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第七話


 燻りの迷宮は、炎の魔法が一切発動できない。その事から、燻りの迷宮という名がつけられた。炎の魔法に限らず、炎属性の技ならば全て掻き消される。炎属性の技を使う人間にとってここは、地獄でしかない。


 レヴァンがボス部屋に辿り着く前の話。槍使いであるジークリンデは単独で第一階層のボス、ミノタウロスに挑んでいた。牛頭に筋肉質な男の体をもつ化け物。右手に持つ巨大な斧で、全てを粉砕する。


 ジークリンデは槍を構えて、ミノタウロスと対峙する。ミノタウロスは頭をブルブルと揺らして、闘牛のように足で地面を蹴る。鼻息はとても荒く、五メートルほど離れた所にいるジークリンデでも、その音を聞き取れるほどだ。


「これは――私への罰よ。絶対にこのダンジョンを踏破してみせるわ。ジークハルト」


 憎しみのせいで狂ってしまった弟を、恐れている自分が許せなかった。数日前まで仲良く一緒に食事をしていた弟を、苦しめている自分が許せなかった。ジークリンデは足を踏み込む。自分を、罰するために。


「行くッ!」

「グラァァァァァァァッ!」


 ジークリンデとミノタウロスは、ほぼ同時に雄叫びを上げて、駆け出す。五メートルほどあった間合いは一瞬の間に縮み、ミノタウロスが先に攻撃を仕掛けた。とても単調な動きで、斧を振り下ろす。


 ジークリンデはそれを、ミノタウロスの懐に潜り込むことによって回避した。斧は巨大であり、小回りが利かない。一度懐に潜り込めれば、相手の攻撃を封じることが出来る。


「これは、ジークハルトへの償い――」


 そう呟いてジークリンデは、ミノタウロスの腹に向かって槍を突き差す。しかし、ミノタウロスの腹筋は鋼のように固く、簡単には貫けない。


 いつものジークリンデであれば、確実に今の一撃で仕留めることが出来た。Aランクに最も近いBランク冒険者ジークリンデの二つ名は、炎槍の戦姫。炎を身に纏い、戦場を駆ける姿からそう名付けられた。ジークリンデは炎属性の魔法や戦技に秀でており、それだけはAランク冒険者に匹敵する。


 そしてミノタウロスは、炎耐性が異常に低い。ジークリンデとは相性が良い魔物なのだ。しかしここは、燻りの迷宮。炎が掻き消されてしまう。炎属性以外に絶対の耐性を持つミノタウロスを相手取るには、非常に不利な場所なのだ。


 だからこそ、ジークリンデが償いの場所に選んだ。自分をとことん追い詰めて、断罪する。しかし、それには大きな誤りがあった。それは、自己満足の償いでしかないのだ。ジークハルトの心には、何も届かない。


 ジークリンデは鋼の腹筋に槍を弾かれ、ミノタウロスに後退の隙を与えてしまう。せっかく手にしたチャンスをモノに出来ず、ジークリンデは悔しさを滲ませた。


「もう一度……ッ!」


 ジークリンデは静かに闘志を燃やして、無意識に闘気を放出する。戦いをするうえで、無意識に闘気を放つ癖は付けておいた方が良い。格上の相手には意味のない行動だが、相手にプレッシャーを与えることが出来るからだ。


 ジークリンデは地面を蹴り、ミノタウロスの懐に駆ける。しかし、単純な能力を言えばミノタウロスの方が圧倒的。懐に辿り着く前に、ミノタウロスが高く飛び上がり、斧を振り下ろす。大振りな一撃なので簡単に躱したが、直撃した地面は粉々になっていた。


 ジークリンデの装備はは、ダンジョンの床よりも脆い。動きやすさを求めたのではなく、自分を追い詰めたいだけだ。これでは、ミノタウロスの斧の薙ぎ払いで即死だ。


 ジークリンデは今度こそと意気込み、槍を突き刺す。今度は、ミノタウロスの太腿に向かって。しかし、太腿は筋骨隆々としており、とても厚かった。突き刺さったは良いが、抜けずに大きな隙を見せてしまった。


「疾ィッ!」

「グラァァァァッ!」


 ミノタウロスは斧を頭上で素早く振り回して、竜巻を巻き起こす。それはせっかくのチャンスを自ら逃したも同然で、ジークリンデは戸惑いながらも後退した。ミノタウロスのおかげで、危機から脱出することが出来た。


「何をする気なの?」


 ミノタウロスはジークリンデを気に留めずに、斧を夢中で振り回す。体が突然痺れて、危険を察知したジークリンデは、瞬時に槍を構えてミノタウロスに斬りかかる。しかし槍が届かぬ内に、ミノタウロスは行動を起こした。


 徐々に肥大化していった竜巻は、斧とともに地面に叩き付けられる。竜巻が地面に触れた瞬間、爆発音とともにボス部屋全域に錯乱して、暴風が巻き起こる。ジークリンデは風に巻き込まれまいと飛び下がるが、それが悪手だった。


 その暴風に道を狭まれて、ミノタウロスに近づく事が出来なくなってしまった。槍の利点は剣よりリーチが長く、少し離れて攻撃できることだ。しかし、それは攻撃をできる前提の話であり、近付けなければ意味が無い。

