なんか最近怒らせてばっかりな気がする
お、お久しぶり、です……
えと、その……すみません、遅くなりました。
それと、台風24号が全国ツアーを開催する事は確実なようですし、備えなくてはなりませんね。
七魔公爵の一柱であるベルと簡易的な契約を交わした俺は彼女と共に家へと帰ってきた。
「ただいまー」
玄関を開けながら自然と俺の口から出た言葉。
「お邪魔いたします。」
ベルもそれに続くが……
「は?なに言ってんだ?」
俺は彼女の言葉に強烈な違和感を覚えた。
「はい?わたくしは何も間違えた覚えはありませんが?」
しかし、ベルは俺の発言に対して訝しむような反応を示す。だが、おそらくこれは当然の反応なのだろう。
「いや、だってお前ここに住むんだぞ?」
「はい、それがなにか?」
そこで俺が少し回りくどい言い回しで伝えようとするが、ベルには伝わらなかったようだ。その証拠に彼女の瞳は『だからなんなんだ』と言いたげだ。
「そこは『ただいま』でいいだろ?」
「は……?」
どうにも要領を得ていない感じだったので、直接意図を伝えると、彼女は心底意味がわからないという目をした。
「え?家に帰ってきたら普通はただいまって言わない?」
靴を脱ぎ、玄関から廊下に上がりながら俺はそう言った。
「言うとは思いますが……」
すると、ベルは少し困ったような雰囲気を醸し出しながら立ち止まっている。
「じゃあ、それでいいじゃねぇか。一応はベルも今日から俺の家族の一員なんだし、ここを我が家と思ってくれていいぞ。」
「……貴方はつくづくおかしな方ですね。」
呆れたように彼女はそう呟いた。
「今さら?……あ、ベル、靴はそこで脱いでくれよ。」
「わかりました。」
玄関でベルに靴を脱ぐ様に促すと、素直に従ってくれる。
そこでふと、彼女がどんな靴を履いていたのか気になった。だって、クラシカルなメイド服ってロングスカートだから足下もほとんど見えないんだよ。
なので、本当に、本当になんとなく見てみると
「半長靴……だとっ……!?」
視線の先には、俺の世界ではメイドさんがよく履いているイメージがある先端部の丸い靴、通称『おでこ靴』ではなく、軍隊で採用されているような半長靴、すなわち短めのブーツが鎮座していた。
そして、ただでさえ小さな体躯の彼女がさらに縮んで見えた。
「おや、レディが身につけているものに興味がおありで?……少々珍しい趣向をしていらっしゃるようですね。」
そんな俺の反応にベルはゴミを見る目でそう言い放った。
うん、まぁ、確かにいきなり自分の履いてた靴を見て驚かれたら誰でも嫌な気分になるだろうけどさ。だからって普通、そっちに結びつけちゃう?
「誰も性癖の話なんてしてねぇよ……単純に意外だっただけだ。失礼なことして悪かった、だからその物騒なモノを仕舞ってくれ。」
ナイフを片手に俺から距離をとったベルに『心外だ』と言外に意味を込めつつ、さらに変な誤解をされないように説明をする。
「そうですか、それは一安心ですね。変態と契約など例え簡易的であったとしても願い下げですから。」
冷たい口調で静かにそう言ったベル。
「はは、違いない……でも、残念だったな。男はほとんどが変態ばっかだぞ?紳士と書いて変態と読む奴もいるけどな。」
俺はそれに同調して笑いながらも、少し茶化してみると
「チッ……だから男性は嫌いなんです。」
ベルは舌打ちしてから何かを呟いた。
彼女は表情こそ変わっていないものの、その瞳には心の底からの怒りと軽蔑を混ぜ合わせたような光が宿っていた。
あー……これはアレだ。触れちゃいけないタイプのやつだ。なんとなくそう思っただけなんだけどな。
「おいおい、レディが舌打ちなんてしちゃダメだろ。」
そんな訳で、俺は彼女の変化に気付かなかったフリをしながら、苦笑いを浮かべてそれとなく話題を逸らしていく。
「はて?わたくしはそんな事しておりませんが?その歳でもうボケているのですか?」
それに喰ついた彼女だったが、それは俺の精神を喰い千切る勢いだった。
「まさか、ボケるとしたらベルの方が先だろ。なぁ?ベルおばぁさん?」
「おやおや、これは教育が必要ですね。年上に対する敬意が足りません。」
「嫌だよ、年寄りの話は長いから嫌いだ。」
「そもそも教育より先に目を検査した方が良さそうですね。どこにもご年配の方は見受けられませんが。」
「自覚なし……っと、お薬出しときますね。お薬飲むの忘れちゃダメですよ?」
「結構です。確かにわたくしはそれなりの歳ですが、神の中ではまだ若い方です。」
「えらくすんなりと認めるんだな?」
「事実ですし、わたくしは大人ですから。」
……負けた。
《何を基準にしているのか理解できません。》
当事者にしかわからない事だってあるもんだ。
《そういうものですか。》
お、わかってくれたか。
《少し悔しいです。》
へぇ、シュティがそんな事を言うとはね。嫉妬?
