第十二話
「やばい……っ!」
「どうしたの? レヴァン君。そんなに焦って」
いつも(女性と対面時以外は)落ち着きがあるレヴァンも、今は冷や汗を掻くほど焦っていた。魔王にしか感じ取れない肌をピリピリさせる緊張感に、突然襲われたのだ。
それの正体にレヴァンは一瞬で気が付いた。
――勇者が、この迷宮に入って来た……!
何度も勇者と対峙してきたレヴァンは、無意識に勇者の気配を感じ取れるようになっていた。レヴァンは勇者周辺の気配を探り、三人の女性がいる事を知る。もう少し近い階層に居れば、顔や格好までも何となく知れるのだが、現在レヴァンとジークリンデが居るのは八階層。これ以上探るのは無理だった。
因みに城型のダンジョンなので、どんどん地下に潜っていく形になる。
「いや、何でもないですよ。あなたの美しさに興奮が抑えきれなくなったんです」
「レヴァン君、何かと口説いてくるわね」
レヴァンはジークリンデに勇者がこのダンジョンにいることを伝えるか迷ったが、ジークリンデが憤慨して勇者の元に向かうと言い出す危険性があるので、伝えずに誤魔化した。
この一週間、ダンジョンではあるが美女と過ごすことが出来て、レヴァンはとても興奮している。ジークリンデの一つ一つの仕草を凝視して、見惚れていた。
「別に口説いているつもりはありませんよ。自然と口から出てしまうんです」
「ほら、今みたいに」
こんな惚気た会話をしながらも、レヴァンはしっかりと勇者の行動を見ていた。勇者はオーガやデュラハンを、一方的に討伐していっている。
第一階層ボス部屋前の召喚魔法の陣を、盗賊が即座に発見して破壊した後、討伐後ちょうど一時間で復活するミノタウロスを見事な連携で倒して、二階層へ。
勇者が近づいて来るにつれて、三人の女性の容姿が明らかになって来る。レヴァンは三人の女性の格好のシルエットから職を知った。魔法使いと盗賊と神官だ。
「もうすぐボス部屋ね。このダンジョン、何階層まであるのよ。普通ならこの八階層ぐらいで終わるはずなのに……」
燻りの迷宮は踏破者がいないせいで、地図も出現する魔物も階層ボスも全て不明だ。無論、何階層まであるのかも不明だ。
ダンジョンは最終層が五階層から八階層なのが平均で、それ以上あるのは歴史上でも、両手の指で数え切れるほどの数字しかない。
長期間ダンジョンにいることで起きるのは、食料問題だ。食料はジークリンデが、燻りの迷宮に長期滞在することを見据えて大量に用意しているが、レヴァンが合流して人数が増えてしまい減りが早くなっている。因みに、例え魔王だとしても、食事や睡眠、排泄は必要だ。
「食料は持ってあと二日。そろそろ最終階層に行かないと、餓死してしまうわ」
「我慢すると戦闘に支障をきたしますし、急いで先に進みましょう」
急いで先に進みたいのは、それ以外にも理由があった。ここで停滞してしまえば、勇者パーティと鉢合わせになる。それをどうにかして避けたいのだ。
勇者とジークリンデは勇者歓迎パーティで一度顔を合わせている可能性が高く、そうなればジークハルト(寝取った女の男)の姉という事も知っている可能性がある。そこで鉢合わせすれば、変にちょっかいを出してくるかもしれない。レヴァンはそれを避けたいのだ。
「こうなるなら早く進めばよかった。何やってんだ俺……」
「……?」
レヴァンはダンジョンをのんびり攻略していたことを、深く後悔していた。レヴァンは予定が狂い始めて自棄になってしまい、ダンジョン攻略をデート感覚で楽しんでいたのだ。
レヴァンが本気を出せば、八階層まで一週間もかからず数時間で辿り着ける。ジークリンデにAランク冒険者なのは伝えてあるが、レヴァンの本気はSランク冒険者を軽く凌駕する。さすがに怪しまれるので、本気を出すわけにはいかなかった。
自重したとしてもレヴァンは、八階層まで一日で辿り着ける。だから、レヴァンに届かなくとも強力な力を持つ勇者は自重する必要が無いので、猛スピードでダンジョンを攻略している。すぐ同じ階層に辿り着いてしまうくらいに。
