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もう親バカでいいや……

 

「おはよう、ローナ、ラウ、サティ。」


 リビングの扉を開けながら中にいるであろう人物たちに向かって声をかける。


「おはよー。おにー……さん……」


「おはよう。なんだか騒がしかったけれ……ど……」


 すると、振り向いてにこやかに答えた二人は俺に抱えられたフェルを見て硬直した。


「……グル。」


 サティだけはいつも通りの反応だ。

 俺に抱えられているのがフェルだと認識しているのか、一瞥してまた瞳を閉じた。


「ねぇ、おにーさん、もしかしなくても……」


「その子って……フェルちゃん……?」


 そして、目を丸くしたまま連携して質問を投げかけてくる二人に


「おう。めっちゃ可愛いだろ。」


「おはよう!おねぇちゃん!フェルだよ!」


 俺とフェルが答える。

 フェルは手をブンブン振って元気よく声を出す。


「……」


「………」


「?、どうした?」


 そうすると、彼女たちは無言で立ち上がってこちらへと近づき


「か……かわいいっっ!!なにこの子!ものすごく可愛い!!もうおにーさんが何をしてもおかしくないから驚かないと思ってたけどこれはびっくりした!」


「すごくかわいい子ね!わたしも抱っこしていいかしら?」


 絶賛の声をあげた。


「うんうん、そうだろうそうだろう!やっばりローナたちもそう思うよな!……ちょっと待て、ラウ後半で俺をけなしてるよな?」


「え?だって事実だよね?」


 俺の抗議にラウはキョトンとした表情で言った。


「……まぁ、確かにそうだけどさ……でも、今回俺はなにもしてないぞ。」


「はいはい、おにーさんジョークだね。そんな事より、フェルちゃんのほっぺプニプニー!」


「あぅ、くすぐったーい」


 ラウは聞く耳を持たず、俺に抱えられたままのフェルと触れ合う。


「っ……ふふっ……」


 側でベルが笑いをこらえる音が聞こえた。


「………」


「これは失礼……ふっ。」


 全然こらえられてないなので視線を投げかけると、ベルは澄ました顔で言った。


「フェルちゃん、少しわたしの方にきてくれないかしら?」


 そして、ローナは目を輝かせてフェルに向かって手を広げて言うが


「……いまはパパがいいっ!ふぇるやっとおなじになれたの!いまはふぇるのばん!」


 ローナの揺れる胸を見て少し考えたものの、フェルは俺にギューっとしがみついて離れる様子を見せない。

 俺だったら確実にローナだけど。


 《そこで主様の趣向を当てはめないでください。その子は純粋な興味と葛藤しただけです。》


 ……心の汚れって醜いね。


 《そうですね。》


 シュティの指摘を受けて罪悪感が湧いた。


「パパ、ぎゅー!」


「ぎゅー!あぁ、もうかわいいなぁ!」


 しかし、しがみついてくるフェルが愛おしすぎてすぐにどうでもよくなってしまう。



「そう……じゃあ、また気が向いたらおいでね?」


 残念そうに肩を落としてそう言うローナに


「うん!ありがとう!ローナおねぇちゃん!」


 フェルがとびきり笑顔で応えた。


「っ!〜〜!はぁ〜、かわいいわねぇ……」


 それを真正面から受け止めたローナはうっとりした表情でご満悦な様子。


 なるほど、フェルは我が家の天使だったんだな。


 《?》


 うん、その否定も肯定もしてくれない純粋な疑問がなんか辛い。


 《ふふっ……》


 あ、もてあそんだな?


 《いえいえ♪》


 じゃあ、なんで声が弾んでるのかなぁ!?



