第十話
ジークリンデがミノタウロスを倒して、レヴァンがダンジョン踏破しないと脱出できないという事実を知ってから一週間。フィバーレの街の冒険者ギルドは、いつもより慌ただしくなっていた。
ダンジョンは長時間滞在するところではない。転移石という物を使って途中途中帰還して、またそこから開始する。そうやって踏破を目指すのだ。
だから、一週間もダンジョンに潜ることはそうない。
一番問題なのは、ダンジョンから一週間も帰ってきてない冒険者が、BランクとAランクの冒険者という事だ。将来、国を守るほどの冒険者になっていくはずの逸材がいなくなったとなれば、冒険者ギルドも慌ただしくなる。
「たとえ、難関ダンジョンの燻りの迷宮と言えど、Aランク冒険者が死ぬほどではないはず……」
一週間前にレヴァンの対応をした才色兼備という言葉が似合う眼鏡の受付嬢は、一人で黙々と燻りの迷宮に送る冒険者を名簿から探す。
この世界の冒険者ギルドでは、Bランク以上の冒険者がダンジョンで五日以上行方不明になれば、生存確認や死体回収のための調査隊を送らなければならない。
送るのはその迷宮を難なく踏破できるような冒険者。しかし、燻りの迷宮はフィバーレの街近辺の中で最も難易度が高い。送れる冒険者はほとんどいない。
「でも、たぶん死んではいない。誤ってボス部屋に入ってしまい、帰れなくなってしまった可能性が高いわね」
燻りの迷宮はボス部屋に一度でも入ると、転移石が一切使えなくなり、ボス部屋の扉も閉まり、引き返すことが出来なくなる。踏破するまで出られなくなってしまう。冒険者の常識だったので、受付嬢も忠告を怠ってしまった。
「せんぱぁ~い、燻りの迷宮に送れる冒険者はこの街に居ませぇ~ん。Bランク冒険者は皆依頼に出てしまっているようでぇ~す」
燻りの迷宮に送る冒険者の条件は、非常に厳しい。まず、炎属性を主体としていないこと。デュラハンを単独でも難なく狩れること。そして、一度も帰還せずにダンジョンを踏破する精神力と持久力を持っていること。
そんな素晴らしい冒険者、王都にでも行かないといない。
因みに今、声を掛けたのは初めにレヴァンの対応をした受付嬢だ。二日間ほど寝ていないので目の下にクマが出来ている。それは眼鏡の受付嬢も一緒で、今にも疲労でぶっ倒れそうだ。
「本当に不味いわ。このままAランク冒険者の損失を本部に知られたら、確実に私の首は飛ぶ……」
眼鏡の受付嬢は体に鞭打って、冒険者の名簿をめくっていく。この冒険者ギルドのギルド長も自分の首が飛ぶのを恐れてか、王都にある冒険者ギルドの本部に報告をしていなかった。ばれたら確実に首は飛ぶが、その前にどうにかして助け出せばどうにでも誤魔化せる。
「なあ、俺冒険者資格剥奪とかになんねえよな?」
眼鏡の受付嬢にカウンター越しに話しかけているのは、一週間前レヴァンに喧嘩を売って腕を切断された冒険者、ドラン=バランであった。今日は酒は飲んでおらず、依頼から帰還したところだ。
「俺が、あのAランク冒険者に燻りの迷宮に行けっつったから、こんな冒険者ギルドが慌ただしくなってんだろ? 本当に冒険者資格剥奪だけは嫌なんだよ。助けてくれよ受付嬢」
「う、るさいですね。今集中してるんです。少しは静かに出来ないんですか?」
頭に血が上っているようで、いつもの営業スマイルが剥がれて素が出て来てしまっていた。眉間に皺を寄せて、冒険者でも身が竦むほどイライラしている。
これにはさすがのドランでもびびる。
「お、おう。すまん……そうだ! 勇者様に頼めばいいんじゃないか? 確かこの町に滞在してるんだろ?」
ドランの言葉に受付嬢はピクッと眉を動かして反応する。非常に妙案ではあるが、勇者は冒険者を救える時間はない。そう思い受付嬢が断ろうとしたときに、話に割り込んで来た男がいた。
「僕が手伝ってあげましょうか? 受付嬢さん」
「「……へ?」」
話に割り込んできたのは、この世界にはそういない黒髪黒眼の爽やかな青年だった。平民が着ているような布の服に、初心者の冒険者が装備してそうな鉄の剣。そして、それらが全く似合わないほどの美貌。
この街で知らない人間はいない。
「勇者様ッ!?」
