第一話
【毒矢に苦しむ話】
「うぐっ!」
シオンの太ももに矢が突き刺さったが、俺の足を止めるほどのダメージは負わされなかった。
木の陰に隠れ、次の攻撃から身を守る。
先ほどまでは敵の場所が分からなかったが、今は矢が振ってきた方角に絞り敵を索敵する。
発見することに成功し、敵の2射目が放たれる前に太もものわけない痛みを無視して標準を正確に合わせトリガーを引く。
敵は脳天を突かれ後ろにのけぞり、動かなくなった。
シオンは敵の死亡を再確認し、自分の負傷部位を確認する。
推測通り、矢はそれほど深くない。
矢が飛んできたときは、時代劇を見ているのかと疑った。
弓道以外の矢を見ることになるとは、受けることになるとはと、シオンは少し自嘲気味な笑みをこぼした。
時代背景の古い武器は殺傷威力が弱い。
だがあたり何処によっては死んでいたなと他人事のように思った。
とりあえず矢を抜こうとしたが、太ももにぐさっと入り込んでいて皮膚がえぐれてしまう。
刺さったままにするか無理やり抜くか試案して、もっていたナイフで矢を短くカットしようとした。
(あれ、歯の付け根が合わない。)
シオンはガクガクと自分の口が痙攣していることに気づいた。
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「っは、は、は、」
コハクはすぐさま銃声の聞こえた方向へ走ってきた。
心がわざわざする、逸る気持ちを抑えて走った。
銃声付近には倒れている人影が離れて2人見つかった。
他に気配はないので人影の1人に恐る恐る近寄ったらそれはシオンだということが分かった。
「シオン!おい、聞えているか?」
コハクはシオンの元へ駆け寄り声を掛ける。
「……はぁ、はぁ、ふ、は、」
シオンは気絶しており呼吸が荒い。身体が熱く、汗がひどく髪の毛や泥が顔にべったり張り付いている。
顔色見るためにそれらをふき取る。
頬を叩くがシオンの意識が戻らない。
地面にはナイフと銃が落ちている。
この銃はシオンの相棒だということが分かった。
負傷の箇所は太もものこの矢のせいだと思われるがこの程度でシオンが意識を失い、荒い呼吸をしていることに疑問を覚えた。
脈を測るが異常に早く、どう考えても緊急事態だと悟る。
作戦実行より前に、シオンは所定の位置に着こうとしたんだろうが何かの原因でこの敵に出くわしたと考えられる
作戦がもしかしたらバレていたのかもしれない
今はまだ作戦決行前だし、遠くから仕留めるためにシオンの位置は決行場所からかなり遠い、まだFBIの仲間はこの付近には着いていないだろう。
トランシーバーから連絡は入らないから付近5KMには居ないことが予想される。
シオンのトランシーバーをコハク自身のポケットに忍ばせた。
もう一人、倒れている人影の方にコハクは足を運んだ。
見ると脳天を突かれ死んでいる。
矢の筒と束、そして弓が体の上に落ちているので、シオンの敵はコイツだろう。
敵の持ち物を漁る。
懐には何か、薬のようなものを所有していた。
もしかしたらシオンは毒に侵されているのかもしれないと考える。
手がかりになるだろうから、その薬を拝借する。
敵の道具も装備も特殊なので、毒も珍しいものかもしれない。
住民に見つかって、誤って矢の先に触れたら大変だ。
銃は見て分かるだろうから最悪置き去りにしておくにしても毒矢をこのままにしておくわけにはいかない。
そう思い、コハクは毒矢の束とカゴを背負い、シオンを抱きかかえる。
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「…う、ぐぅああ゛あ゛あ!!」
途中でシオンが暴れ出した。
四肢をばたつかせて、落としそうになる。
「頼む、暴れるな」
聞えているのかわからないが、シオンに声を掛ける。
全速力でダッシュしながら言葉を発するのは難しく、体力も使う。
時折暴れるシオンを抱えて1度も止まることなく走り続けた。