 シュティに対して不満をあらわにしていると


「ところで、どうしてフェルちゃん首輪付けてるの?」


 ラウが疑問符を浮かべて聞いてきた。


「やっべ、外すのすっかり忘れてた。」


「そういった趣向をお持ちかと思っていましたが、単純に痴呆でしたか。」


 完全に忘れていた旨を伝えると、ベルが冷笑と共に言葉を放つ。


「愚かしくて悪かったな。フェル、首輪外そう。」


 流石に10歳前後の少女に首輪をつけたままでは様々な問題を生じるので、フェルが身につけている首輪を外そうとするが


「いや!」


 拒絶されてしまった。

 首を左右にブンブンと振り回して全力の意思表示を行なっている。サラサラの銀髪が顔に当たってくすぐったい。


「どうしてだ?」


「パパからもらったの!ふぇるのたからもの!」


 理由を問うと、フェルは耳をぴこぴこ動かしながらなんとも嬉しい事を言ってのける。


「嬉しいけどちょっと複雑……」


 だが、『はいそうですか』と頷く訳にもいかない。

 絵面的にも、倫理的にも。


「!、そうだ……じゃあ、これならどうだ?」


 そこで、少し思案した後に打開策を一つ思いついた。

 魔力交換でとある品を取り出し、フェルに渡す。


「?、なにこれー?ちいさいね。」


 それを手に取り、首をかしげるフェルに俺は答えた。


「それはチョーカーだ。首輪とは少し違うけど、これならファッションの一部として取り入れられるから問題ない。」


 そう、手渡したのは首輪と同じデザインのチョーカー。

 これなら首につけても問題なく、なおかつ可愛いおしゃれなアイテムとして認識されるのでオーバーサイズの首輪をつけるより断然良い。


「これもくれるの!?」


「おう、あげる。だから、首輪は魔獣の姿をしてる時につけて、人の姿をしてる時はこっちをつけて欲しいな。」


 喜びに瞳を輝かせたフェルに肯定の意を示してうながす。


「うん!ありがとうパパ!だいすき!」


「甘噛み…だとっ……!」


 尻尾がちぎれそうな程振り回し、ぎゅーっと抱きついてくるフェルだが、それに加えて首筋に甘噛みしてきた。


「えへへ!」


 いたく機嫌がいいらしく、甘噛みした後は俺の胸に顔をうずめてスリスリとこすりつける。


 《あ、それ主様の匂いを嗅ぐついでに自分の匂いをつけてますね。》


 嬉しさが振り切って甘噛みにマーキングか……愛情表現がダイレクトだな。

 でも、可愛い娘が出来たから別にいいや!


 《娘ですか……その手もアリですね。》


 シュティ君、まさかとは思うが……


 《ご安心ください。冗談です。》


 その割には真面目に考えてる雰囲気だったけど。


 《気のせいです。もし、人の姿になるならば主様に異性として愛されたいですから。》


 お、おう……そうハッキリ言われると対応に困るな……


 《愛してくれないのですか?》


 君、本当にスキルだよね?スキルの振りした別のナニカじゃないよね?


 《主様の魂から派生した自我を持つ純然たるスキルですよ。》


 スキルの定義とは……


 そうしてシュティに振り回されていると


「いつまで立っているおつもりですか?朝食の用意を。」


 ベルが冷たい声で言い放った。


「ベル、普通は逆じゃね?」


 形式上とはいえ、一応使用人の立場である彼女に少しだけ文句を言うが


「そうですね。だからなんです?」


「わー、言い切ったー」


 平然とした表情で言い切りやがった。

 ほんの少しだけ、この凛とした美しい横顔を殴りつけてやりたい気分だ。


 《器用に褒めますね。》


 純粋な客観的評価だ。

 かわいいものはかわいいし、綺麗な人は綺麗で、かっこいい人はかっこいい。そしてベルはクールビューティー。


 《そういった素直なところが好きです。》



「そうだった!おにーさん作って!」


「タケシ、お願い。」


「ふぇるもたべたい!」


 そうこうしているうちに、他の反応も出てくる。


「おーし、わかった……って、フェルは大丈夫なのか?」


「?」


 ここで当然行き着くべき疑問を口に出す。

 フェルはこの疑問の意味を理解していないらしく、不思議そうな表情で見上げてくる。


「……まあ、大丈夫でしょう。見たところ人化スキルを使用しているようなので基本的に同じ物を食べる事が可能かと……そもそも、どうやって人化スキルを身につけたのかはわかりませんが。


