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第八話


 ジークリンデはレヴァンがいることを忘れるほど、極限にまで集中する。一方のミノタウロスは、レヴァンが攻撃してこないのを知り、余裕の表情を見せている。レヴァンは端によって、戦いを傍観している。手を出す気は一切無い。


 以前、暴風は収まらない。その対処法も見つからない。ジークリンデも、立っているのがやっとだ。だが、先程とは決定的に違うところがあった。それは、意思の強さ。弟からのプレゼントの槍を壊された事への怒りが、神によって定められた“敗北”の運命を覆す。


「絶対に勝つわッ!」


 ジークリンデは地面を蹴り、駆け出す。しかし暴風に足を取られて、前に進むことが出来ない。それを、重心を低くして体を前に倒すことにより、空気抵抗を減らして対処する。先程よりも速く走ることに成功して、ミノタウロスの隙をつく事に成功する。


「ハァァァァァッ!」


 女性らしくない野太い雄叫びを上げて、ミノタウロスの腹を槍を突き刺す。しかし、向かい風によって威力を軽減されて、ミノタウロスには傷一つつかない。だが、近づけただけでも確かな進歩だった。ミノタウロスの顔から完全に余裕が消える。


「グラァ……グラァァァァァッ!」


 自分の技を切り抜けられたからか、ミノタウロスの顔が怒りに染まる。もう一度、頭上で斧を振り回しだした。先程の失敗を繰り返さぬようジークリンデは、ミノタウロスに槍を突き刺す。しかし、暴風が止んでいるわけではなく、掠りもしなかった。


「また……なのっ、対処法が思いつかない。どうすれば、この風を止ませることが出来るのッ!?」

「ミノタウロスと同じことをすればいいんですよ」

「え…‥!?」


 頭を抱えるジークリンデに声を掛けたのは、先程まで傍観者で居たレヴァンだった。暴風の中、静止している。レヴァンの言葉の真意に辿り着けずに、ジークリンデはもっと頭を抱えてしまう。レヴァンは助言を与えただけで、また隅へと戻っていった。


「どういうこと……っ!? ミノタウロスと、同じこと。槍を振り回せばいいって事!?」

「グラァァァァァァッ!」


 ジークリンデは槍を頭上に持ち上げるが、暴風のせいで体勢を保てずに転がっていく。その間にミノタウロスは斧を地面に叩きつけて、竜巻が錯乱する。よりいっそう暴風は強まり、ジークリンデは起き上がる事すら出来なくなった。


「このままじゃ……死んじゃう……ミノタウロスと、同じことをすればいい、どうすればいいの! まさか、あれと同じことを」


 ジークリンデの脳裏に過ぎったのは、先程ミノタウロスに折られた槍の残骸だ。それのせいでジークリンデは、ミノタウロスに強い怒りを覚えた。……それと同じことをすればいいんだと、ジークリンデは推測する。


「あの斧が……この空間を創り出しているのね」


 レヴァンが伝えたかったのは、それだ。ミノタウロスは闘気を操る事は出来ず、この空間は全て斧の力によるものだった。魔法や戦技の力が込められている武器はよくある。この斧には、戦技:旋風領域の力が込められていたのだ。


「要するに、あの武器を壊せばこの風を止ますことが出来る……簡単な話じゃない。うらぁぁぁッ!」


 対処法に気が付けば、後は行動するだけだ。槍を地面に突き刺して、野太い雄叫びとともに気合と根性で立ち上がった。しかし、槍に掴まって踏ん張っていたとしても、立っていることがままならない空間で、進むことなんてできる訳がなかった。


「でも、あっちから近づいてきてくれるわ。そこで、斧を壊せれば」


 自ら近付く必要なんてなかった。攻撃手段が斧と拳しかないミノタウロスは、ジークリンデに近づかなければ攻撃できない。ミノタウロスは笑みを浮かべて、斧を引きずりゆっくりと近付いていく。ジークリンデの、思う壺だった。


「グラァァァァァッ!」

「ここだぁぁぁぁッ!」


 ミノタウロスが斧を振りかざした瞬間に、ジークリンデは力を籠めて槍を引き抜く。その勢いのまま、振り下ろされる斧に槍をぶつけた。その華奢な体のどこから湧き出るのか、ジークリンデはミノタウロスの一撃を弾き返す。


 ミノタウロスは体勢を崩して、後転した。だが、狙いであるミノタウロスが持つ斧には、ダメージが一切入っていなかった。壊すどころかひびさえ入っていない。だが、斧に刺激を与えたことにより、少し風が収まっていた。


「これなら……いけるわ」

「グラァァァァァァッ!」


 ミノタウロスは瞬時に立ち上がり、同じように後転したジークリンデに向かって斧を振り下ろす。それを槍で受け止めて、そのまま押し返す。これにはさすがにレヴァンも驚いた。


「馬鹿力だ……ミノタウロスの一撃をあの体であの体勢で押し返したよ……ありえない」


 そのまま立ち上がって、大きく飛び上がる。狙いはミノタウロスではなく、それが持つ斧だ。全体重を掛けて、槍を突き刺す。ミノタウロスは受け止めようとするも、結局意味が無い。狙いは、斧なのだから。


 渾身の一撃は斧の刃にひびを入れる。それのおかげで、何もせずとも立っていられるほどにまで、風は収まった。ここからは斧に攻撃する必要はない。ジークリンデはミノタウロスに狙いを戻す。


「これで……あなたの技は完全に打ち破ったわ。もう、諦めなさい。攻撃は止めないけどね」

「グラァァァァァァァッ!」


 ミノタウロスが怒りの雄叫びを上げる。空気が震えて、緊張感がジークリンデの肌にピリピリと伝わる。ここからは、小細工無しの真剣勝負。先に仕掛けたのは、ジークリンデ。足を蹴って、ミノタウロスの懐に潜り込む。そして腰を据えて、全身全霊で槍を突き出す。鋼の腹筋に突き刺さるも、深くは刺さらず血が少しばかり出るだけだった。


 ミノタウロスは自分の腹筋によほど自信を持っているようで、にやけているだけで抵抗しない。だが、それが仇となった。ジークリンデが槍を一向に抜かないのを、不思議に思うミノタウロス。それに痺れを切らして、ミノタウロスは斧を振りかざす。だが、もう遅い。


「私……気付いたのよ。これも簡単な話だったのよね。炎は掻き消されるけど、熱が消える訳ではない。この槍は、血を浴びることにより熱を帯びていくの。永遠とね」

「グラァ……?」


 刃はミノタウロスの体中で急激に温度を上げていく。そして、ミノタウロスの筋肉をどんどん焼け焦がしていく。腹から伝わる激痛に、ミノタウロスは血反吐を吐いて苦しみだした。それに加え、熱のおかげで深く入っていく槍。


「グラァ……グラァァ……」

「このまま槍を振り上げれば、あなたの上半身は真っ二つ」


 そしてジークリンデは、言葉通りに槍を振り上げる。


「グラァァァァァァァッ!」


 ミノタウロスは上半身のド真ん中を縦一直線に断たれて、断末魔の叫びをあげる。大量の鮮血が飛び散って、ジークリンデの全身に降りかかる。ミノタウロスの体からはジュウジュウと肉を焼く音が聞こえてくる。


「私……勝てたのね」


 ジークリンデは疲労感からか膝を折って、項垂れる。だがそれ以上に、達成感があった。自分へのけじめ、弟への償いの第一歩。それが、達成できたような気がしたから。


 ミノタウロスは完全に死んだ。

 ジークリンデの完全勝利である。



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