《それはわたくしの管轄外です。》
ごめん、何を言ってるのか全くわからん。
《左様ですか。》
シュティの天然発言に俺の理解が追い付かない。
「しっかし……そうなると、あいつらはどうなるんだろうな。」
「あいつら、とはどなたの事でしょうか?」
ベルやシュティと独特な雑談を交わしつつ、俺はようやくリビングのドアを開ける。
「あ、おにーさんお帰りー、ちゃんと出来た?」
「お帰りなさいタケシ。外ですごい音がしてたけど大丈夫だったみたいね。」
「がう。」
「……」
すると、リビングでは俺の家族が皆それぞれくつろいでいた。
ラウとローナはいつも通り紅茶を嗜みながらソファで談笑し、サティはフローリングで寝ている。
そして、フェルはフローリングに寝そべりながらこちらを見ている。しかし、ちょっと拗ね気味のご様子。
「あー、それがな……「これはこれは……皆様ご機嫌麗しゅうございます。
私は簡易契約によって本日よりここで女中を務めさせて頂きます事になりました、ベルと申します。以後、お見知り置きを。」
俺がみんなに説明しようとした時、俺の言葉を遮ってベルがカーテシーと呼ばれるお辞儀をしながら素早く挨拶をした。
その動きは驚くほど洗練されていて、それだけでもメイドの名は伊達ではないのだろうと確信させられた。
「え……おにーさん……今度はそっち?私たちだけじゃ物足りなかったの?」
「タケシ……そうなの?お願いだから本当の事を言って?」
ところがどっこい、ラウとローナは何を勘違いしたのだろうか?急にラウが不満気に、ローナが悲しそうな顔つきでそう言った。
「急にどうした?俺は単にメイドを雇っただけだぞ?それがどうしてそんな質問になるんだ?」
とにかく彼女たちの真意を直接聞こうと、説明を交えつつ質問する。
「……おにーさん、それ本気で言ってる?」
すると、ラウが不満を込めたジト目で聞いてきた。
「いや、だって招喚術式使ったらベルが出てきただけだし……それに家にメイドって良くない?」
俺はそんなラウに対していつものようにおどけた口調で答えた。
「あー、これはいつものおにーさんだ。悪い癖だね……ローナさん、安心していいと思うよ。」
すると、ラウはなぜか納得した様子でローナに話しかける。
「……そうかしら?」
「じゃあ、駄目押しでもう一つ質問してみようかな。
おにーさん、私たちとその人との違いはなんだと思う?」
しかし、まだ納得しきれていないらしいローナを見て、ラウが俺に対して意図の読めない質問をしてきた。
「ラウとローナとベルの違い……?」
違いというと、ラウやローナは一般的な女神で、ベルは黒き神と呼ばれる存在……くらいしかわからない。
つか、一般的な女神ってなんだ。すごいパワーワードな気がする。
ちなみにシュティはこの質問の意味わかる?
《もちろんです。》
流石だな……
《わたくしに解答を求めないのですか?》
何でもかんでもシュティに頼ってちゃダメかなって思っただけだ。自分で出来る範囲のことは自分でやらないとな。
《すぐに解を求めずに自らの力で問題に取り組む……貴方様はやはり素晴らしきお方です。》
そうやって持ち上げられるとそのうち天狗になりそうで怖いからやめてくれない?