 意図的に身につけるにしても人化スキルを習得している対象を見たのはあのプーロという龍のみですし、伝授を受けるような時間はありませんでした。

 仮に伝授を受けたとして、ここまで完全に機能させるのは難しいでしょう。それに、初めて人化したにしては魔力の消耗が見受けられないのも不可解です。」


 すると、フェルをジッと見つめながら珍しくベルが意見を述べた。

 今日は本当によく喋る。


「まるで()()()()()()()でもしているかの様です。」


 大真面目にそう言ってのけた彼女に


「それは流石にないだろ。」


 俺は否定する。


「それもそうですね。誰かが魔力を肩代わりした上で完璧にスキルを発動するだけなど何のメリットもありません。……貴方を除いて、の話ですが。」


 すると、ベルは俺をいぶかしむ視線でまっすぐ見つめながら言った。


「いやいや、ほんとに俺じゃないぞ?ローナかラウのどっちかが気を利かせてくれたんじゃないのか?」


「え?わたしは違うよ?」


「わたしも違うわ。」


「えぇ……」


 ローナとラウに聞いてみるが、彼女たちにも心当たりはないようだ。


 ひとまず、フェルを鑑定スキルで見てみよう。

 シュティ、頼んだ。


 《承りました。》



【フェンリル〈特異個体〉】


 名前:フェル   Level:60


 性別:メス   状態:人化中


 《能力値》


 HP:32540/32540  MP:21100/21100


 STR:S    DEX:A


 VIT:A     INT:C


 AGI:S     MND:A


 LUK:5580


 《固有スキル》:


 〈スキル〉:〈氷魔法Lev4〉 〈武技Lev4〉〈全属性耐性Lev4〉 〈状態異常耐性Lev4〉〈人化〉


【称号】:【拾われ狼】【パパ大好きっ娘】



 久しぶりに開いたウィンドウにはフェルの現在の状態が表示される。


 あ、スキル欄に〈人化〉が増えてる。……って、【主大好きっ娘】から【パパ大好きっ娘】になってるっ!!なにこれ超嬉しいっっ!!


