第二話
<数時間後>
それから医師はコハクが持ってきた毒矢を1本どこかへ持って行ってしまった。
そして戻ってきたと思ったら、解毒薬はないと言ったのに、なにやら薬を用意してくれた。
点滴だと暴れて不可能だからだろう、注射で投与していた。
シオンのズボンは脱がされている。
パンツが血の色に染まっていることが分かった。
「あの、血尿が……」
コハクはこの症状がいいかわるいか分からなかったので医師に尋ねようとした。
「いいんだ、血を浄化する牛黄という漢方に分解された毒素が外に出るように下剤と利尿剤を入れている」
医師がそう答えた。
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ちょっと押さえてろと席を立った医師はものの30秒で戻ってきた。
「水飲んどけ」
医師はそう言い、コップに入った水をシオンが暴れて倒さない程度の近くの床に置いた。
確かにずっとシオンにつきっきりで水分1つとっていなかった。
そしてシオンを抑えるのを変わってくれたので、ありがとうございますと感謝の言葉を述べ、水を一気に飲み干した。
ここの地は良くも悪くも自然にあふれているので真水が上手い。
数時間ぶりに飲んだ水は自分が生きていることを実感させられた。
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<数時間後>
医師は現在は落ち着いているシオンを枕や毛布を巻いたもので支える。
「シオン……」
「今は落ち着いているが、また発作が起きるかもしれない、そうなったら折れるまで反り返ろうとするから首を押さえろ」
そう言って医師は部屋から退出していこうとする。
「わ、わかりました」
出ていかれる前に了解の意思を伝えた。
彼はずっと付きっ切りで見てくれた。
あとは手におえないということだろうか。
それでもここまで処置してくれただけでもありがたい。
「げ、げほ、」
時折、シオンが吐く口腔内の異物を除去する。
「……ぐぅ……っ……が……はっ……げほ、オェエエエ!」
シオンの口から出るのは血が混じった胃液だけだ。
もう何回吐いただろうか……
コハクはシオンがこれほど苦痛に発狂している姿を始めてみる。
いっそ、楽にしてあげたほうが幸せなのではないか?という妄想がコハクの脳裏によぎる。
コハクはシオンの頭をすがるように握りしめた。
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「…あぐ…っ」
シオンの目が上ずり、もはや黒目は上瞼の中に入り込んで全く見えず白目をむいている。
さらに喉を詰まらせ呼吸が止まった。
「シオン、シオン!」
気道を確保するために必死に首の位置を調整するが、痙攣で力の入った体を調整するのは難しい。
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「……ハァ……ッ、はぁ……っ……」
落ち着いたと思えたのに、また聞えていた荒い呼吸が、喉元で詰まった。
もう何度目だ。
恐ろしかった。
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トランシーバーから雑音が鳴り出した。
通信範囲圏内に入ったらしい。
「ザーザー……ザー……DC1、こちらDC2応答せよ」
トランシーバーが明快な言葉を拾った。
この場で出るのは得策じゃないが、シオンを置いて動けない。
今は医師が外出中の様で不在だ、盗聴器や盗撮器を探す余裕もないので仕方なしに応答する。
「こちらOP6、DC1は毒矢に打たれた。危険な状況だ。
応援を要請する。位置は民族内地の医者の家だ。通信終わり」
コハクが応答する。
「……こちらDC2、了解」
トランシーバー先の相手は、コハクの言葉を理解しただろう、通信が切れた。
しばらくすれば迎えが来る。
迎えが速かろうと遅かろうとシオンが生死を彷徨う時間は変わらない。
それに医師が言っていた牛黄に下剤と利尿剤を混ぜた薬をこちらではすぐさま準備できないだろう。
「……っ、は、あ、あ……ぐああ゛ああはぁ……っ」
また発作が始まる。
シオンの目の縁からひっきりなしに涙がこぼれる。
「あ……っぐ、はっ、、ふ……っ……」
シオンの全身の力が抜け、抑えていた頭部が重力に従いコハクの腹に乗っかった。
時折訪れる、発作が治まる静寂。
「はぁ……ヒュー……は、……」
その静寂が訪れるたびに、シオンの呼吸が弱まってゆくのが分かる。
死が近い。
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ガラガラガラとドアが開く音がした。
「もう、ドアの鍵ちゃんと閉めてくださいっていつもいってるでしょ!!」
知らない人間の声が聞えてきたが、その声は無断で入って来て、なおかつ家主を叱咤する声質だった。
ドタドタとこちらに向かってくる。
「あれ?こ、こんにちは?」
声の主がコハクを見て言った。
顔は帽子を深くかぶっているのでよく見えない。
「こんにちは、看病のためにお邪魔してます」
見た顔ではないが、こちらはお邪魔している立場なのでとりあえずぺこりとお辞儀をしながら挨拶を返す。
この部屋の惨状は酷い。
俺が首を支えているシオンは人の色をしておらず真っ青で、今は発作は落ち着いている。
嘔吐物の処理道具と血の布が散らかっている。
シオンの股から血が布を伝って血の赤が帽子の男からも見えるだろう。
「あ、はい、あの、この家に住んでる医者、どこにいるか知ってますか?」
俺たちを一瞥しただけで帽子の男が尋ねてきた。
「申し訳ありません、僕も分からないです」
どこまで話すべきか迷ったが、まず聞かれたことだけ答えた。
「そうですか、あ、あの人が何処か行くのはいつものことなので、ご存知だったら儲けもの程度に思ってたので大丈夫ですよ。
俺は、あの人の助手みたいなものなんで、少し部屋、片づけますね」
そう言ってせっせと動き出した。
俺はシオンから手が離せないので見ているだけだった
この惨状についてや、俺たちのことを何も聞かれることもなく、憐憫な目を向けられることもなかった。
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「いいい、ぎいいい……っ!!!」
シオン唇を酷く食いしばって、血が滲んでいる。
「……あ゛……ッ!……ハァ……ッ……!」
シオンが発作を起こしても、帽子の男は介入してこず、憐憫の目を向けられることもなかった。
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「がぁ……ああ゛あ゛ああ゛……がはっ、あ゛ああ、ぐぅ、はぅ、は、」
シオンの発作がまた始まった。目が充血してこれでもかと見開いているのにどこを見ているのか、そもそも見えていないのかもしれない。
「おい、しっかりしろ!シオン!」
俺の声はシオンに届いているのだろうか。
けいれん中に無理に押さえつけると骨折などを起こすことがある。
だが、首が反り返り何もしなくても折れそうだ。
支える加減が非常に難しく、神経をすり減らしていた。