《事実を申し上げたまでですが?》
ダメだこりゃ。もう話半分に聞いておくしかないな。
《?》
俺はシュティの妙な持ち上げ癖に少し肩を落としつつも、とりあえずラウの質問に対して口を開く。
「ラウとローナが普通の女神でベルが黒き神って呼ばれる存在っていう事ぐらいしかわからん。」
「……そこまで知ってるのになんで知らないかなぁ。
あと、わたしはともかくローナさんは創造神様だからね?神様の頂点にいる方だからね?少なくとも一般的な女神ってところは間違いだよ?」
「そ、そうか。」
俺の答えにラウは呆れと不満がだだ漏れの表情でそう言った。どことなく諦めの色も漂わせながら。
「ローナさん、これでわかったよね?」
「ええ、わかったわ。ありがとう、ラウちゃん。」
「ううん、わたしも聞きたかったからいいよ。」
そして、ラウとローナは何か2人の世界で話を続けている。
え?どういうこと?まるで意味がわからんぞ?
《当事者にしかわからない事もある、という事でしょうね。》
わーお、まさかこんなにも早くブーメランとして俺に返ってくるとは思わなかった。
ラウとローナの様子に困惑しているとシュティから、つい先ほど俺が言った言葉をそのまま返されてしまった。
「驚きました。まさかここで『白き神々』の最高神である一柱と我らが『主』に出会うとは思いもしませんでしたね。
まさか、本当にあの男と契約をなさったのですか?」
そんな折、ベルがラウとローナの会話に入っていく。
さて、いったいどんな化学反応を起こすのか……おら、ワクワクすっぞ。
《怒られても知りませんよ。》
ごめん。
「うん、まぁ、そうだね。わたしもローナさんもおにーさんと本契約したよ。ね、ローナさん?」
「ええ。」
話しかけたベルに反応したラウがすぐに応え、ローナも頷きながら肯定する。
その時、ラウは手の甲にある契約の紋章を見せてそれが事実であることを示していた。
「……どうやら本当のようです。このお2人と本契約するとは侮れませんね。
ともすると、あの男がなぜ権能を使えるのかも納得です。」
ラウとローナの言葉を受けて少し考える仕草を見せたベルは顔をこちらに向け、納得したように何か言っている。
「お?見直してくれたか?」
そんなベルに対して俺は思ったことを口にする。
「ええ、そうですね。貴方が女神を手篭めにする末恐ろしい変態だという事は今しがた理解しました。」
するとベルは養豚場の豚を見るような目でそう答えた。
「期待してくれていいぞ?」
そんなベルの態度を意に介さず俺は笑いながら冗談半分に言った。
「……そうですね。わたくしも手篭めにされないようせいぜい気をつける事にします。」
「そうかい、だが、無理矢理は俺だって嫌だぞ。お前さんで勝手に気をつけてな。」
「えぇ、言われずとも。」
–––ヒュン!
《主様!》
–––ガキン! カタンカタン……
「あっぶな!?」
すると、ナイフがどこからともなく飛んできた。
しかし、それも権能《劔》によって作成された盾で防いだが……防いでくれたシュティには感謝だ。
ありがとう、シュティ。
《いえ、この程度ならば当然のことです。》
「上手く防ぎましたね。」
俺がナイフを防いだのを見るとベルが不服そうに吐き捨てた。
「おう、愛情表現キツくて困るわ。予備動作無しで投げるのやめてくれる?」
俺は拾い上げたナイフをベルに渡しながら笑う。
「今のを愛情表現と捉えられる貴方は頭の中が幸せですね。」
「そりゃどうも。」
「前言撤回です。頭が腐りきっているようです。」
「なんとでも言えばいい。」
そんな風にベルとの会話をしていると
「ベルちゃん……だったかしら?」
「はい、なんでしょうか?」
「ちょっとお話しがあるんだけどいいかしら?」
いつのまにか立ち上がっていたローナが見たこともないような無機質な笑顔でベルに詰め寄った。
「……どうやら教育が必要だったのはわたくしの方だったようです。」
ベルはローナの表情を見て、明確な諦めと共に呟く。
え、ちょっと待って、いつも穏やかな表情だったり、半泣きなローナが怖い表情浮かべてる!?