 《状態:人化中、というのも増えてますね。レベルも2上がっています。》


 言われてみれば確かに……しかし、見れば見るほどますます不思議だな……うーん、こうなったら直接聞くしかないか。


 そう思い、俺は一度ソファに腰かけてフェルに質問する。


「フェル、どうやって人化したんだ?」


「えーとね!ふしぎな、っ!!だめ!やくそくしたの!」


 質問に応えようとしたフェルだったが、ハッとした様子で小さな両手で口を塞ぎ、言いよどむ。

 しかし、その過程で『約束』というキーワードを口にした。


「約束……約束ね……誰と約束したんだ?」


「えっとね、えっと…だめなの!いっちゃダメってやくそくしたから!」


 なんとか聞き出せないか問いただしてみるが、『約束したから』の一点張り。

 困った表情で必死になっているのがまた愛くるしい。


「パパには教えてくれないのか……?」


 俺が少し残念そうに言うと


「ご、ごめんなさい……やくそく、したから……」


 フェルも耳を垂れさせて顔を伏せた。頑なに拒むのでこれ以上聞き出すのは難しいだろう。

 それに、少し意地悪だったかな。


「ごめんなさい、パパ……」


「ごめんごめん、意地悪しちまった。言えないなら無理に言わなくていいぞ。」


 しゅん、と落ち込んだ雰囲気のフェルに謝りながら頭を撫でる。


「んぅ……うん。」


「うんうん、約束は大事だよね。わたしも気になるけどこれ以上無理に聞き出すのは嫌だしやめとこう?」


 すると、一番約束事に敏感なラウが俺の肩に手を置いて言った。


「そうだな……よし、朝ご飯作ってくる。」


「!、ふぇるもつくる!」


 俺の言葉にフェルは耳をピン!と立てて元気よく声をあげた。驚くほど切り替えが早い。


「おお、そうか。じゃあ手伝ってもらおうかな。」


「うん!パパといっしょ!」


「なにこの子、尊い。」


 にぱーっ、と笑うフェルに思わず天を仰ぐ。


「わたしたちも手伝う!」


「えぇ、わたしも。」


 すると、なにを思ったのか、ローナとラウも唐突に手伝う意思をみせた。


「急にどうした?リーシアに触発されたか?」


 笑いながら冗談半分に言うと


「「っ!」」


 二人揃ってビクッと肩をはねさせた。

 どうやら、図星らしい。


「……一応言っとくけど、リーシアは天才だからな?冗談でもなんでもなく、純粋に料理の才能を持ってる。一朝一夕(いっちょういっせき)であの領域は無理だ。悔しいが俺だって敵わない。」


 流石に女神が一個人、それも少女に対して敵対心など持つとは思いたくないが事実を伝える。


「えっと……それはわかってるんだけど……」


「わたしたちも普通のお料理くらいは……ねぇ?

 それに……わたし達だってたまには褒められたいのよ?」


「う、うん……」


 すると、ローナがまっすぐな目で見つめながら言い、ラウは少し気恥ずかしそうに顔をそむけて頷いた。


 なにこの女神たち、尊い。


「あいよ、わかった。フェルも参加出来る範囲で作ろうと思ってたところだし、丁度いい。ローナとラウも一緒にやってみようか。」


「うん!」


「えぇ、ありがとう。」


 という訳で、朝からお料理教室が始まるのだった。


「わたくしはゆっくりさせて頂きます。」


「あいよー」


 まぁ、ベルは普通にくつろいでいるが。




 ひとまず、朝食のメニューは簡単なものにする必要がある為、【サラダ・目玉焼き(またはスクランブルエッグ)・ベーコン・トースト】の超お手軽レシピにした。

 今回は調理の基本である包丁の扱いやフライパンの使い方など、一から教えるので味付けは二の次でいい。

 味は個人で勝手に後付けできる。


「じゃあ、みんな手を洗ったかな?」


「あらった!」


「うん。」


「バッチリよ。」


 全員がエプロンを着用して元気に返事を返す。

 フェルとラウは非常に微笑ましいが、ローナは結婚したての若妻感が出ている。


 ……はだ《ダメです。》


 は、はやいっ!?考える猶予もなかった!


