地獄の晩餐
こんばんは!
職場で時間があったので少し書き足して投稿です!
「お待たせぇ〜出来たわよぉ〜♪
今日はルーくんだけじゃなくてシミズ君も食べてくれるって聞いて〜張り切って作ったの〜、うっふふふ♪」
そう言って満面の笑みを浮かべ、二つの皿を手にして近づいてくる女性。
その皿の上にはウネウネと蠢きながら『ァウァァァ………』と声の様なナニカを発する赤紫色の物体が載せられていた。
ドウモ、皆サン、コンバンハ。
俺ハ今、晩御飯トイウ名ノ地獄ヘトヤッテ参リマシタ。
《主様、お気をつ確かに!》
ハッ!俺は一体何を……?
シュティに声をかけられて正気を取り戻した俺はふと視線を下げる……
ー『ァァァウウゥゥ……』ー
「ワァオ、ファンタスティック………」
そこにはやはり、蠢きながら奇妙な音を発し続けているナニカがあった。
よく見てみると、目のように見える紋様がギョロギョロと辺りを見渡している。
あまりの衝撃にまたしても言葉がおかしくなる。
一体、何をもってこれが料理だといえるのだろうか?不思議を通り越して怖くなる。
そうして俺が恐怖に怯えていると、アリシアさんがたわわな果実を揺らし、それはもう嬉しそうに言った。
「これはね〜、私が育ててるマンドラゴラのステーキよぉ〜♪これ一つだけでも栄養満点で体力もつく優れ物なのぉ〜♪」
「そ、そうなんですか……凄いですね……(見た目が)」
「そうでしょ〜?すごいのよ〜♪(効果が)」
うふふふ、と本当に楽しそうに話すアリシアさんに俺は何も言えない。
ルイスさんってこんなの食べてたの?愛の力ってすごい……
《たった今、この物体を分析してみましたが、効力だけで言えばこれは本物です。嘘ではありません。
ただ、味と見た目の一切を度外視すれば話ですが………いわゆる、良薬口に苦し、です。》
ルイスさんの愛情に満ちた行動に心から賞賛を抱いていると、シュティが苦虫を噛み潰したような声で説明してくれた。
あぁ、メシマズはメシマズでもそういうタイプの……
《恐ろしいですね。》
うん、ソダネ。
想像以上のゲテモノが登場してドン引きしつつも、何とかルイスさんに視線を向ける。
「………」
うん、ダメだ。ルイスさん目が死んでる。
死んだ目でニッコリといつもの笑みを浮かべてる。
完全に諦めた人の表情してる。
「さぁ、どうぞ〜」
そして、処刑執行の声がやわらかに俺とルイスさんの耳を打つ。
あ、ちなみにローナ、ラウにリーシアはもう先に『普通のご飯』を食べてるからこの場に居るのは俺とルイスさん、アリシアさんの三人だけ。
よって、逃げ場などない。
「「!…頂きます。」」
そして、ルイスさんと目線で合図を取り、覚悟を決めて二人同時に手をつける。
あぁ……ローナ達が夕飯を食べ終わった頃にセル爺さんから向けられた『勇者を見るような眼差し』が脳裏にチラつく。
そんな事を考えながら料理にナイフを入れると
ー『ミギャァァァァァァ!!!』ー
突然、この世の絶望を煮詰めた様な叫び声が皿の中から聞こえてきた。
「!?!?」
「………」
俺はその声に驚いて身を跳ねさせたが、ルイスさんは素知らぬ顔をして『慣れた手つき』で切り分けている。
「ぅ………」
少し躊躇いがあるが……ええい!ままよ!
ー『イギャア!ィギギィィィギィッ!!』ー
迷いを振り切ってフォークで突き刺すと、さらに絶叫するマンドラゴラ。
手に持つフォークがカタカタと振動している。
俺、この料理を食べきったらローナに癒してもらうんだ………
《……主様に栄光あれ。》
シミズ・タケシ!逝っきまーす!!
ルイスさんにタイミングを合わせて口に運ぶと
「むぐっ………!!?」
「…………うん。」
口に入れた瞬間から食べられまいと対抗するかの様にピチピチと跳ねる。
さながらマンドラゴラの踊り食いである。
食感は意外にもコリコリとしていて、軟骨とイカの刺身の中間くらい。マンドラゴラって植物だよな?
