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第一話



 グラヘッサ王国領フィバーレの街。中央通りを少し外れたところにある小さな酒場。大陸最大級の港町だというのに、その酒場はひどく盛り上がりに欠けていた。客足はとても少なく、現在客は一人しかいない。それ以降客が来る気配もないので、酒場の店主は酒を煽るように飲んでいた。


「おい、客の俺より飲んでいてどうする。それと、もう飲むのを止めたほうがいいぞ。エール何杯目だ? 四十はいってるだろ」


 そうマスターに問いかけるのは、酒場にいるには少し早い十五歳ほどの中性的で可愛らしい顔立ちの少年。ミズぼらしい格好で、ちびちびと酒を飲んでいる。一方酒場の店主は、通常よりも巨大なジョッキに注がれたエールを、水のように飲んでいた。


 問いかけに答えない店主と、鼻を刺激する強烈な酒の臭いに少年は、見るからに苛立ちを見せる。


「お前、いい加減にしろよ。お前が頼みがあるって言うから来てやったのに、俺そろそろ帰るからな」


「おーい、ちょっと待ってくれよぉ。すまなかったすまなかった。酒を飲まねえとやってけないんだよ」


 店主は真っ赤になった顔を顰めて、愚痴を始めた。話し始めると愚痴しか言わない店主にさらに苛立ちを覚える少年。眉間に皺を寄せて、鋭い眼光で睨みつける。その姿を見て危険を察知した店主は、ようやくジョッキを置いて真剣な表情を見せる。


「今よ、このフィバーレに、勇者がやってきてんだ。それも、期待の新生シュート=カリヤ様だ。確か、勇者の力に目覚めてからたった二か月で、恐怖の魔王グランオールを倒したんだ。すげぇだろ」


「なにもすごくねえよ」


 店主は、さも自分の事かのように誇らしげに語る。その様子に、少年は露骨に顔を顰める。それに、勇者の話題が出た途端、少年の酒を飲むスピードは格段に上がった。それを見た店主は、ほくそ笑む。


「その勇者様がよぉ……ここフィバーレの領主の息子の女を寝取ったんだ」


「……そうか」


 店主は小指を立ててニタァと、少年の癇に障る表情をわざと浮かべる。


 この先の展開は、優に想像できた。少年はしかめっ面から鬼の様な形相へと変貌させ、飲んでいた酒のグラスを握り潰す。グラスの破片が少年の手に突き刺さるも、傷一つ付かなかった。これは少年の手が、鉄のように固いことを示していた。


「流石嫉妬の魔王様。鉄みたいに堅いんだな。さて、その寝取られた領主の息子からの依頼だ。その女もろとも勇者を破滅に追い込む手助けをしてくれとの事だ。どうする、受けるか? 受けないか? 俺としてはどっちでもいいが――」


「――受けるに決まっている。依頼主が、報われぬだろう」


 随分と優しいじゃないか、と心の中で独り言ちる店主。


 少年から沸き上がる闘気(オーラ)が格段に増幅し、それに反応して酒樽が不自然に震え出す。店主は危険を察知し、少年が好む酒を出して機嫌を取る。成功したようで、少年は顔をほころばせてそれを口に運んだ。


「今日はやけに気が利くじゃないか。いつもなら、酒樽を抱えて逃げ出すのに。今日もあれが見れると楽しみにしてたんだがなぁ。どうだ、テイク2。やり直さないか?」


「おいおい相変わらず酔うと性格悪くなるな。そんな他意があってやってたのか。他に客が来てたら、怖がって逃げちまうところだっただろうが」


「ふっ、抜かせ。この店に他の客が来ることがあったら、次の日は天変地異がおきるな」


 少年はそう軽口を叩き、椅子から立ち上がる。

 帰ろうと荷物をまとめていると、またもや店主は少年の癇に障る笑みを浮かべる。


「外には騎士団が蔓延ってるぜ。そんなところに、単身で飛び込んでいったら、どうなるかさすがに分かるよな。さすがの《魔王》様でも、集団を相手取るのはきついんじゃないか?」


 現在、夜依頼から帰還した冒険者が帰宅する深夜三時。血の気の多い冒険者が酔い潰れたら、何をしだすか見当もつかない。だから騎士が街に駆り出されるのは、止むを得ぬ事なのだ。


 その中に、人類の敵である魔王が飛び込んでいけば、袋叩きに遭うことは優に想像できる。とはいえ、店主はまだ知らない。魔王の真の力というモノを。どんなに雑魚が束になって襲い掛かろうと、魔王には傷一つ付けられないということを。


 この街で魔王に傷をつけられるのは、期待の新生シュート=カリヤだけだ。

 だが、この少年はただの魔王ではない。


 この世界にごまんといる魔王の中でも勇者討伐数ナンバーワンを誇る嫉妬の魔王なのだ。

 この街で傷をつけられる存在は、誰一人としていない。


「魔王をあまり舐めない方がいい。少なからず、俺は恐怖の野郎の何倍も強い。どんなに雑魚が集ろうと、俺に敗北はない」


 自慢げに微笑む少年は、少量残っていた酒を一気に飲み干し、苛立ちを見せる店主を愉快そうに見下ろして、金貨をカウンターに置く。その量は少年が飲んだ酒の量には釣り合わず、とても多かった。日本円にして十二万円。店主の苛立ちもこれのおかげで、一瞬で吹き飛んだ。