「タケシ、ちょっとこの子借りるわね。」
俺が戦慄しているとローナはいつもの穏やかで美しい笑みを浮かべながらそう言った。
「お、おう、お手柔らかにな……?」
それでも有無を言わさぬ迫力があるローナに俺もタジタジになりながら返す。
「えぇ、わかってるわ。安心して、私って壊すのは苦手なの。」
「本当にそういうのはやめてあげて!?」
やはりいつものローナじゃない。
なんか少し怒ってる?……っていうか、最初にあった時、昔のローナが人間の魂ぶっ壊した事まだ覚えてるからな?
「ふふ、やっぱりタケシは優しいわね。」
「何その意味深な発言!?って、あっ……行っちまった。」
そうこうしているうちにローナはベルを連れてどこかへ行ってしまった。
「……。」
「……あれはベルちゃんが悪いかな。」
呆然と立ち尽くす俺にラウが静かに言葉を漏らした。そんなラウに視線を向けると、どこか怒っているような雰囲気を醸し出している。
「そう、なのか?」
「うん、だって自分の好きな人が目の前で侮辱されていい気分にはならないよ?まぁ、おにーさんもおにーさんだけど。」
「あぁ、そういう事……ベルにはちょっと悪いことしたかな。」
ラウの言葉に俺も納得しながら呟く。
俺はベルと同類だからあれが本気の言葉ではないと理解していたが、他人から見るとそうではないようだ。
「……おにーさん、なんであの子の肩を持つようなこと言ってるの?」
そんな俺の呟きにラウは怒気を込めた突き刺すような瞳で俺に問う。
そう、他人には理解できないからこそ、俺は言葉に気をつけるべきだったのだ。
「……単にベルは他人をからかうのが好きなだけの俺と同じ部類の奴だ。だから、あれがちょっとしたじゃれ合いみたいなもんだと俺は認識してたんだよ。」
ラウの隣に座り、俺は彼女の目を見据えながらそう説明する。
「ふーん、そっか……じゃあ、おにーさんは私とローナさんの気持ちもわかった上でそうしてたんだ?」
ラウは興味なさげに俺から目を背けてすねた口調で言った。
「いや、それは……」
……しまった、俺もそこまで気がまわっていなかった。
「わかってなかったんだ?」
「……あぁ、すまん。」
責め立てるような口調の彼女に俺も言い返すことが出来ない。
「最低。私はすごく嫌な気分になったよ?
多分、ローナさんもそうだったと思う。……そうだったからこそあの子を連れて行ったんだと思うし。」
そう言ったラウの瞳はひどく冷たかった。
だが、その表情とは裏腹に、彼女の言葉には俺への確かな想いも込められていて、先ほどまでの自分自身が情けなく感じた。
「……言葉もない。」
「ねぇ、私がなんで怒ってるかわかる?」
身を縮めた俺にラウは未だ冷たい表情で質問してくる。
「それは……ラウとローナの気持ちを考えてなかったからじゃ……?」
「そうだけど違う。」
しかし、俺の答えは求められている完全な回答ではなかったらしい。
「えっと、じゃあ…………すまん、わからん。」
だが、これ以上の答えは考えても出てこない。ラウの求める答えとはいったい何なのだろう?
「はぁ……おにーさんって鋭いんだか鈍いんだか……まぁ、でも、正直なのはいいことだよ。」
額に手を当て 思わず といった様子で小さく言葉をこぼした彼女。
「……すまない。」
そんな彼女に俺はただ謝ることしかできなかった。
「あのね?私とローナさん、そして、おにーさんとの関係だったら別にああいう事しても私はなんとも思わなかった。けど、これまでまったく関係の無かったあの子が急に私達の関係に土足で踏み込んできた事に怒ってるんだよ?