 《ダメなものはダメです。なぜエプロンだけ着せようと考えるのですか。》


 ちぇー……すごく見たいけど我慢するか。


 《そうしてください。》


 シュティに咎められたので、料理教室の先生に戻ることにした。


「じゃあ、まずは包丁の持ち方から……」


「それは、こうね!」


「うん、忍者かな?あと、説明聞かないなら即刻退場だぞ?」


 いざ説明しようとすると、ローナが笑顔で包丁を手に持った。

 しかし、逆手に持っているので怖い。完全に笑顔で殺しにくる殺傷系ヤンデレヒロインだ。


「ご、ごめんなさい。」


「刃物で遊んではいけません。次ふざけたら料理させません。」


「は、はい……」


 悪ノリ、ダメ、ゼッタイ。

 料理とはいえ、包丁は十分な凶器になるのでおふざけは厳禁。流石の俺も笑って許すことはしない。


 まったく……フェルが真似したらどうするんだ。


「真顔のおにーさん怖い……初めて見たかも。」


 その様子を見たラウが呟く。


「怪我するからな。それに、料理は遊びじゃない。

 手順を守るなら好きにやってもいいけど、初心者がふざけると思わぬ事故につながる。なので、今回は俺の指示に従ってもらいます。」


「うん、わかった。」


「ふぇるもパパのいうとおりにするー!」


 素直に頷くラウと元気よくビシッと手をあげたフェル。


「よろしい。ローナもいいね?」


「えぇ、従うわ。」


 一番怖いのは何も知らないが故の怪我。

 なまじ彼女達は神という立場なだけに人以上に危険に晒される事が少ないだろう。

 よって、危機管理が出来ていないとすぐに怪我をしてしまう可能性がある。


「はい、では包丁の使い方はこうです。 しっかり握って、食材を押さえて切りましょう。」


 そして、事前に洗っておいた野菜を切りながら説明する。


「じゃあ、ローナとラウは切る前に持ち方と食材を押さえる手を確認するから待ってくれ。フェルは俺と一緒にやろう。」


 でも、見本を見せたからといって勝手に切らせるなんてことはしない。重ねて言うが、初心者って本当に何をするかわからないからだ。


「こ、こう?」


「そうそう、食材を押さえる手は丸める……んで、包丁は押し込む様にすると……」


「切れた!」


 ラウの手の位置や包丁の持ち方と使い方を確認しながら切らせる。


「おーけい。 次はローナだな。」


「えぇ、持ち方と押さえ方はこうかしら?」


「いえす。」


「あとは押し込むように……出来た。」


「うん、大丈夫だな。後は切り方が載ってる本をここに置いとくから好きな形にカットしてくれ。

 あと、包丁を置くときは刃を誰にも向かない様にして簡単に落ちない場所を選んでくれ。」


 そして、ローナも問題ないのを確認したので、後は短冊切りや、いちょう切りなどカット形の種類と方法が載った本を二人で見れる位置に立てかけて好きにやってもらう。


 自分で食べるサラダなので、気兼ねなく切れるだろう。


「あぁ、それと、野菜とか比較的固いものは押切といって、文字通り押し込む様に切るんだ。

 肉や生魚とか比較的柔らかい食材は引切りといって手前に引き込む様に切る。刺身が引切りの代表例だな。」


 ついでに、切り方の補足だけしておく。


「……んしょ。」


「……えっと、こうね。」


 もっとも、二人ともすでに集中しているので聞いていないが。


「おまたせ。フェルはこの包丁を一緒に使おう。」


「うん!」


 それはさておき、待たせていたフェルに笑いかけながら子ども用のセラミック包丁を取り出す。


 子ども用の包丁にも大雑把に『切れる包丁』と『切れない包丁』の二種類があるが、今回は切れない包丁を使う。

 切れないといっても、普通の包丁と比べると簡単に切れないだけであって上下にしっかりと動かせば食材を切る事が出来るし、手を切る心配がないので初めて包丁を使う子どもにはぴったりだろう。