味?…………この世の終わり。鼻と舌は機能を停止したよ。
「うふふ、どうかしら〜?」
「とても……独創的で、貴女にしか作れない一品ですね………」
天使の様な笑みを浮かべて絶望を提供してくださったアリシアさんの問いに何とか言葉をひねり出した。
「リア……愛してるよ。」
「あらあらあら〜、やだもうっ!ルーくんったら!お客様の御前よ〜?うふふふ♪」
ルイスさんの言葉にアリシアさんは頰を朱に染めて照れている。
これが普通の料理ならイイ話なのになぁ……にしても、ルイスさんすげぇよ。
こんな料理出されて愛の言葉が出せるってメンタル頑強過ぎるだろ。
《見方を変えれば料理の感想が思いつかなかったので話を逸らした様にも思えますが。》
……そっとしとこうか。
《……失礼しました。野暮でしたね。》
あぁ、言わぬが花だ。
ルイスさんの献身に心からの敬意を表して黙っておく。
わざわざ自分から地雷を踏み抜きにいく必要などないのだ。俺だって死にたくない。
ー『ニギィィイイィィィ……!』ー
まだ皿の中で気色の悪い音を発しているマンドラゴラをナイフで切り分け、フォークで突き刺す。
一つ切る度に
ー『ジャァァギャィギ!!』ー
一つ刺す度に
ー『グガゴォォォギッジュッッ……!』ー
地獄の合唱が部屋に響き渡る。
もしこれを絵にしたら、きっと【悪魔の晩餐会】と銘打たれるだろう。
ただ食事をしているだけなのに精神がゴリゴリと大根おろしのように削られていく。
とある神話ゲームなら某パラメータが確実に減らされること間違いなしである。SAN値ピンチ。
《怒られますよ……》
いや、だってこれ………テレビならモザイク画確定モノだぞ。なんなら放送禁止だよ。
《否定できません。》
だろ………
《……味覚と嗅覚を遮断しますか?》
失礼だから嫌だ。いくらなんでもそれは駄目。
同じく料理を作る者として最低限の礼儀は必要だ。
《心からの敬意と賞賛を。》
それはルイスさんに言ってあげて。あの人は何度もコレを食べてるみたいだから……
《……では、御二方の勇気ある行動に最大限の賛辞を。》
卓上は惨事だけどな……
脳内でシュティと話しながらマンドラゴラを少しずつ食べ進める。
「……ルイスさん。」
「……なんだい?」
食べ進める最中、ルイスさんに話しかける。
「明日は俺とリーシアで作ります。」
「……うん、ありがとう。」
俺の言葉に対してルイスさんは今までにないほど感情のこもった感謝を述べた。
「あら〜、リーシアちゃんもお料理始めたの〜?嬉しいわぁ〜♪」
すると、アリシアさんがゆるふわな声で嬉しそうに言った。
「うん、リーシアも始めたんだ。シミズ君も料理が出来るらしいから明日は二人が作ってくれるみたいだよ。」
そこにすかさず遠回しに『明日は作らなくていいよ』と伝えるルイスさん。
「楽しみねぇ〜」
「そうだね。」
そうしてにこやかに会話をする二人。
そんな二人を見ながら俺はアリシアさんが料理を運んでくるまでの間に、ルイスさんと話していた事を思い出す。
ルイスさん曰く、アリシアさんには料理以外の欠点はほぼないらしい。
ただ、『料理を作るとなった途端、セル爺以外の使用人は全員待機させるんだ。』と言っていた。
『過去に味見をした勇気ある使用人が何人かいたが、全員が泡を吹いて倒れた。』なんていうトンデモエピソードを聞かせてくれた。
再三の忠告と話は聞いていたが、確かに出された料理は破壊的な味と見た目だ。
ただ、愛情がこもっているのが伝わってくるだけに、同じ作り手として文句もつけられない。
《マンドラゴラの栽培から採取、そして調理の全てを一人で行っていますからね。
その上でマンドラゴラを直接食べても問題ないように処理を施すのは至難の技です。》
ほらね……愛情の込める方向だけが間違ってるんだ。
そうして黙々とマンドラゴラを口に運んでいると、アリシアさんが言った。
「それにしても〜シミズ君もすごいわ〜、今までルー君以外は誰も食べられなかったのに食べてくれるなんて〜」
「あはは、ご厚意を無下には出来ませんから。それに、他では食べられない一品ですし。」
「あらあら〜、嬉しいわ〜」
俺の言葉を濁した返答を受けてアリシアさんは頰に手を添え、美しく微笑む。
……うん、純然たる善意だコレ。普通にルイスさん以外の人は食べてくれなかったから喜んでるだけだ。
なんか、そう思うとちょっとだけ心が痛い。
「シミズ君、ありがとう。リアが喜んでて僕も嬉しいよ。」
すると、静かだったルイスさんが少々苦みの残る笑顔でそう言った。
「わたしはただ料理を頂いているだけですから、お礼を言うのはわたしの方ですよ。
その上、泊まらせていただいているのですから何とお礼を言えばいいのか……」
軽く口の感覚が麻痺しているので上手く笑えているかはわからないが、社交的に答える。
「うふふ、リーシアちゃんも良い人を見つけたのね〜♪こんなに良い子ならリーシアちゃんが側室でも文句なんて言えないわ〜」
「リアもそう思うんだね。僕も同じ意見さ。」
二人は幸せそうに話している。
どうしてそうなる。
いつの間にか話題がリーシアに移ってしまっているじゃないか。
気がつけばどんどんと外堀を埋められていく。
《明らかに墓穴を掘ってますけどね。》
掘ってるのに埋まる……言葉って難しいね。
《現実逃避しないでください。》
……じゃあ、ノーコメントで。
ー少ししてー
「「ご馳走さま(でした)。」」
俺とルイスさんが同時に食べきった。
……や、やっと食べきった!生きてる!俺は生き残ったぞぉぉ!!
