第五話
冒険者ギルド。登録した冒険者に依頼の仲介を行う大規模な独立機関である。大陸中の冒険者を束ねているので、国を凌駕する戦力を持っている。誰でも受け入れることを売りとしているので、気性が荒く野蛮な者が多い。
フィバーレの街の冒険者ギルドは、中央通りでも一際目立つ巨大さで、レヴァンは迷わず辿り着くことが出来た。木造建築なので外観は非常に簡素で、近寄りがたい雰囲気はない。しかし、中から聞こえる冒険者の怒号や歓呼が、近寄りがたい雰囲気を作り出していた。
レヴァンが入ると、冒険者の視線が一斉に注がれる。傍から見れば十五歳の少年なのだ。これはしょうがない。
冒険者ギルドの右方には、冒険者登録や依頼の受注を行う受付があり、左方には冒険者が休息を取るための食堂兼酒場、武器屋などの冒険者必須のアイテムを売る施設がある。
レヴァンはその右方にある冒険者のヘルプに対応する受付に並ぶ。今は昼時、依頼に出ている冒険者が多いのか、すぐに順番は巡って来た。
「まずは、冒険者カードの提示をお願いします」
「はい。分かりました」
とても可愛らしい受付嬢は営業スマイルで、手を差し出す。冒険者カードとは、E、D、C、B、A、S、六階級に分かれたランクと氏名が書かれた冒険者としての身分証明書である。大陸中の冒険者ギルドで使用可能である。
レヴァンは人間が住む街で行動しやすいように、冒険者の登録をしている。なので、戸惑うことなく承諾してそれを差し出す。
「はい、今確認するので少々お待ちください。……ええと、ランクはAですね……Aッ!?」
Aランク。冒険者が行き詰まるCランクの壁を飛び越えて、ベテランと呼ばれるBランクをも飛び越えた真の天才。受付嬢はレヴァンとカードを交互に見て、自分の目が可笑しくなったのかを確認する。しかし、何度見ても誤りはなかった。
「せ、せ、せ、せ、センパぁ~い! 助けてくださぁ~い」
受付嬢はカードを放り投げて、涙目になりながら奥の受付嬢に助けを乞う。受付嬢がAランクと叫んでしまったせいで、周りの冒険者はレヴァンに視線を注ぐ。主に嫉妬の視線だ。嫉妬する側のレヴァンにとって、この状況は慣れていないモノで、穴があれば入りたい気分だった。
レヴァンがAランクになったのは、とある魔物をたまたま倒してしまったからである。Bランクの冒険者が束になって戦わないと太刀打ちできないグレイトファング。狼型の魔物で、その鋭い牙はミスリルをも砕くと言われている。勇者に嫉妬してイライラしていたレヴァンが、そいつを殴り飛ばしたのを目撃されたのだ。
「なあおいそこのガキ、ちょっとそのカード見せてみろ」
「あ?」
いきなり現れてレヴァンのカードを覗き見たのは、片刃の大剣を背負い、とても重量感のある鉄の鎧を装備した、屈強な男だった。顔が真っ赤になっており、強烈な酒の匂いが漂っている。
「おいおい冗談だろ? こんなガキがAランク何て。どんなイカサマを使ったか教えてくれよ。さもないと――ぶっ飛ばすぞ?」
受付の前でぶっ飛ばすと豪語する冒険者。レヴァンがAランクだと、心から信じていないようだった。そうでないと、自分より格上の相手をぶっ飛ばすなんて言えない。男の様子に、レヴァンは顔を顰める。
「相手の力量も読めない男が冒険者をやっているのか。ここは……」
「あ゛?」
レヴァンはわざと男を挑発するような言動を取る。これには男も我慢できずに、拳を振り上げる。周りの冒険者も、レヴァンがAランクの冒険者と信じてないようで、男を止めにかかる。しかし、それは杞憂に終わった。
男が拳を振り下ろした瞬間、男の腕が消えた。
「へ? …………いてぇぇぇぇぇッ! いてえよッ! ああああああああああああああッッッッ!」
男は自分の腕が消えたことを認識した瞬間、床に転がりもがき苦しみだす。男が殴ろうとした瞬間、レヴァンがその腕を拳で斬ったのだ。高速で腕を振るえば、自然と殴るから斬るに変わる。
「自業自得だ。ちゃんと相手の力量を読め。そうしないと、将来やっていけないぞ。ゴブリンでもスライムでも、異常に強い個体はいるからな。見た目に騙されてはいけない」