 攻撃が出来ず、絶体絶命に陥るジークリンデ。


「まさか、戦技:旋風領域――なんで、闘気を操れないミノタウロスが戦技を使えるのよ!」


 これはミノタウロスが発動した、風属性の戦技:旋風領域。今の様な、暴風が巻き起こる領域を創り出す戦技だ。しかしこの世界の常識では、ミノタウロスなどの亜人系の魔物は闘気を操れず、魔法や戦技が使えない。

 なのに、このミノタウロスは戦技を使った。


「ボスだから――なの……くっ」


 ミノタウロスは元々、先程のオーガやデュラハンの様に通常に出現する魔物なのだ。ボスは特別扱い――ダンジョンでは良くあることだ。そう推測したは良いが、ジークリンデに対処法は浮かばなかった。暴風に足を取られて、地面に槍を突き刺し踏ん張るしかない。


「グラァァァァァッ!」


 質が悪い事に、ミノタウロスは不自由なく動くことが出来た。地面に槍を突き刺してしまい身動きが取れないジークリンデに、無慈悲に巨大な斧が振り下ろされる。刹那のうちにジークリンデは選択を迫られる。このまま斧に脳天を断たれるか、愛用の槍を手放して躱すか。


「決まっているわ、躱すにッ!」


 ジークリンデは深く突き刺さり抜けなくなった槍を手放して、暴風に巻き込まれて吹き飛んだ。そのまま壁に叩き付けられて、血反吐を吐く。


「まだ、動ける――風が弱まってきてるから、槍を取り戻せば」


 ジークリンデは起き上がり、槍がある方へと瞳を向ける。しかし、槍はどこにもなかった。そこにあったのは、ただの棒きれと、刃。槍の、残骸だった。無慈悲にも、ミノタウロスが斧で叩き割ったのだ。


「ごめんね、ジークハルト。あなたからのプレゼント、壊しちゃったわ。また、罪を重ねてしまったわ。罪を償わなきゃいけないのに!」


 これで、ジークリンデに勝ち目は無くなった。吹き荒れる暴風、使えない自慢の炎、そして攻撃手段の槍の損失。


「万事、休す……ね」


 ジークリンデは顔を俯かせて、そう呟いた。諦めようとしている自分に、拳を握り締め悔しさを滲ませる。

 目の前でニタァと嘲笑い斧を振りかざすミノタウロスを、強く睨みつける。ジークリンデの、ミノタウロスに対する最後の対抗だった。


「これは――ひどいね」


 そんな時、ミノタウロスの背後から何者かの声が聞こえてくる。まったく気配を感じなかったのに、背後を取られていたことにとても驚愕するミノタウロス。先程のニタァはどこへいったか、口を大きく開けた情けない顔をしている。


「あなたは……」


 ミノタウロスが後退したおかげで、その声の正体がジークリンデの瞳に映る。武器も何も装備しておらず、そこらの平民の方が良い格好をしている、と言いたくなるほどミズぼらしい布の服を着た少年。


 ――いや、その少年は今装備をした。


 落ちていた槍の残骸を拾い、魔法を唱える。その槍の残骸は見事に融合していき、新品と見間違うほど傷一つない深紅の槍になっていた。ジークリンデが愛用していた槍。大事な弟からのプレゼント。


「槍が復活した。それに君はあの時の……“男の子”じゃない……」


 そこに立っていたのは、先程普通にボス部屋に入ってきたレヴァンだった。敵がいるため無意識に気配を消していた。


 ジークリンデは続けて、「何でここにいるの!」と問いたたかったが、そんな気力残っているはずもなく、意識が遠退いていく。このまま気絶したら、暴風に巻き込まれて吹き飛んでしまうだろう。しかし、その考えに至らないほど、意識は残っていない。


「ジークリンデさん、あなたはそれでいいんですか? 僕聞こえてましたよ。弟さんに、償わなければいけないって。ここで、簡単に諦めるんですか? 弟さんへの思いは、その程度だったんですか?」


 意識がもう消えかけており、レヴァンの声はうっすらとしか聞こえていない。それでも、ジークリンデは残った力を振り絞って、耳を傾けていた。だからこそ体を奮い立たせる。遠のいている意識を無理矢理覚醒させて、ゆっくりと立ち上がる。


「この槍で、ミノタウロスを倒してください」


「ふふっ、なんで“坊や”がここにいるのか分からないけど、私頑張るわね」


「…………ええ。頑張ってください」


 ジークリンデは、まっすぐにミノタウロスと対峙する美女に戻っていた。“坊や”と呼ばれてぞくぞくしているレヴァンをよそに、受け取った槍を構える。暴風は相変わらずやまないが、気合と根性でふんばった。


「はぁぁぁぁぁッ!」


 ジークリンデは気合を込めて雄叫びを上げる。戦闘開始時に掲げた弟への償いをもう一度誓って。


 レヴァンは決して人間を直接的に救わない。今のように、ミノタウロスには手を出さずに、もう一度立ち向かう勇気を与える。

 それが、レヴァンのポリシーだった。



面白いと思っていただけたら、ブクマ、評価等よろしくお願いします。

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