ようやくマンドラゴラを食べきった俺は心の中で勝ち鬨をあげる。
「お粗末様でした〜、食べきってくれて本当に嬉しいわ〜♪」
満腹感よりも食べきった感動で胸をいっぱいにしていると、アリシアさんがやわらかに言った。
「ありがとう、リア。」
「ありがとうございました。」
ルイスさんに続いて俺もお礼の言葉を口にする。
……正直に言ってしまえば、しばらくは何も食べたくないくらいトラウマになりそうな食事だった。
「では、わたしはこれで失礼します。ローナ達をあまり待たせるとスネるので……」
食事が終わるや否や、俺は逃げる様にそさくさと立ち上がって断りを入れる。
「うん、シミズ君も今日はゆっくりと休んでね。」
「ごゆっくり〜」
「ありがとうございます。」
すると、ルイスさんとアリシアさんはにこやかにそう言って見送ってくれた。
ー客室ー
「た、ただいま………」
気が抜けて少しおぼつかない足取りで部屋に戻ってきた。
「あ、お帰りおにーさん!」
「タケシ、お帰りなさい。」
「がうっ!」
「……グル。」
部屋の中ではローナ達がゆったりとくつろいでおり、俺を見て一言ずつ言葉をかけてくれる。
「って、おにーさん顔色悪っ!?大丈夫!?」
「あら、ほんとね。」
「あぁ……大丈夫。ちょっと食べ過ぎただけだ。」
「ほんとに?」
「おう……」
心配の目を向けてくれるローナとラウ。
やばい。安心感やばい。なんかよくわからんけど色々やばい。
二人の態度に安堵しつつ、ベッドに腰を下ろす。
「まずラウ、こっち来てくれ。」
そして、近くにいたラウを呼び寄せる。
「?、いいよ。」
「さんきゅ……」
「はぇ!?」
「人の家だから静かに。」
警戒のけの字もなく近寄ってきたラウをぎゅっと抱きしめた。ついでに魔力の回路も繋げておく。
うん、若草のような爽やかで良い匂い。
「い、いきなりどうしたの……?」
動揺しながらも抱きしめ返してくるラウに愛しさを感じながらこう答える。
「急にこうしたくなった。それだけ。」
「……なにか変な物でも食べた?」
うん、食べた。にしても、ひどい言われようだな。
「ひでぇな。別にいいだろ。」
嘘はつかないように細心の注意を払って話をそらす。
「う、ごめん。……えへへ、なんだか嬉しいかな。おにーさんからこうしてくれるのってあんまりないから。」
ラウはその事について追及せずに少し腕の力を強める。
「そうか……」
うまく思考がまとまらず、一言だけ添えて頭を撫でる。
数分か、あるいは十分か、長いような短いような時間が過ぎる。
「………うん、ありがと。もういいよ。」
ラウは自ら離れて可愛く笑う。
「んじゃ、ローナ。」
ラウが離れた後、空気を読んで隣で静かにしてくれていたローナに視線を移して手を広げる。
「遠慮なくそうするわ。」
すると、彼女は『待ってました。』と態度で示すがごとく、間髪いれずに抱きついてきた。
ふわり、と上品で甘い香りが鼻腔をくすぐる。何もかもを忘れさせてくれそうな甘くて、蕩けそうな香りが脳髄にじんわりと染み込んでくる。
「あぁ…ローナに溺れそう…」
「ふふっ、溺れてくれてもいいのよ?今日は疲れたでしょう?自覚はなくても体は疲れているものよ…」
ローナは優しい口調でつぶやいて俺の頭を胸に抱きこむ。
彼女の言う通り、自覚がないだけで実はかなり疲れているのだろうか?
今日はやけにローナの声が甘ったるく感じる。
「今日はこのまま眠りましょう。」
「……あぁ、そう、だな。」
ローナに抱きこまれながら一緒にベッドへと横になる。
「ほら、ラウちゃんも。」
「う、うん…」
二人のやり取りの後、後ろ側にラウの温かさを感じる。
「甘くて、蕩けて、深くて、溺れて、委ねて、ゆらゆらと、朧気に、夢うつつ…」
ローナのゆったりとした口調が、やさしい声が、温かくて、何も考えられなくて…徐々に、意識が遠くなっていく……頭が…ふわふわして…気持ち、いいな……
「zzz……」
青年が眠りに落ちた後、その寝顔を眺める白髪の女性。
「眠ったわね。ふふっ、可愛らしい…」
「疲れてたのかな……」
青年の背中にくっついて横になる緑髪の少女は心配そうに口を開く。
「タケシなら大丈夫よ。けれど……そうね、少しわがままを言いすぎたかもしれないわ。」
「うん…」
反省の色を見せる二人だが
「なら、今のうちに思う存分くっついちゃいましょう。」
「あはは、そうだね。無防備なのも珍しいし。」
白髪の女性が不敵な笑みを浮かべて言った一言で、二人は笑いあいながら青年に身を寄せた。
シュティ《あれ?わたくしはまた放置ですか?》
作者「次回に期待。」
シュティ《……約束ですよ。》