「フェル、まずは包丁の握り方だ。」


「うん。」


 フェルは調理場まで身長が足りないので、台に乗っている。そこで、倒れないように後ろから胴体で支えてフェルの手に俺の手を添える。

 本当なら無理して調理台で切る必要はないのだが、フェルいわく『パパといっしょがいいの!』との事。


「こうして……しっかり握りこむ。」


「うん……パパのて、おっきいね。」


「ははは、そうだな。フェルのは小さい手だ。」


 包丁を握った手に俺の手を重ねるとフェルの手の小ささがよくわかる。


「食材はこんな風に指を丸めて押さえる。」


「なんだかサティおねぇちゃんみたい!」


「猫の手、なんていうから間違っちゃいないな。」


 フェルの言葉に思わず頰をゆるめる。


「………グル。」


 すると、サティが頭を上げ、遠くからこちらを見つめて一つ鳴いた。


「バカにしてないから。」


「……グル。」


 苦笑しながら言うと、サティは頷いて頭を下げた。


 話がそれた。

 フェルの補助に戻ろう。


「それから、こうして押しこむと……ほら。」


「すごーい!きれた!サティおねぇちゃんがわるいのをやっつけたみたい!」


「例えが斬新で怖いな……」


 一緒に野菜を切ると、フェルが無邪気に恐ろしい感想を口にした。

 おそらく、サティが前脚のサーベルを使って他の魔獣を真っ二つにした場面を見た事があるのだろう。


 《それを理解できる主様も大概です。》


 ………うん。



「えい、えいえい!パパ!これたのしい!」


「お、おう。楽しいのはいいけど、もう少しゆっくりでいいぞ。」


 俺はフェルが怪我をしないように手を添えているだけなので、カットするスピードはフェルに任せているが、少し勢いよく切りすぎている。

 これでは指を怪我しないか非常に心配だ。


 《ふふ、心配性ですね。》


 そういうものだ。


 《そうですか。》


 優しく笑うシュティに答えながらフェルに言葉をかける。


「フェル、楽しいのはいい事だけどもう少しゆっくり切ろう。大丈夫、食材は逃げないから。」


「うん!わかった!」


 刺身にする為の生魚とかならば触れた分だけ鮮度が落ちるので素早く済ませたいが、今回はサラダ用なので別に急ぐ必要はない。


「んしょ、んしょ……できた!パパ、みてみて!できたよ!」


「おう、いい感じだ。フェルは偉いなー」


「えへへー!」


 多少サイズがまばらだが、カットは十分に出来ているのでフェルを褒めながら頭を撫でる。

 にぱーっと嬉しそうに笑うフェルがなんとも愛らしい。


「おにーさん、こっちもできたよー」


「あいよ、見せてくれ。」


 フェルの行動に頰を緩めていると、ラウから声がかかった。


「………」


「ど、どう?」


 心配そうに聞いてくるラウに


「うん、これなら問題ないな。上出来だ。」


 俺は笑って答える。

 カットしただけとはいえ、特に問題になる様な事はなかった。


「よかったー……なんだか変に緊張しちゃった。」


 その言葉にラウは安堵の息を吐く。


「タケシ、わたしもお願い。」


 そして、最後はローナ。

 別にこれだけなら妙な事になるはずがないとは思うが、念のため彼女が切った野菜を見ると……


「あいよー…………あぁ、うん。」


 それらは確かに切れてはいた。

 ただ、形が不揃いで一つ一つに段差がついている。


「えっと……間違えたかしら?」


「間違えてはいない……な。うん。」


 緊張した面持ちで聞いてくるローナに俺は思わず言葉を濁した。


「ローナ、はっきり言っていいか?」


「お、お願い……」


 しかし、今後の事を考えるとここはあえて言っておく必要があるだろう。


「初めてだからあまり気にする必要はないけど、ちょっと下手だな。途中で止めちゃったりして切った食材に段差がついてる。一気に切って大丈夫だ。」


「ええ……」


「でも、慣れていけば普通に切れるようになるさ。これからも頑張ろう。」


「わかったわ……」


 雨にさらされた子犬のようにしょんぼりとした様子の彼女。


