第三話
照明が無く、西側に位置しているので日光も差さないとても薄暗い部屋にて、依頼内容の確認が行われていた。大したもてなしもされず、淡々と話は進んでいく。
「まず、どういう経緯で寝取られたかを教えてくれ?」
「……単刀直入だな」
ジークハルトは苦渋の表情を見せる。そして、記憶から抹消したい事実、それが蘇り頭を抱えて呻きだしてしまった。レヴァンは、辛いのは分かるなんて優しい言葉で宥めたりはしない。本人が話始めるまで永遠に待ち続ける。
「……見ただろ? 玄関に置いてあった大量の靴を。あれは、この家で行われていた勇者歓迎パーティの出席者の靴だ」
レヴァンはジークリンデの話を黙々と聞いている。ここで下手に口を挟むと、せっかく話始めたのに心変わりをしてしまい、話す気が失せてしまう。相槌も御法度だ。
「そのパーティの途中、勇者が……アイシアを連れて会場を出て行った」
アイシア――寝取られた女の名前だ。ジークハルトに気付かれぬよう、レヴァンはペンと紙を取り出してメモする。これまた気付かれると、話す気がうせてしまう場合が多々ある。
「これは俺の失態だった。姉貴がその二人を追いかけて行ったから、大丈夫だろうと油断した……っ!」
己の太腿に拳を叩きつけて、悔しさを滲ませる。今までで一番、ジークハルトから後悔の念が感じられた。ジークハルトはゆっくりと顔を上げて、レヴァンの瞳を見つめる。
「その後……姉貴はびくびくしながら帰って来た。どうしたんだ? って声を掛けたら、狂ったようにごめんなさいごめんなさいと連呼し始めやがった――何かがあったんだ。そう思って、勇者を必死になって探した」
ベットの隣に置いてあった写真立てを手に取り、じっと見つめる。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。それでも話そうとする姿勢、レヴァンの目には奇妙に映った。自分の本当の想いを抑え込むために、用意された台本を音読しているだけのような気がしてならないのだ。
「……見つけた。何の変哲もない扉の奥から、喘ぎ声が聞こえてきたんだ。とても聞き覚えのある、声が……うぁぁああ。アイシスの、声だった! ぁ……その後に勇者の声も聞こえてきたァッ! アイシア最高だ、って。やってたんだよ。体を、重ねてたんだよ……ぉぉえぉぇ。彼奴はァ! 彼奴はなァッ、俺の愛する人を奪ったんだァッッッ!」
耐えきれない悲しみ、苦しみからの嗚咽。
頬を伝った涙は、ちょうど写真の女性の顔に落ちて、その顔は霞んでしまった。ジークハルトの、女性の記憶を抹消したいという願いを体現したかのように。
泣き叫んだあと、ジークハルトの瞳は虚ろになっていた。
「そこから、俺は頭が可笑しくなってしまった。あまり記憶に残ってないが、剣を抜いて、人を殺しちまった。たぶん皆、大広間の窓から脱出した。だから、靴が残ってんだ。勇者とアイシアは、気付いたら何処にもいなかった。これが、経緯だ。満足かァッ!」
レヴァンは一通りの経緯をメモしていた。ジークハルトが俯いている隙に、全ての経緯をもう一度確認する。矛盾を探して、依頼主が嘘をついていないかの確認。あまり掘り下げられていない部分の確認。そして、まだ話されていない謎の確認。全ての確認を終えた後、やっとレヴァンは口を開く。
「それじゃあ次にいくぞ」
「……ああ」
そっとレヴァンはメモした紙を懐に入れる。
「まずは――アイシアさんの素性を教えてくれ。貴族だ、とか大雑把でいい。それと、特別な力を持っていればそれも教えてくれ。炎属性の魔法に長けているとかでもいい」
「――よく知らないが、幼いころに親に捨てられて、教会で育てられたと聞いてる。それと回復魔法に長けていて、今は病院に勤めてる……くらいだよ。なあ、こんなこと話す必要があるのか? 俺は、早く勇者と……アイシアをぶち殺したいんだァッ! 彼奴の股間をもぎ取って――」
「分かった、分かったから落ち着け。今回はな、その女性がタイプだったから寝取った。富と名誉に目が眩んで、勇者に物になった。とか、そう言う簡単な話じゃない可能性が高いんだ」