追いつかれたのは、第八階層のボスにジークリンデが手間取ってしまい、その間に勇者に距離を縮められたのが大きな要因だ。第八階層ボス討伐後一時間を経たずして、勇者パーティは八階層のボス部屋に辿り着き、ボスがまだ復活していないので素通りをする。
「やばい…………本当にやばい事になった……」
「さっきからどうしたの? すごい汗かいてるわよ?」
レヴァンは鼻先を伝う汗を拭い、必死になって考える。
レヴァンは勇者パーティに追いつかれたことに気が付いていた。そして、盗賊の索敵能力で自分たちの居場所がばれていることにも、気が付いていた。
勇者パーティは、巧妙に交わり迷路のようになっている道を迷いなく突き進んでいるので、レヴァン達の居場所を知っていることは明白だ。
だからどんなに逃げても、第九階層のボス部屋に辿り着かないかぎり、逃げ切ることは不可能だ。ダンジョンでは、索敵能力は使えてもボス部屋や、それまでの道が何故か分からないので、先にボス部屋を見つけた方が勝利する。
勇者パーティが先に見つければ、ボスを倒してそこで待ち構えればいい。
レヴァン達が先に見つければ、ボスを倒して十階層に逃げるかダンジョンを脱出するかをすればいい。
一つの逃亡方法である瞬間移動の魔法は、同じ階層にしか移動する事が出来ず、たとえ勇者パーティから遠く離れたとしても、先にボス部屋を見つけられる可能性があるので、無暗に発動は出来なかった。
「万事休す……か……しょうがない、走りますッ」
「え? ちょ、ちょっとまって、いきなりどうしたの? それにレヴァン君、前にクリムゾンオーガが三体!」
レヴァンが前を向くとそこには、燻りの迷宮の入り口にいたオーガの何倍も赤々としていて、体長が六メートルほどの巨大なオーガが三体、大剣を持って立ちはだかっていた。
その名もクリムゾンオーガ。オーガの最上位種と言われており、魔物の中でもトップクラスの筋力を誇る。普通に一体でミノタウロスを軽く凌駕する。だが、強力なのは筋力だけで、大振りで単調な攻撃しかしてこないので、避ければ普通に勝てる。
「……ッ! 全部僕がやります」
「分かったわ」
ジークリンデでも時間を掛ければ勝てる相手だが、今はその時間が何よりも惜しいのだ。己の異常な力がジークリンデにバレることを念頭に置かず、少しだけ本気を出しクリムゾンオーガを相手取る。
戦闘している間も距離は縮まっているのだ。だが、勇者パーティは走らずゆっくりと歩いてきているので、速めに戦闘を終わらせば追いつかれない。
レヴァンは膨大な闘気を放って、クリムゾンオーガを威圧する。だが、さすが九階層の魔物といったところか、魔王の威圧にビクともしない。
「まあ、所詮雑魚は雑魚なんだが……」
瞬間移動で左右中央に分かれている中の、右のクリムゾンオーガの懐に潜り込み、渾身の拳撃を腹に一発入れる。ミスリルより硬い腹筋を粉砕して食い込ませた後、もう一度残った左手で拳を突き出す。クリムゾンオーガは大きく引き飛んで、空中で絶命した。
「今度はこっちだ……ッ!」
レヴァンは両手を突き出したまま、中央のクリムゾンオーガのうなじに向かって跳躍して、肘を振り下ろす。見事その一撃はうなじに直撃し、思い切り天井を見上げてしまうクリムゾンオーガ。その際に首の骨を盛大に折って、呼吸困難に陥り絶命した。
最後のクリムゾンオーガはまだ、仲間がやられたことに気が付いていない。レヴァンはそれほどのスピードで殺している。クリムゾンオーガの隙丸出しの脇に目掛けて、遠心力で勢いが増した蹴りを放つ。骨にひびが入る鈍い音が響いた直後、クリムゾンオーガは吹き飛び壁に叩き付けられて、絶命した。
「強い……」
「……勇者パーティが来てます……すみません、手を握ります!」
「え!?」
ジークリンデがレヴァンの戦闘能力に驚嘆して言葉を洩らした時、レヴァンも焦ってしまい絶対に言ってはいけない言葉を、うっかり洩らしてしまった。
勇者パーティが来ている。その言葉を聞いたジークリンデは、胸に秘めていた怒りを爆発させた。
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