「……まぁ、なんだ。その……料理を作りたいって心意気、俺としては嬉しいぞ。いつかローナの手料理が食べられるのを楽しみにしてる。」


 ローナだけ少し評価を厳しめにしたので、ついその分甘くしてしまう。


「!……えぇ、楽しみにしてて。とびきり美味しい物を作れるようになるわ。」


「…おう。」


 ふわりと舞う彼女の笑みに俺は照れくさくなり、頰をかきながら視線をそらす。


「わたしも作るからね!」


「ふぇるも、ふぇるも!パパにおいしいって!」


「あぁ、二人もありがとな。」


 嬉しい名乗りをあげる二人にも笑って応えた。



 ……本当に、幸せだ。


 心からそう思う。



 いつになく胸の内側に灯るのは和やかで心地よい感覚。

 春の陽気を思わせる程に暖かくて軽やかで……いつまでも身を任せていたくなる。


「よし、俺とベルの分も作らないとな。」


 だが、(ほう)けてばかりでいると朝ご飯を作り損ねてしまうので気持ちを切り替えて俺も手を動かす。


「すごい手際……」


「早いわね。」


「パパはやーい!」


 フライパンの使い方を教える為に、いつものように野菜を切ると、三人が口を揃えて言う。


「まだ野菜切っただけなんだよなぁ……さて、続けようか。」


「うん、そうだね。」


「わかったわ。」


「うん!」


 苦笑しつつも、朝ご飯の支度を続ける。

 もちろん、一人一人丁寧に説明して一緒に。



 ー1時間後ー


 そして、途中で少し問題はあったものの全員完成させる事ができた。


「やっと出来た……焦げ付くのやっかいだね……」


「火加減って難しいのね……」


「たのしかった!」


「楽しかったなら重畳。」


 初歩的な調理だったが、初心者二人と子どもの三人を同時に教えるのは少し時間がかかった。


 誰とは言わないが、最初から火力を全開にして卵やベーコンを真っ黒にした神物が二柱ほど。


 《それはもう答えです。隠せてません。》


 隠す必要ないからな。



「ベル、出来たぞ。」


「承知しております。」


 キッチンからベルに声をかけると、彼女はいつのまにか俺以外の朝食をテーブルの上に並べていた。


「便利だなそれ。」


 笑いながら自分の分を運ぶと


「……文句の一つも言わないとは……面白くありません。」


 ベルは少しつまらなそうに言った。


「お、本音が出たな。小悪魔め。」


「わたくしが小物扱いとは……ふむ、少し面白いですね。」


「そう言う割に表情まったく変わってないけどな。流石はクールビューティー。」


「一言余計です。」


 毒を吐かないベルに内心違和感を感じるが、『フェルが居るからだろう』と勝手に納得する。


 話している内に全員が席についた。


「いただきます。」


 俺も座って手を合わせ、いつもの決まり文句。


「「「いただきます。」」」


「いただきます!」


 ローナたちはこなれたものだが、フェルは見よう見まねで元気よく言った。


「お、フェルも言えたな。えらいぞー!」


「えへへー!みてたもん!」


 ちゃんと言えたフェルを褒める。

 もはや、俺の中で誰かの頭を撫でるのは当たり前になっている。


 あ、ちなみにサティには調理が終わった後に肉をあげているので放置している訳ではない。


「今日はドレッシングどれにしようかなー」


「わたしはゴマの気分ね。」


「んー……玉ねぎ、かな。」


「わたくしは青じそ、というものを。」


 ラウ、ローナ、ベルがそれぞれドレッシングをかけているが、そのセレクトは洋食に合うのだろうか?


 そんな疑問を抱いていると


「えっとえっと、ふぇるは……」


 フェルが周りをキョロキョロと見渡している。

 どうやら興味があるらしい。


「フェルもかけるか?」


「んぅ、あんまりいい匂いしなーい……」


 そこで『なにか取ってほしいのかな』と思ったので聞いてみるが、そもそも好みに合わないらしい。

 残念そうに耳を垂れさせている。


 つか、ドレッシングの容器が手の届かない位置にあるのに匂いで識別するとか嗅覚鋭いな。人化しても嗅覚とかはそのままなのか?