そして、おにーさんもそれを笑いながら楽しそうにしてた。」
丁寧に説明をしながら横目で俺を見る彼女。
あぁ、なんだ、そうか……そういうことか……
「私の言いたいことわかる?」
彼女が俺の瞳を覗きこんでくる。
それの瞳から、まるで『逃がさない』と訴えかけられているような錯覚にすら陥る。
そんな彼女の瞳に俺も『逃げはしない』と伝えるように見つめ返しながら口を開いた。
「あぁ、今やっとわかった。
俺に絶対的な信頼を寄せてくれているラウやローナとの関係なら、互いに笑い合うことができた。
けど、信頼も信用もしていないし、されてもいないベルに対してラウやローナを相手にする時のような感覚で俺が話をしている事実そのものが嫌だった。」
「うん、大体は合ってる。けど、補足すると、私たちの関係がおにーさんにとっては軽いものなのかなって不安になったんだよ?」
「っ……!」
ここで俺はようやく自身の犯した失態の大きさに気がついた。
あまりにも純粋な好意を寄せてくれている彼女達。
それにまだ応えてすらいない自分が彼女達に対してしてしまった事。
俺は今、いったいどんな表情を浮かべている?
自分自身の事なのにまったく想像ができない。
そんな俺の態度から読み取ったのだろうか?
「……反省してる?」
「ああ。」
ラウは少し疑いながら俺に反省の有無を問うた。
「本当に?」
「あぁ、反省してる。今度から気をつける。」
「……そっか、じゃあ信じてあげる、もういいよ。」
俺の答えに満足したのか、彼女はいつもより大人びた笑みを浮かべて笑う。
「ありがとう、シア。」
そんな彼女に俺も笑顔でお礼を言う。
2人の時にだけ呼ぶ彼女のもう一つの特別な名前で。
「……ねぇ、急にそれはずるくない?」
「そうか?」
「そうだよ……あー!もぉー!急にはずかしくなってきたじゃん!」
「ははは、叩くなって。」
すると、シアは急に顔を赤くしてポカポカと俺の肩を叩きながら抗議してくる。
「そこまで気がまわってなかったのは確かに俺の落ち度だ。」
「ぁ……むぅ……」
そこでシアの頭を撫でてやると、急に大人しくなる。
「あのね、おにーさん。」
そんな中、急に彼女は俺の肩にもたれかかり、静かに口を開いた。
「なんだ?」
「神様っていうのはね?すごく独善的なんだよ?
たとえおにーさんがそう思っていなくても、自分が正しい思ったら勝手に行動に移すんだ。
なによりもおにーさんの為になるように、なによりもおにーさんの為を思って私たちは行動する。
神様はおにーさんのような『人族とは違う視点』で物事を判断するの。
だから、神様との契約するとそういうこともあるってわかった上でこれからは契約してね。」
シアは不満そうな表情を浮かべながらも確かな優しさを持って忠告してくれる。
「あぁ、気をつける。」
……神と契約する機会など流石にもう無いと思うのだが、ここは言わないでおこう。
それに、彼女たちの優しさは、『自分の為に行動してくれる人などもう居ない』と思っていた俺にとってもの凄く嬉しいことだったのだ。
「……とにかく、ローナさん達が戻ってきたらおにーさんもちゃんと謝ってね。」
下から見上げてくるシアがひどく愛らしい。
「あぁ、そうする。」
そして、頷きながらふくれっ面のシアの頭を撫でていると、彼女はとある方向を指差すてこう言った。
「あと、その子たちにも。」
「ん?……あ」
俺がその指の先に目線を向けると
「……がう。」
「……。」
そこには親の仇を見るような目で俺を睨みつけるフェルとサティの姿があった。
……確かに帰ってきてから全くかまってなかったな。
特にフェルとかすねてたから余計に機嫌が悪そうだぞ。それにサティ、お前さんいつのまに起きたんだい?