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コハクはこの地にFBIと日本の合同捜査になるほど大きい事件のために内密に調査に着ていた。
本日がその決行日であり、そこにシオンらFBIが乗り込んできた。
この地は民族集団であり、住むものは同眷属の者が大半で、別の地から訪れたものを受け入れがたい風潮があるようで、取り入るのに時間がかかった。
コハクはこの地に踏み入れてすでに数か月が経っていた。
本日の作戦には、もしも失敗した場合も考え、コハクには直接的な命令は受けていなかった。
類まれなる変幻自在な性格で幸いなことに人望を獲得することに成功していたので、一住民として、昨日と変わらぬ一日を今日も過ごすはずだった。
銃の使用はサプレッサーを使う予定だったのに、豪快に鳴り響いた。それに予定の時間とも違う。
狭い、夜は静かなこの地の住人全員に発砲音が聞かれてしまっただろう。
もう穏便に済む話ではなくなった。
コハクは人と食事をしていたのだが、見てきますと出てきてしまった。
この音を聞いて平然と食事をするワケにも行かないだろう。
どうせなんだなんだと騒ぎになる。なので先手を打つことにした。
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この地に1人だけ医師が居るのを知っている。
腕が確かかどうか、コハクが実際に処置しているところを見たことはないのだが、腕はいいとウワサでは聞く。
その医師の身辺調査をした際に、この地の眷属ではなく、よそ者であり、さらに医師免許を持っていない事は調べについていた。
素性が知れない医者だが、この地は他に病院も医師すらもいない。
都市医師を出張で呼ぶとしても時間がかかりすぎる。
シオンは今すぐ処置をしないと死ぬ。
唯一、シオンを救える可能性のある医師の元へ暴れるシオンをコハクは抱え走った。
「……は、……ふ、はっ、はっ、ご、ごめんください!た、助けてください!」
玄関チャイムなんて便利なものはないので戸を叩く。
少し待つと、明かりがともり、玄関が開いた。
「……急患か?」
そう言い出てきた目の前にいる医師は目つきが悪く、クマがひどい。黒髪で長身長だ。
実際に数回見かけたことはあったが、面と向かって会話をするのは初めてだ。
コハクの猛ダッシュによる汗だくの姿、そしてすぐ隣に仰向けに倒れた人間を順番に見た医師は訝しげに眼を細める。
こんな夜分になんだと、うるさいと思われただろうか。
「はっあっ、はっ、あ、あの、この男なんですが……毒矢に打たれたみたいなんです……ふぅふぅ、診ていただけませんか?」
シオンの太ももから毒矢はコハクが到着した時にはすでに抜けていた。
傷口はえぐれていて、シオンが自分で無理やり抜いたことが伺えた。
「がっぁぁあ゛あ゛あ!、は、あ゛、ぁ、は、は、」
シオンは今も暴れて収拾がつかず、戸を叩くために玄関の前で降ろしてしまった。
筋肉が突っ張ったりこわばったりと痙攣がひどく、医者じゃなくても危ない状況だと分かるだろう。
「毒矢か、診せろ」
傍から見たら慌てるシーンだろうに、医師は冷静にそう言い中に入っていく、着いていって良いということだと判断しシオンを再び抱えて後を追う。
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「そこに寝かせろ」
医師がコハクに言った。
「は、はい」
返事をしたものの、そことはどこだろう、広い部屋に案内されたがベットのようなものはない。
なので適当に真ん中にシオンを置いた。
その後、医師はシオンに逆向きで馬乗りになり、暴れる毒矢の刺された右足を、医師自身の足も使って身体全体で押さえつけながら衣類をハサミで切り患部を診る。
その大胆な力技に、目の前の医師はかなりの筋肉があることを伺わせ、コハクは驚いた。
自分は何か出来ることはないかと思考するが、声を掛けるのも集中をかいてしまいそうで気が退けたし、コハク自身も猛ダッシュの余韻で息を整える時間が必要だった。