「なら、チーズのドレッシングとかマヨネーズはどうかな?」


 フェルの優れた嗅覚に驚きながら彼女が好みそうな物を取り出す。


 あ、シュティ、フェルに食物アレルギーとかないか調べて。


 《承知しました。………問題ありません。これといって食べさせてはならない品はありませんね。》


 おけ、サンキュー。



「……へんなにおい。」


 シュティから太鼓判を押してもらったので、容器の蓋を開けて渡すと、フェルは匂いを少し嗅いでから言った。


「まぁ、チーズは発酵食品だし、マヨネーズは酢が入ってるからな……」


「パパはどっち?」


 フェルは こてん と小首をかしげて聞いてくる。


「どっちもおススメだけど……ここはチーズかなぁ。」


 少し香りは強いが、量を調節すれば大丈夫だろう。


「んぅ、ちーずにする……はむ。」


 フェルはそう言ってチーズのドレッシングを少量かけて一口食べる。


「!!、おいしい!これすき!」


 すると、瞬く間に耳をピンッと立てて喜びに満ちた笑顔を見せた。


「そいつは重畳。」


「もっとかける!」


「え、あっ……」


 微笑ましい光景に安心して朝食を食べ進めていると、フェルはドレッシングをドバドバとサラダにぶちまけた。

 当然、加減せずにドレッシングをかけたのでサラダの表面は黄色一色に染まる。


「これでもっとおいし……くなぃぃ……ぅぇ…パパぁ、おくちへん……」


 そして、嬉々としてサラダを口にしたフェルだったが、案の定味が濃くなりすぎたらしく眉をひそめている。

 味のほとんどは嗅覚で感じ取るので人より嗅覚の鋭いフェルには余計に辛いだろう。


「ははは、かけ過ぎたな。ほら、水を飲んで。」


「うん……んぅ、まだのこってる。」


「チーズの香りってかなり残るもんな……うん、今回は俺のと交換しようか。ほら、俺はまだかけてないなら大丈夫だ。今度は少しだけかけような。」


「はーい……」


 フェルはしょんぼりした様子で交換したサラダにドレッシングをかける。


「ふふ、行動一つですごく可愛いわね。」


「そうだね。」


 すると、ローナとラウが微笑ましそうに笑って話す。


「………」


 そんなおり、ベルがジッとこちらを見つめているのに気がつく。


「ん?どうかしたか?」


「……いえ。」


 視線に気がついた俺はベルに問いかけるが、特にこれといった反応はない。



「ただ、漠然とですが()()()()()ような気がしました。」



 しかし、その後に続けた言葉。


「……そうか、そりゃ重畳。」


「……本当に奇妙な方です。」


 その言葉に俺は少し表情を崩して言い、ベルは毒気のない声色で応える。


 これは俺と彼女との間でのみ意味を理解出来る。

 契約するにあたって条件に出されたモノ。


 その一端を彼女は掴めたのだろう。



「なんせ化物なものでね。奇妙でも奇怪でも、俺のやり方はこうだ。手を伸ばしたくなったらいつでも言ってくれ。」


 俺は軽くおどけながら言うが


「……くれぐれも思い上がらぬよう。」


「そりゃ残念。」


 ベルはいつも通りの口調で応えた。



「え、なになに?なんの話?」


「わたしも気になるわ。」


 その様子を見てラウとローナが興味を持ったらしい。


「俺からはなんとも。ベルに聞いてくれ。」


「申し訳ありませんが承服致しかねます。」


 話す話さないはベルの自由意志なのでパスするが、彼女には話す気がないらしい。


「パパとおねぇちゃんのやくそく?」


 すると、フェルが核心を突いた質問を飛ばす。


 ……子どもってたまに過程をすっ飛ばして物事の中心を的確に聞いてくるから怖い。


「えぇ、似たようなモノです。けれど、少しだけ大人な約束ですよ。」


 ベルは俺と会話する時とは対照的に柔和な口調で答えた。


「じゃあ、やくそくは、ほかのひとにいっちゃダメだね!」


「はい。」


「なら、わたしからは何も聞かないよ。」


「そうね、無闇に詮索するのは無粋だもの。」


「ありがとうございます。」


 フェルの言葉を聞いたラウとローナは追及を諦める。



 朝から急展開に見舞われたものの、俺たちはこうして穏やかな朝を過ごすのだった。


「ところでフェル、後でケーキ食べるか?」


「たべる!」


「わたしも!」


「今日は遠慮しておくわ。」


「わたくしも結構です。」


 ただ、フェルの喜ぶ顔が見たくてつい甘やかしてしまう。


 《義理でも完全に親バカですね。》


 可愛いってもはや罪だな。


 《はぁ……》


 そして、シュティに憂いのこもったため息を吐かれたのだった。



作者「……あれ、この後どうしよう。」


隊長「まぁ、いつもの事だな。」


作者「100部が閑話っていうのもなんだかなぁ……せめて本編にしたい。」


隊長「どうせアレだろ。日常を引き延ばして書くだろうに。」


作者「……閃いた。思いっきり遊ぼう。」


隊長「それは貴様か?それとも登場人物か?」


作者「気分次第。つまり、予定は未定。」

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