「ごめんラウ、あっち行ってきていいか?」
「うん、いいよ。」
「ありがとう、助かる。」
快諾してくれたラウに感謝しながらサティとフェルの方へと歩み寄る。
「フェル、サティ、どうした?」
「「……」」
案の定、返答はなし……昨日といい、今日といい、不機嫌になり過ぎだろ……いやまぁ、基本的に原因は俺なんだろうけども。
「フェル?」
名前を呼びながらゆっくりと手を伸ばすが
「……がう。」
フェルはそれを一瞥するだけで特に何もしない。
さらには、いつもなら撫でてやると尻尾が千切れそうなほど振り回すはずの、耳やあごの下を撫でても尻尾はピクリともしない。
耳もぺたんとしていて塞ぎ込んでいるような印象すら受ける。
「ええっと……まいったな。」
完全に不機嫌態勢に入っているフェルに俺も困惑するしかない。
恐らくは、招喚術式を使用する時くらいから機嫌が悪くなって、俺が帰ってきてからもかまってくれなかったから拗らせたのだろう。
「フェル、ぎゅーってするからジッとしててくれよ?」
少し戸惑いながらも、フェルの機嫌を直す為に、フェルの頭ごと抱き込む。
「ほら、ぎゅー……放ったらかしてごめんなー、寂しかったなー……」
「…………クゥ。」
フェルを優しく抱き込み、壊れ物を扱うかのように撫でながら言葉をかけると、まるで『寂しかった』と答えるように、儚く消え入りそうな声でフェルが鳴いた。
「よしよし、これからもちゃんとフェルのこと見てるからな?安心してくれよー?」
「クゥ、クゥン……」
すると次第にフェルが頭を動かして俺の首筋に擦りつけるようになった。
「よーしよし……いい子だ……機嫌直してくれたか?」
頃合いを見計らってフェルから離れ、翡翠色の瞳を覗き込みながら話しかけると
「ガウッ!」
いつもの元気の良い返事が返ってくる。
尻尾も機嫌良さげに振っていて、耳もピンと立っている。
「よし、じゃあ、次はサティだな。」
もう一度だけフェルの頭を撫でてからサティの方へと向き直る。
「ん?サティ……?」
「……。」
すると、サティは俺が向き直るや否や立ち上がり、俺の側へと自らやってきた。
「お?サティは意外と……って、おわっ!?」
「あ……サティちゃんもしかして……」
サティはそこまで機嫌が悪くないのか?などと疑問に思ったのも束の間、なんと、サティが俺の手を噛んだ。
その後ろではラウが何かを呟いていたが、内容までは聞き取れなかった。
「……グル。」
「あ、はい。」
しかし、そこは流石のサティさん。力加減はわきまえている様で、痛くない程度の絶妙な力で手を噛んでいる。
さらには、目で『動くと危ないぞ』と明確に意思を伝えてきた。
「……グル。」
そして、しばらくすると満足したのか俺の手を離して、いつもの定位置に寝そべった。
「……あのー、サティさん?これってなんの意味が……って、きっちり歯形つけられてる……」
「……んー、やっぱりそうかも。」
サティの不可思議な行動にしどろもどろな思考のまま手を見てみると、そこにはしっかりとした歯形がつけられていた。
そして、ラウがまた何か呟いている。
それはそうと、サティが噛んだ手はラウとの契約の紋章がある手とは反対の手だ。さしずめ、サティなりの『愛情表現』といったところだろうか?
「……。」
なんとなくサティの方を見ると目が合った。
そして、ゆっくりと一度だけまばたきすると、すぐに顔をそらす。
「……なんだ、やっぱりツンデレか。」
《その様ですね。》
愛情表現の方法は違えど、かつて飼っていた黒猫のチェルを彷彿とさせられるサティの行動に俺も思わず口元が緩んだ。
ーそれから少ししてー
「タケシ、ただいま。」
「ただいま戻りました。」
サティには悪いが、あの後に手を洗い、ポッドに残っていた紅茶を飲みながら過ごしていると、ローナとベルが帰ってきた。
まぁ、手には歯形がきっちり残っているが……どうやったんだコレ。
「おー、おかえり。ローナ、ちょいとこっちへ。」
俺はローナを認識するなり立ち上がり、手招きをしる。
「?、どうしたの?」
「せいっ!」
「きゃ!?」
そして、無警戒に近寄ってきたローナにハグをかます。
あ〜、柔らけー……じゃなかった……ちゃんと謝らないとな。
「さっきの事なんだが、不安にさせてすまなかった。これからはローナたちへの配慮もちゃんとする。」