止まった反動で止め処なく流れる汗が気持ち悪い。
医師は患部を診た後、1度席を立ち、再び戻ってきたときには拘束具を持ってきてシオンを拘束した。
シオンを拘束する手つきが、妙に手馴れているように見え、恐ろしかった。
手術室というものはないのだろう、隔離もせずに、医師はコハクに何も言わずそのまま部屋で手術を始めてしまった。
俺は出て行ったほうがいいのだろうか、と1度思案したが、でも出ていけとも言われてないのでその場に留まることにする。
まだ荷物を背負っただったので、勝手に降ろした。
患部に対して注射器のような見た目の吸引器で可能な限り毒を吸い取り、消毒の後、すぐさま縫合に入ったようだった。
「……は、は、、ふ、ふぅ、ふ、゛あぁぁ、ぁ゛ああ゛」
麻酔を打つ場面は見受けられずに医師が縫いはじめるので、シオンの顔がさらに歪み声を張り上げる。
眼球が取れそうなほど見開いていている瞼からひっきりなしに涙がこぼれつづけており、その姿を見ているのがキツイ。
「麻酔はないんですか?」
コハクは自分が口を挟むのはどうかと思ったが、挟まずにはいられないほどの暴れっぷりなので聞いてみた。
「麻酔を打っても強力な毒のせいで効かないから意味はない」
医師はそう返答している間も手際よい動作で手を動かし続ける。
ものの数分で縫合が完了し、包帯を巻くという単純な作業を終えた。
非常に手際の良い処置で、結局俺は手術を終始呆然と見ているだけだった。
「は、は、う゛。う゛ぐふ、ぁ、ふ、、」
あたりまえだが太ももの傷を処置してもシオンがもがき苦しむ状況は変わらない。
医師はシオンを縛りつけていた拘束具を緩め、さらに呼吸を楽にさせるようにだろうか、上部の衣類も緩めた。
右側を下にして頬を横向きに回復体位をとらせる。
嘔吐物の排出を促し窒息、誤嚥を防ぐためだろう。
そして二次的損傷を防ぐためだろうか、頭の下にタオルを敷く。
「矢の傷は止血した。毒に関してだが、強直性けいれんに反り返るこの症状は馬銭子だろう。
ホミカとも呼ばれるが、マチンの樹の種子に含まれる毒素、強力な痙攣毒だ。
毒の主成分はストリキニーネで激しい強直性痙攣が起こる」
医師が言った。
医師の言葉をコハクは知識としては知っていたが、シオンの症状を見ても判断できなかった。
この医師の言葉が正しいのならばだが。
「この薬を敵が持っていたんです。なんだかわかりますか?」
コハクが医師に敵から拝借してきたものを差しだす。
「ん?……調べて見ないと分からないが、これはドーピング剤だろうな。
馬銭子は少量で興奮剤として使える。この矢を打ったヤツも自分で服用するために持ち歩いているんだろう」
医師は受け取り観察し言う。
「解毒薬ではないんですか?」
毒を使うなら解毒薬を持つのがキホンだ。
でないと事故などで自滅する可能性がある。
「これに解毒薬はない」
てっきりもっているのは解毒薬だと思ったのだが医師の言葉で一気に絶望へと突き落とされた。
敵は自らの命などどうでもいいと思っている連中なのだろうか……
医師が悪いわけではないのに、彼の言葉で希望が消えてしまった。
解毒が出来ないということは、その先に待つのは死しかない。
だがわざわざ死ぬのに治療してくれたのだろうか?という疑問が芽生えた。
「シオンは……この男は死ぬんですか?」
まだ死んでないし、苦しんでいるのにシオンが死んだ後のバカげた妄想が脳裏にちらつく。
「さあな、コイツの体力が毒に勝つか、ひたすら苦しみもがいて衰弱死するかだ」
到底医師とは思えない殺伐とした雰囲気で、非常に辛辣な言葉を医師は放った。
濁さず的確に発言してくれているだからありがたいはずなのに、彼の言葉が痛い。
俺はきっと情けない顔をしているだろう。
お時間ございましたら感想(誤字報告)と評価をいただきたいです。
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