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第二話


 魔王と勇者の戦いは、人間を贔屓していた神族と、それを不服に思った魔族が戦争を始めたことから始まった。神族は魔族を根絶やしにしたが、魔族たちの怨念が具現化した存在、魔王の出現により、世界はより混乱に陥った。


 始まりの魔王は神族の根絶やしを企むが、神族は魔王の出現をいち早く察知し、人間を捨てて神界という新たに造った世界に逃亡した。そして身勝手な事に、人間に特別な力を与えて、魔王を殺させようとしたのだ。それが、勇者の誕生だ。


 魔王が出現する度に、神族は人間に力を与え、勇者として魔王と戦わせる。しかし、それだけでは太刀打ち出来なくなってきた。


 始まりの魔王の出現からちょうど今年で千百二十年。一年に一度、この世界では新たな魔王が出現する。新たな魔王が出現する度に、神族は十の人間に力を与えることが出来る。


 現在の魔王が五百九十三――恐怖の魔王が倒されたため、五百九十二体。それに対し勇者は、三千二百四十九人。そして今も、その数は減り続けている。


 このままいけば、魔王の完全消滅より先に勇者が全員死んでしまい、次の勇者が生まれる前に人間は蹂躙される。

 その為、神族は新たな一手を繰り出してきた。


 勇者召喚――別世界の人間をこの世界に召喚して、強大な力を与える。別世界の人間には、別世界の神からも特別な力を与えられるため、この世界の勇者よりも強くなる。

 そして、勇者召還は今年初めて実行された。


 召喚された勇者とは、シュート=カリヤ。もとい、狩谷修斗だ。




 一目では視界に納まりきらないほど巨大で、豪華絢爛な領主の館。フィバーレの街は傾斜地に作られていて、津波などの災害から避難するには、高台に上らなければならない。その為、領主の館は初めから最北の高台に作られている。


 少年が振り返ると、そこには朝日に照らされた大海原が広がっており、少年は心を躍らせる。そして、隣には酔い潰れた――今は酔いが冷めた絶世の美女がいる。少年は何千年と生きてきた中で、一番興奮していた。


「ここが私の家よ。さっきはナンパなんてしちゃってごめんなさい。お願いだから、この事はお父様には言わないで!」


「大丈夫です。絶対に言いませんよ。あなたみたいな綺麗な人にナンパされて、僕もうれしいかったから」


 その言葉を聞き、ジークリンデの頬は真っ赤に染まる。

 今までの妖艶な美女のイメージは消え去り、今はポンコツで可愛らしい美女になっていた。少年のタイプにドンピシャなのは変わらずで、ドキドキはとまらない。


 ジークリンデはそわそわと落ち着きがないまま、庭に入る。少年もそれに従って、庭に入った。靴の上からでもわかる、とても固い透き通ったタイルがこの家の裕福さを物語っていた。草花が巧妙に組まれたアーチをくぐり、館の扉前に辿り着く。


「私の家に用があるって言ってたけど、正確には誰に会いたいの? この景色が見たかったって訳じゃないんでしょ?」


 後ろの絶景に指を差して、ジークリンデは問いかける。領主の息子――としか聞いていない少年は、どう答えるか迷ってしまう。忍び込むつもりでいた少年は、弁解についてはノープランだった。


「い、いやあ、あなたの家に行ってみたかったから?」


 これでどうだと意気込んで誤魔化すが、可愛い物が好きなジークリンデでもさすがに誤魔化されなかった。指をイヤらしく動かして、少年の頬を引っ張る。


「用があるって言ってたじゃない。嘘はついちゃダメよ。ほら、ちゃんと言いなさい? ほらぁっ! ほらぁっ!」

「う、うぅぅ、ひゃへぇろ……」


 少年は幸せだった。数千年生きてきた中で、久しぶり、いや初めてと言っても過言ではない美女とのいちゃつき。仕事の事を完全に忘れて、いちゃつく。

 しかし、その幸せを打ち破るかのように扉が開かれた。


「それは俺への当てつけか……? 姉貴」


 家から出てきたのは、手入れがほぼほぼされていないボサボサになった金髪に、全く睡眠がとれていないのか目の下に深いクマがある高身長で元は超絶イケメンであっただろう男性だった。


