造りの豪華なもので、この広さで4階建てという、王宮なんかには及ばないまでも聖都でも有数の大きさを誇る。

 敷地も広い。町のグルメスポットと言われる食堂をはじめ、大図書館や聖堂などといった施設も敷地内に併設されている。研究機関であるアカデミーや、これも聖王国の誇りである『神殿』にだって繋がっていて、行き来も多い。

 備品だって種類はたくさんでとても綺麗、何があっても足りないものはないって思ってしまう。

 それに、生徒も。貴族はもちろん王族だってこの学院で学んでいるし、私のような庶民の生徒だって少なくなくて。それがとてもすごいんだ、などという話を聞くこともある。


 そんな学院なんだけれど。私は、すごくてもすごくなくても、騒がしくも温かい感じのするここが大好きだ。

 だって……私がここに来ることは、パパとママの残してくれた願いでもあったから。


 そして私は、教室の扉を開けて中にはいる。すると、ちょっときつめのクラスメイトに睨まれてしまった。

「おはよう、レンガ様。きょうもギリギリね?」

 彼女の名前はアメジスト様。クラスにも2人しかいない侯爵家のお嬢様で、大物さんである。

 言動は厳しいけれど、気持ちはとても優しくて温かい。だからとても慕われている、クラスの責任者だ。

 私も、とてもお世話になっている……いろいろな意味で。なので、なかなか頭が上がらない。


  ハーフアップにした深紫の髪を軽く揺らしたあと、

「遅刻しなかったのは偉いけれど、もう少しなんとかならないかしら」

 アメジスト様のお話が続く。

 でも。そういわれても、私も生活費を稼がなきゃいけないので。

「おはようございます、アメジスト様。その、努力は、してるんですけど……」

 困り顔で答えると、アメジスト様の眉間にシワが寄る。

「頑張っていても、結果がでなければね。たしかにいくらかはマシになったけど、最近も遅刻がなくなったわけではないし」

 う、それはわかってるんですけれど……。

 言われていることはもっともなので、返す言葉がない。

「……うぅ、ごめんなさい」

 しょんぼりして顔を俯ける。なんだか、クラスメイトのみんなの視線が痛い気がする。


「もう、いいわ。

 でも、学院で学ぶ資格は誰でも得られるものではないわ。学ぶことを軽んじるということは、学べない人たちを軽んじるということだと思う。

 もう少し、なにができるか考えて。私に話してくれれば、対応を考えるわ」

 そういって自分の席に戻ったアメジスト様は、もう私のほうを見ることなく、なにかの冊子に目を通しだした。

 私も、自分の席に座る。

 今の話が気になって、ちょっと周りが見えなくなった。


「……では、このときなにがあったのでしたか? ……アイセさん!」

 上の空だった私だが、急に大きめの声で姓を呼ばれて、ハッとなる。

 びっくりして前を向くと、先生がこちらを見つめていた。

「レンガ=アイセさん。起立して答えなさい」

 そう言われてとりあえず立ち上がるが、なにを聞かれているかもわからない。


 ああ、これじゃまたアメジスト様に叱られちゃうなぁ。

 ますます落ち込みながら下を向くと、視界の端で何かがチラチラ動いた。

 ?

 視線だけ向けると、隣の机の上でメモがひらひら揺れている。

 そこには、

「予言の日、王都になにがあったか」

 と書いてあった。


 驚いて隣りに座っているエメラルド様の顔を見ると、平然とした表情で前を向きつつ、目線だけがこちらに向かい、わずかに口の端が笑っている。

 なかなか顔を見ないクラスメイトの親切に少し戸惑いながら、それでも感謝の視線を返して、先生に問われただろうことに答えた。


「はい。

 予言の日は、かつて幾多の占いで訪れるとされた災厄の日です。

 しかし、聖王国は平和と繁栄の時の中でその占いを軽んじ、対策を怠りました。

 そして王都に災厄が訪れます。

 王都に異世界と繋がる『門』が現れ、王都は異世界と混じってしまったのです。

 王都は今も不思議な壁に覆われ、その中に入ることはできず、その中の人も建物もどうなっているかわかっていません」


 そう答えると、先生は少し困った顔をしながら、許してくれた。

「アイセさん、優れた学問を学ぶことも学院の誇りですが、良い友人を得ることもまた学院の誇り。ありがとう、とちゃんと言いなさいよ?」

 そういって、板書を再開する。


 結局、予言の日の災厄によって王都とほとんどの王族を失った聖王国だが、有力貴族10家が集まってひとまず国をまとめる執政官を選び出し、その執政官と協力して古の都であった聖都を新たな首都として立て直して、内外ともに奮闘したことで被害と混乱の拡大は防がれた、らしい。


「でも、国内ではいまでも10公家と当代の執政官閣下そして今上陛下のあいだでなんとも微妙な綱引きがある、とかは教えてくれないのよね」

 授業の後メモのお礼を言いに行くと、編んだ前髪の一房を弄びながら、エメラルド様はなかなか難しいことを仰った。


 エメラルド様は病気がちで欠席が多いからあまり授業に出られないのに、成績は学院でも10指に入るらしいのだから、きっと才媛と言って良いのだろう。

 さらに輝くような美貌も羨ましいくらいで、加えてこのクラスでもうひとりの侯爵令嬢となれば、「天は二物を……」などという古来からの格言にも説得力がない。

 あとは、隣の席になってほんの数度話しただけでもわかった。彼女は結構な珍しいもの好きである、と。

 それが私にはだいぶ意外で、面白い方だなとずっと印象には残っていたのだけれど。なかなか話す機会も少なかったから、今日助けてくださったのが、これまた意外でした!


 そんなエメラルド様は、こんなふうに言葉を続けた。

「そういえば、レンガ様は学院の始業前とかはおいそがしいのかしら。ところで、私、最近学院で話題になっているという、焼きそばパンというものを食べてみたいわ。あと、『猫のパン』というお店の焼きそばパンは絶品らしいわよ?」

 そして緑色の瞳をキラキラと輝かせながら、悪戯っぽい笑みと一緒に可愛らしくお腹を押さえたりされるものだから。

「……わかりました。近々お持ちしますね」

 私はちょっと呆れながら、そう答えたのだった。

興味を持っていただけたり、応援をいただけるようでしたら、ぜひブックマーク・評価・感想などをいただけますと幸いです。


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