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第九話


 ミノタウロスの死体の前で項垂れているジークリンデはそのまま気絶してしまったようで、レヴァンはもう少し寝させてあげることにした。


 レヴァンには一つ気になることがあった。それは、ミノタウロスが装備していた巨大な斧である。戦技:旋風領域の力が込められた斧だが、そのような魔法や戦技の力が込められた武器をボスが装備していることは、非常に稀な事だった。それ故に、気になっていた。


「うぅ……っ!?」


 そんな時、ジークリンデが唸りながら目を覚ます。記憶が曖昧なようで、なぜ自分が生きているのかよく分かっていないようだった。首がつながっているか念入りに確認した後、やっと立ち上がる。


「大丈夫ですか?」

「……ええ、ありがとう……え、ええと、君の名前は? あの時私の家に来た子だよね、ってああああああッ!?」


 ジークリンデは突然言葉の終わりに叫び声をあげて、先程と同じように蹲って悶え始めてしまった。

 何があったかと言うと、思い出してしまったのだ。先程レヴァンから槍を受け取った際、言ってしまったことを。


――ふふっ、なんで“坊や”がここにいるのか分からないけど、私頑張るわね。


 ジークリンデの性格上、気持ちが昂ると自分を誇張して、お姉さんキャラになろうとしていまう。そのせいで、変な事を口走ってしまうのだ。この“坊や”発言もそれが原因だ。ジークリンデは頬を真っ赤に染めて、手で押さえている。


 レヴァンには、何故こんな事になっているのか見当もつかなかったが、“坊や”と呼んでくれなかったことに少しがっかりしている。


 カオスである。


「え? ……ああ、僕の名前はレヴァンです。――あなたに聞きたいことがあってここまで来ました」

「レヴァン君ね。……あの時は無様な姿を見せてごめんなさい。少し、弟と喧嘩しちゃってて」


 弟と喧嘩。そう言った瞬間に、ジークリンデの表情はとても空しげで暗いものに豹変した。強い後悔の念が感じられて、自然と拳を握る力が強まる。それと同時に、場の空気が重くなった。今にも泣きだしそうなジークリンデを見たレヴァンは、無意識に頭に浮かんだ言葉を口にする。


「なんで、勇者は救うべき人間を苦しめるんでしょうか。僕が言える立場ではありませんが、間違ってると思うんです。勇者は、世界を救ってやるんだから何をしても許される。という理不尽で都合の良過ぎる考えのもとに、女でも何でも奪っていきます。そして、姉弟の絆を壊していきます。悪びれる事なんて絶対に無いです。自分が正義と信じて疑っていないから」


 全ての勇者が、レヴァンの言葉通りの人格だとは限らない。だが、大多数がそれに当てはまる。復讐をされた勇者のほとんどが、何故復讐されるのか理解していない。それが、勇者の一番質が悪いところだった。


 ジークリンデは、レヴァンが何を伝えたいのかが全く理解できなかった。そのはずなのに、ジークリンデは感じたことのない感覚に陥っていた。弟への深い罪悪感の裏側にあった、姉弟の絆をぶち壊した勇者への強い怒り。真っ黒でドロドロとした複雑な感情が、心を侵食していく。


「なにこれ……」


「弟への罪悪感を、勇者への怒りが上回ったんですね」


 ジークリンデは今まで、本気で人に怒りや憎しみを覚えたことが無かった。あるとしたら、友人同士でのちょっとした茶化し合いでの、遊び半分の怒りである。だから、ジークリンデは戸惑っていた。勇者への怒りであろう真っ黒でドロドロした感情。それをどう言葉に、行動に表せばいいか分からなかった。


「私、どうすればいいのか分からない……」


 ジークリンデは顔を俯かせて苦悶する。


「あなたが何をしたかは、弟さんに聞きました。あなたが勇者とアイシアさんがヤッているのを聞いていたのに、逃げてしまったことを」


「……ジークハルトから聞いていたのね。弟とどういう関係なのかは気になるけど、今、聞く事ではないわね。そうよ、私は逃げてしまったの……勇者が怖くて……」


 ジークリンデの表情からは、憎しみや怒りよりも、情けなさや悔しさが滲み出ていた。あの時、勇者を止めていれば良かった。そうすれば、弟を苦しめなくてすんだのに。その罪悪感が、自分を追い詰めるという意味のない償いをさせてしまっている。


「勇者の何が怖かったんですか? 悪びれもせずに寝取っていく頭の可笑しい勇者がですか? それとも、滅茶苦茶強い勇者がですか?」


「……分からないわ。やっている最中の二人の声を聴いて、何故かとても怖くなったの。それと吐き気を催すほど、気持ち悪かったわ。演技臭いというか――ごめんなさい。なんでもないわ」


「演技臭い、ですか」


 レヴァンはある仮説を立てる。


 もしもアイシアが偽物で、ジークハルトを絶望の淵に陥れるための何者かの謀略だったら。しかし演技だったのなら、普通それなりのプロを呼んでやる。いちいち、演技臭くやる必要がない。まだまだ謎は深まるばかりだった。


「次は――その演技臭いと感じた声ですが、どんなことを言っていましたか? 勇者様、愛してる! 何て言ってたか詳しく教えてください」


 これはジークハルトの時も質問したことで、アイシアが喜んで勇者とやっていたかを調べるための質問だ。自ら勇者とヤッていたのかで、復讐する相手は変わって来る。


「……覚えていないわ。聞いてるわけないじゃない」


「すみません。それでは最後に、弟さんが勇者に寝取られたことを知っている人を教えてください。勇者歓迎パーティの出席者の中から、お願いします」


 勇者歓迎パーティ出席者全員に話を聞くのは、ダンジョンのせいで予定が狂った為出来なくなった。だから話を聞くのは、勇者がアイシアを寝取ったことを知っている人物だけに絞るしかないのだ。


「アイシアちゃんの家族にお父様、たぶんそれぐらいだと思うわ。もう、いいわよね」


 ジークリンデの言葉からは怒気が感じられた。


 とても気まずい雰囲気が漂う。レヴァンが容赦のない質問を繰り返したのが悪いのだが、混乱していて頭に血が上っているジークリンデも、この雰囲気を作り出している原因だった。


「ジークリンデさん、このままダンジョンの先に進むんですか? 弟さんは、あなたを本気で憎んではいないと思います。帰って、仲直りをするべき――」


 ジークハルトは、全てのモノに心を閉ざしてしまっている。だが今なら、まだやり直せるかもしれない。でもこれ以上時間が経ってしまえば、完全に心を閉ざしてしまい、本当の救いなど無い復讐鬼になってしまう。一度関わった身として、レヴァンも後味悪い結果にはしたくないのだ。


「――ごめんなさい。もう、帰れないわ。この燻りの迷宮は、一度でもボス部屋に入ってしまうと、踏破するまで出られない。難関と言われているのは、このせいでもあるわね」


「え?」


 レヴァンが当初組んでいた予定は、次々と狂っていく。


面白いと思っていただけたら、ブクマ、評価等よろしくお願いします。

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