 まるで全てを憎むような瞳で、少年とジークリンデを交互に睨みつける。ドアノブを強く握りしめ、怒りに震えている。ジークリンデはその姿に身を竦ませ、ごめんなさいごめんなさいと狂ったように繰り返す。


「誰が帰ってきていいって言ったァッ!」

「ひっ、ごめんなさい!」


 男の怒号は、親の仇に向けて放つようなものであった。そしてまた姉も、借金取りに脅された時の様な怯えを見せていた。


 ジークリンデは恐怖を顔に滲ませながら、急いでその場を去っていった。気まずい雰囲気が、その場に漂う。そしてまた、この雰囲気を空気が読めない少年がぶち破る。


「入っていいか? お前がポワポに依頼した依頼人だろう?」

「ああ」


 ポワポとは、酒場の店主の名前である。二メートル超ある巨漢にスキンヘッド、その可愛い名前が全くもって似合わない為、本人はその名を好ましく思っていない。




 家の中は、異様な静寂で包まれていた。玄関に置かれた大量の靴。それぞれサイズが違うので、同一人物の持ち物ではない。数十人ほどが集まる場合と言うと、パーティなどが定番だが、この静寂だ。その線は有り得ない。だから、異様なのだ。言い換えれば、不気味。奇妙。


 広い玄関を通り抜け、階段を上り二階へ行く。不気味にランタンが佇む階段を上った先には、ここの家主の肖像画が飾られていた。左右に道が分かれ広い廊下になっており、ところどころ高級そうな花瓶が置かれていた。ある程度歩いたところで男は足を止める。


「入れ」

「分かった」


 男は扉を開けて、少年を招き入れる。扉の先は、いたって普通の部屋だった。庶民的すぎた。ここは、領主の息子の部屋なのだ。高級な部屋を予想していた少年は、違和感を覚えた。


「もうちょっと高級かと思ってたんだが。さっきからこの屋敷不気味だな。大丈夫か?」

「黙れ」


 男は少年を案内することなく、そこら辺にあった椅子に腰を下ろす。少年は何も言わない男に溜息を吐きながら、椅子に腰を下ろした。男が何も言わないことは分かっていたので、少年から話を切り出す。


「まずは自己紹介からだ。俺はしっての通り、嫉妬の魔王レヴァンだ。勇者討伐数トップの魔王だからと言って、魔王界最強という訳ではないからあしからず」


 レヴァンの自己紹介が聞こえていないのか、男はレヴァンを睨み続けるだけで、口を開かない。


 被害者は大抵こうなる。全てに心を閉ざし、人間不信に陥る。そこでどう打ち解けていくのかが、腕の見せ所だ。レヴァンはここ数十年、勇者に寝取られた被害者の復讐の手助けをしている。その成功率は、なんと百パーセントを誇っていた。


 しかし、この男はレヴァンから見て重症で言い方、手遅れだった。どんなに復讐を果たそうと、この男の心が救われることは無い。この男には、勇者以外にも復讐したい相手がいるからだ。その一人が、ジークリンデ。さっきの怒号でレヴァンは察した。ジークリンデにも、恨みがあるのだと。


「それに――まだその女に未練があるだろ?」


 レヴァンが差したのは、一つの写真であった。ベットの隣に置いてある、男と美しい女性が幸せそうに佇んでいる写真。いつも目にする場所に置いてあるという事は、未練がある証拠だ。そして、迷いがある証拠だ。


「迷いがある時点で、お前に救いはない」

「黙れェッ!」


 男は身を乗り出しレヴァンに殴りかかる。だが相手が相手なので、当たることは絶対に無い。レヴァンは瞬時に躱して、その拳は空を切り、男は勢い余って足を滑らす。


「まずは話を聞いてからだ。もう一度言うが、迷いがある時点で復讐をしたとしても、救いは無いぞ? だから、早く動き出せ。人を恨んだまま終わるのが、被害者のほとんどだ。だが、ここには俺がいる。お前の復讐を成功させて、お前の心を晴らすと約束しよう」


 レヴァンは男に手を差し出す。しかし男はそれを無視して立ち上がり、又もや恨めしそうに睨みつける。

 ただ、今までの会話に成果はあった。レヴァンの言葉は男の心に深く突き刺さり、強く突き動かした。些細な事かもしれないが、確実な成果だ。


「チッ……ジークハルトだ」

「これからよろしく」


 レヴァンは気分が良くなり手を差し出す。しかしそれは華麗に無視された。


 


 

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