そう叫んだのは受付嬢の方で、ドランは目の前の光景が理解できていないのかポカンとしている。
勇者と呼ばれた青年は、にこやかに受付嬢の手を掴んで、耳にそっと顔を寄せる。
「僕の事を知ってるんですか!? あなたみたいな美しい知ってくれているなんて、僕も有名になったんですね」
「う、美しいッ!? はぅぅぅぅ」
先程までの疲労は何処へ行ったか、受付嬢は満面な笑みを浮かべた後に、頬を真っ赤にして蹲る。勇者パーティの美少女巨乳魔法使いがそれに嫉妬して、殺傷能力がありそうなほどの鋭い視線で睨む。そしてそんな事知らずに、勇者シュート=カリヤは白々しく喜んでいる。傍から見たら、ドロドロとした恋愛小説の始まりである。
「……マジか。こんなひょろひょろしたのが、勇者……」
誰にも聞こえない程の大きさで呟いたのだが、勇者なのかと言い切る前にドランの首元にナイフが突きつけられる。愛する勇者を侮辱されたのがよほど気に食わなかったのか、勇者パーティの美幼女盗賊がナイフを突きつけたのだ。ドランは盗賊から漏れ出る闘気に怯えて、逃げ去っていった。ドランが盗賊のナイフから逃れられたのは、勇者が盗賊を止めたおかげだった。
「次言った時はぶち殺す」
「ほら、可愛い女の子がぶち殺すなんて汚い言葉を使っちゃダメでしょ? あの人は勇者の僕が羨ましかったんだよ。見るからに弱そうだもんねェ……ふっ」
勇者は逃げ去っていくドランの背中を見て、嘲笑った。それにつられて、盗賊も嘲笑う。その顔は世界を救う勇者がする顔ではなく、周りの冒険者たちもさすがに引いていた。
悪役が倒れている主人公を見下すときのような笑みだ。この勇者は、何が何でも自分が優位でありたいのだ。
「ねえ、早くいかない? シュート。こんな所にいても気味が悪い視線を向けられるだけだわ」
「本当に思った事だとしても口に出しては言わない方がいいよ。それに、僕はここが大好きだ。ここにいる全員が僕を崇めてくれるから。ここにいる全員が僕を妬んでくれるから、ね」
魔法使いは周りで見てくる冒険者を見下して、勇者にそう呟く。胸元が大きく開いているので、男冒険者の視線を引き付けてしまっている。もう少し胸元を狭くすればいいのだけの話なのだが、全く気付いていない。
そして、勇者も同じように周りの冒険者を見下ろす。これには冒険者たちも怒りを覚えた。でも、敵わないことを理解できないほど冷静さを欠いていたわけではないので、殴り掛かる寸前で済んだ。この瞬間、ここにいる冒険者全員の勇者のイメージが変わった。
自分に酔いしれているクズ。
今まで蹲っていたおかげで、勇者の幻想がぶち壊れずにすんだ受付嬢は勢いよく起き上がり口を開く。
「あ、あのっ! 勇者様が手伝ってくれるというのは本当ですか!」
受付嬢は営業スマイルではないマジの笑顔で、勇者に問いかける。見るからに機嫌を悪くする魔法使いに、そもそも興味がない盗賊。
「うん、燻りの迷宮で冒険者を探してくればいいんだよね。君みたいな美しい人を困らせてしまうなんて、最悪な冒険者だね」
「え? ……ああ、そうなんですよ」
勇者の言葉を否定するのが怖くなり、心にもない事を言ってしまう受付嬢。それぐらい、勇者スマイルの威力は強かった。
「Aランク冒険者の……十五歳ぐらいの男の人を探してきてください。お願いします!」
「分かったよ。それじゃあいこうか。フレイヤ、フィナ、アイシア」
「「うん」」
フレイヤと呼ばれた魔法使いと、フィナと呼ばれた盗賊は満面の笑みでうなずいた。勇者に心酔しているようで、名前を呼ばれただけで目をトロンとさせている。
そして、それはアイシアと呼ばれた神官も同じだった。
「ふふっ、私は勇者様に一生着いていきますよ」
「それは、ありがとう」
アイシアはガラ空きになっていた勇者の右腕に、絡みついて妖艶に微笑む。とても美しい女性で、冒険者たちも思わず見惚れてしまう。それほどまでに美しいのに、勇者はすこし顔を引きつらせていた。まるで好きではないかのように。
勇者御一行はレヴァンとジークリンデが攻略中の燻りの迷宮に向かう。
レヴァンと勇者が対面する日は、そう遠くない。
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