「紹介料も込みだ。俺は今から依頼人の所に向かう。また今度な」

「ええ、ぜひとも」


 カランカランと扉を開けると鈴の音が鳴った。

 その音色は、この酒場には不釣り合いで、とても美しかった。



 魔王には、どの種族よりも整った顔をしている者が多い。それはもう、血の気の多い冒険者から毎度のことナンパされて、男にウンザリしている女冒険者が一瞬で虜になってしまうほどに。


 現在少年は中央通りに出た瞬間、冒険者ギルド内の酒場から出てきた、酔い潰れた女冒険者二人組にナンパされていた。勇者のハーレムに羨んでいる少年にとっては、とても喜ばしい事なのだが、時間帯的に非常に不味い。このまま騎士団に目を付けられれば、少年はすぐに処刑だ。


「ねえ坊や、これからお姉さんたちと一緒に遊ばない?」


「遊び……っ!?」


 遊びたいでーす! と思わず少年は叫びそうになるが、寸前で止める。少年は諦めて、もじもじと恥ずかしがりながら逃げ出すが、女たちを燃え上がらせるだけで、逆効果だった。


 後ろから豊満なお胸を持つ槍使いの女性から抱き着かれ、少年の心臓は跳ね上がる。ろくに女性経験がない少年だ、背中に感じる柔らかさに、思わず下半身が熱くなる。


(俺は嫉妬の魔王だ。俺は嫉妬の魔王だ。俺は嫉妬の魔王だ)


 嫉妬の魔王だから、女性に過度に反応してしまうのだ。他人への嫉妬を糧にして生きている分、それに対する欲求は誰よりも高い。主に少年が嫉妬するのは、勇者のハーレムだ。凱旋パレードでもすれば、毎回両腕には美女の姿。それが今己の身に起きているのだ。過渡に反応してしまうのは仕方がない。

 

「あ、あの! すいません!」


 少年は欲望に溺れないように、心を無にして女冒険者の抱擁からの脱出を試みる。

 しかし、女冒険者の力が思ったより強く、手加減をしている少年に脱出は不可能だった。


「やめなさい、リンデ。それでもこの町の領主の娘ですよね? 酔い潰れてナンパしてるなんて噂が立ったら、大好きなお父様に迷惑がかかりますよ?」

「だ、大好きは止めなさいよ!」


 片方の神官と思われる女冒険者が槍使いを茶化したせいで、槍使いは深夜だという事を忘れて、思い切り怒号を上げる。周りに響いたその声は騎士の耳にも届き、一瞬のうちに囲まれる。


 とても焦る女冒険者二人組だが、一方の少年は先程の会話に思い耽っていた。


(領主の娘ということは、今回の依頼人の姉か妹であることに違いない。これは使えるんじゃないか?)


 そして、顔を上げる。


「…………え?」


 少年はポカーンと口を大きく開けて、茫然自失する。すぐに冷静を取り戻すも、解決策は何も浮かばなかった。簡単に蹴散らすことは出来るが、後ろに人がいるので無暗な殺傷は避けたい。万事休すである。


「お前達、こんな時間に何をしているッ!」


「あ、あえ? お、おう」


 少年はとても焦る。


 五人の騎士は抜刀して、じりじりと三人との間合いを詰めていく。女冒険者も無暗に抜刀するわけにはいかず、選択肢は逃亡しかなかった。仕方なく逃げ出そうとしたとき、槍使いが一人の男騎士と目が合う。


「あんたは……」


 そう呟くと騎士は、うつむいたまま動かなくなった。槍使いは先程までの浮付いた表情は何処へ行ったか、鋭い眼光で睨みつける。

 この二人には、何か複雑な因縁があるように見えた。


「お、おい、行くぞ」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 その騎士はそのまま他の四人を連れて去っていった。れっきとした職務放棄だが、その騎士には逆らえないのか何も言わず着いて行った。

 気まずい雰囲気の中、空気の読めない少年が沈黙を破る。


「それより、お姉さんはここの領主の娘さんなんですよね」

「え? ……ええ、そうよ。私はここの領主の娘、ジークリンデよ」

「不躾ですが家に連れてってもらえませんか? 少し、用があるので」


 少年は上目遣いでジークリンデを篭絡する。苛立ちも一瞬で消し飛び、気分が良くなったジークリンデは快く承諾した。


 街灯が消えて朝日が昇る時間。少年はその紅に勝るほどの、真っ赤な怒りを心に宿していた。勇者という人類の救世主。それが、他の男の女に手を出し、寝取っていく。この世界では、よくあることだ。しかし、それは許されるべきことでは無い。


 少年は、ジークリンデの背中を追いかけて、依頼主の元へ向かった。




面白いと思っていただけたら、ブクマ、評価等よろしくお願いします。

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