回復魔法に長けている。それが理由で勇者パーティに誘われたが、それを断ったがために無理矢理犯された。復讐を果たした後にそれに気が付いて、後悔する。よくあるパターンなのだ。それを避けるために、レヴァンはもっと掘り下げていく。
「まず、勇者パーティに回復役はいるか? 足りないとかでもいい。知っていれば教えてくれ」
「チッ、知る訳ねえだろ」
「それじゃあアイシアさんと勇者がやっている最中、勇者様、愛してる。とか言ってたか?」
「あァ?」
ジークハルトは怒りを滲ませ、眉間に皺を寄せる。レヴァンはジークハルトをおちょくっている訳ではなく、至って真剣だ。喜んで勇者と体を重ねていたかを聞いて、無理矢理だったかを判別したいのだ。
「……覚えてる訳ねえだろォッ! なんだァ? 愛する人が他の男とやっている所に、聞き耳立ててたとでも思ってんのかッ!」
「……無神経だった。そこは謝ろう」
一連のやり取りでは、判別出来なかった。これ以上掘り下げても何も得られないので、着眼点を変える。しかし、もう聞くことは無かった。レヴァンは腕を組んで深く考え込む。最終的に、思いついた質問をバンバン投げかけていくことにした。
「帰って来るなって、お姉さんには言ったのか?」
「あ? ああ、言ったさ。皆が窓から逃げていく時に。アイシアと勇者がやっているのを知っていながら、止めなかったんだぞ? 帰ってくんなって言うに決まってんだろ。あんなクズと一緒に住みたくない」
「――ああ、まだ聞くことがあった。お前、アイシアさんと勇者が体を重ねているとき、部屋に押し入って勇者をぶっ飛ばそうと思わなかったのか? そのまま逃げ出したのか?」
ジークハルトは露骨に目を逸らした。それを、レヴァンは見逃さない。復讐をレヴァンに依頼してくる人間のほとんどが、一人で勇者に挑む勇気がない。そう言う人間は、大抵寝取られた場合逃げ出して、他人に責任を擦り付ける。
「それは……っ」
「お前がやったことは、お姉さんと何ら変わらないぞ」
「――う、るさいッ! しょうがないだろ! 相手は勇者だぞ? 俺みたいなごく普通の一般人が歯向かって敵うはずがないだろ」
ジークハルトは、俺は悪くないと自分に言い聞かせる。確かに、全て悪いのは勇者だ。だが、ジークハルトに全くもって責任が無いとは言い切れない。
レヴァンはジークハルトに詰め寄る。
「なあ、相手が勇者だからってあきらめてるだろ?」
「しょうがないだろ! お前みたいな俺より年下に見えるヤツに勇者が倒せるわけ――」
「――これでも千年は生きている」
「へ?」
レヴァンは始まりの魔王が生まれてから十二年後に生まれた魔王だ。実際、千年以上は生きている。姿が十五歳程度なのは、魔王の前世の年齢と容姿が関わっている。
「それに、忘れたのか? 俺は勇者討伐数トップの嫉妬の魔王だ。どれだけ勇者が強かろうと、俺にはかなわない。だから、諦めるな。復讐は、絶対果たされると約束しよう」
「……俺は、どうすればいい。俺はまだアイシアを忘れられない。勇者が怖くてたまらない。お前を、心から信用できない」
つい先ほどまでこの世の全てを恨むような瞳だった男の言葉ではなかった。信用していなくとも、心が開いてきているのは確かだった。これは、レヴァンの話術、そして魔法のおかげであった。相手の心を開く魔法。よく悪用される魔法だが、レヴァンはこの魔法に救世に使える可能性を見つけた。
「俺は色々調べてくる。これは、勇者がアイシアさんを寝取ったというだけの話ではないかもしれない。お前のお姉さんが関わっていたり、勇者歓迎パーティの出席者が関わっていたり」
「単純に復讐を手助けしてくれるだけじゃないんだな」
「そりゃそうだ。復讐を果たした後、後悔したくないだろ?」
ジークハルトはレヴァンの言葉にうなずいた。
レヴァンはゆっくりと立ち上がり、部屋を退出する。とても薄暗く、ジークハルトの心情を映し出しているようだった。それに対し勇者は寝取ったことを悪びれずに、俺の女だと豪語している。それほど勇者はクズなのだ。
レヴァンの次の行き先は、冒険者ギルドだ。ジークリンデに会いに行くのだ。
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