「いてえよ! いてえよ! 助けてくれえええええッ!」
もがき苦しんでいる男に、神官であろう女冒険者が近づく。素早く魔法を唱え、淡い光が切断された部分を包み込んだ。しかし、出血は収まらず傷も癒えない。駆け出しの神官ごときの魔法では、切り傷ぐらいしか癒せないのだ。
「そこのAランクの冒険者さん。回復魔法は使えますか? ヒールでもいいです。……あなたがやったんですよ! それぐらいはやってください!」
「……お、おう」
駆け出しの神官は必死になって魔法を使い続ける。絶対に癒えないのだとしても、神官としてのプライドが諦めるのを許さなかった。その必死さに打たれ、レヴァンも渋々魔法を唱える。すると、男の腕はみるみる癒えて、毛が生えていない真っ白の腕が復活した。焼けこげた男の肌には似合わず、周りの冒険者は吹き出した。
「ク、クソッ! 俺を誰だと思っている! Bランクに最も近いと言われている冒険者ドラン=バランだぞ! そんな嘗めた態度取ってると――」
「兄さん、まだこりていないのですか?」
駆け出しの神官は鬼の様な形相で、男に威圧を放つ。その威圧に男は身を震わせる。この二人は兄妹の様だが、傍から見れば親子のような関係にも見えた。妹は兄を引っ張って、冒険者ギルドを去っていった。
「ど、どうしましたか? レンヴァ様!」
今更遅い受付嬢。と、周囲の冒険者の心が一つになった瞬間だった。周囲の冒険者など物ともせずに、受付嬢は真っ先にレヴァンに声を掛けた。
因みにレンヴァとは、レヴァンが毎回使う偽名である。
「依頼の受注であればあそこの掲示板でお願いします。それ以外のご用事ならば、ギルド長にお願いします」
「え? いや、あ、あの、すいません。聞いてませんでした。もう一度お願いします」
先程の受付嬢は純情可憐という言葉が似合う女性であったが、今回の受付嬢は才色兼備という言葉が似合う眼鏡をかけた女性であった。女性の免疫がないレヴァンは、受付嬢に見惚れてしまい、あまり話の内容が頭に入ってこなかった。
「ええとですね、依頼の受注であればあそこの掲示板で――」
「あ、違います。ええと、ジークリンデさんという冒険者が今どこにいるか教えてもらいたいのです」
「……申し訳ございません。冒険者の所在については、たとえAランク冒険者様であってもお教えすることは出来ません」
受付嬢は冷静を装って、深く頭を下げた。内心は超ドキドキである。Aランクの冒険者と言っても、礼儀が正しいわけではない。気に入らないことがあったら、人を殺すこともある。そう聞いていた受付嬢にとって、目の前のレヴァンは恐怖でしかないのだ。
一方のレヴァンは無理だと聞いて、途方に暮れていた。
「おい」
そんな中、何者かが後ろからレヴァンに声を掛ける。レヴァンが後ろに振り返るとそこには、右腕だけが異様に白い屈強な男と、駆け出しの神官であるその妹が立っていた。男は妹に命じられて渋々口を開く。
「あんた――」
「貴方」
「貴方はジークリンデさんに用があんのか――」
「あるのでしょうか」
「貴方はジークリンデさんに用があるのでしょうか」
男の荒い口調を丁寧に直しを入れていく妹。男はウンザリとしている様子だが、妹には逆らえないのか素直に従っていた。二人の位置関係がはっきりした瞬間である。
「ジークリンデさんは今朝、燻りの迷宮に向かいましたよ。一人で難関ダンジョンに向かったので、印象に残っています」
男は露骨に顔を顰めて、丁寧な口調で喋る。とてつもなく性に合わず、周囲の冒険者が引くレベルである。それはレヴァンも例外ではなく、少し引いていた。
「先程は兄が失礼しました」
「い、いえ。こちらこそ、どうもありがとう」
レヴァンが燻りの迷宮に向かい、冒険者ギルドから去った後、男は受付嬢から勝手に冒険者の所在を教えたことをこっ酷く叱られた。
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