ハグした状態から少し離れてローナの黄金の双眸を見つめながら真剣に謝罪の意を伝える。
「え?……えっ?……あっ、あぁ、なるほど、そういう事なのね。えぇ、いいのよ、わかってくれただけで嬉しいわ。」
彼女にとっては急展開過ぎたのか、最初は状況がうまく飲み込めない様だったが、すぐに笑みを浮かべて許してくれた。
「すまない。」
寛大なローナの対応に心の底から申し訳なさが募り、もう一度謝ると
「ふふっ、謝りすぎよ。これからは気をつけてね?」
穏やかにクスクスと笑い、優しい言葉をかけてくれる。
「ありがとう、ローナ。」
「いいのよ、それは色々と聞けたからわたしも安心したわ。」
ローナに俺を言うと、彼女は視線をベルの方へと向けながらそう言った。
「えぇ、本当に参りました。しかし、私が無礼を働いたのも事実です。申し訳ありませんでした。
これからは誠心誠意努めて参りますので何卒ご容赦くださいませ。」
すると、ベルは俺に向かって丁寧な言葉使いで一礼する。先程までのトゲトゲしい感じもない。
どこからどう見ても完璧な使用人、といった風情を感じる。
「いや、俺もローナたちの事を考えてなかったのが悪かったんだ。ベルには俺も悪いことしたと思ってる。すまなかった。だから、さっきみたいに、とまでは言えないが普段通りでいいぞ。」
しかし、俺もベルに対して少し罪悪感を感じていたのだ。だから、せめてかた苦しいのはやめてもらおう。そういうのは嫌いだ。
それに、なんか既に結構な違和感があるし。
「そうですか、では、そうさせていただきます。」
俺がそう言うと、ベルはケロッとした様子ですぐに口調を元に戻した。
こいつ……自分で言っといてアレだけど、実はそんなに堪えてないな……?
《そうでしょうね。彼女も神ですから多少の事は苦にもならないでしょう。》
「……まぁ、似た者同士という事でこれからよろしくな。」
「お断りです、と言いたいところですがわたくしも少々痛い目を見たところですのでそういう事にしておきましょう。少し、いえ、かなり憂鬱ですが。」
ベルは少し不満そうだが、ローナとの出来事が原因なのか少し素直な反応を示した。
はぁ……後はローナとラウにも納得してもらえるようにしないとな。
「そういう訳だから、ローナとラウには悪いけど少しくらいの毒吐きは大目に見てやってくれないか?ベルも俺も単に他人をからかうのが好きなだけなんだ。」
ちょっとだけ自分でもどうかと思う内容を口にしながらローナとラウに許可を求める。
「まぁ……おにーさんがいいなら、わたしはいいよ。」
「えぇ、わたしも同じ意見よ。けれど、本気でタケシを殺そうとしたりなんかしたら許さないわよ。」
「承知しました。」
ラウはすんなりと納得してくれたが、ローナはまだベルに対して少し不信感を抱いているのか釘を刺している。
「俺もあんまりやり過ぎないように気をつけるよ。」
俺も一応意思表示はしておく。
「うん。」
「えぇ。」
「そうですね、わたくしも以後、気をつけておきます。」
まぁ、ベルとの『契約条件』の事もあるから簡単には投げ出せないけどな。
《それもかなり重要ですしね。》
あぁ、かなりな。
《主様が達成できることをお祈りしております。》
……それはそれで問題になりそうなんだけどなぁ。
《後の祭りです。》
そうだな。
さて、また全員揃ったことだし明日の事について話そうかな。
《そうですね、ローナ様はともかくとして他の2名には聞いておく必要があるかと。
それと、フェルとサティを連れて行く旨も伝えなければなりませんしね。》
おう。
今日は俺自身のローナ達に対する配慮のなさが露呈した。どうやら俺はもう自分だけの考えで過ごせる訳ではないようだ。
しかし、それによって彼女たちの純粋な好意やその深い想いを知ることができた。
知ることがどれ程までに重要なのか理解している俺にとっては幸運だ。
作者「なんか、このところ話の内容が似たり寄ったりな感じになっていますが、私自身もこれは想定外でした。
それぞれの人物の心情などを考慮した結果として今回はこうなりました。」
隊長「マンネリ化しないようにな。」
作者「えぇ、承知しております。
それに、予定では次回には街へと行く予定だったのに数話先になった……」
隊長「これも『ヨソウガイデス』ってか?」
作者「えぇ、本当に。あとそれは文面では伝わらないからやめて下さい。某携帯会社CMのやらかした人のやつです。」