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月華の契約


アルラウネの過去編を書くつもりでした。

過去編書こうと思ったら未登場キャラが結構いて私には無理でした。

いつか書きます。絶対に。

ていうか話を進めると書かないといけなくなります。


 


「昔ね、私には龍の友だちが居たんだ。」


 世界樹の上で大きく西に傾いた月を眺めながら少女は語り始める。


「その子の名前はヘンティル・アンファング・ドラッヘ。私はいつもティルちゃんって呼んでた。」


 懐かしそうに語る少女の口調は軽やかなものだった。


「ティルちゃはんすっごく綺麗な薄い青色の鱗に覆われた小柄な龍だったの。すごく優しくて不器用で面白い子だった。」



 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



 ー遠い昔ー


 よく晴れた暖かい日のこと。


『のう、ラウよ。』


『どうしたのティルちゃん。』


 世界樹の上には1人の少女と一頭の龍がいた。

 1人はアルラウネ。もう1人はティルと呼ばれた青い鱗に覆われた全長30mほどの龍。


 そして、眼下に広がるのは草原に構えた連合軍と魔族軍。

 ピクニック日和ともいえるこのよく晴れた暖かい日には似つかわしくない光景。

 春風を思わせる風が吹き、草が穏やかに揺れる中、両軍は殺伐とした空気を生んでいる。

 それはまるで冬の乾いた風のように冷たい印象を受けた。


 龍はそんな眼下の光景を眺めながら少女に問うた。


『ラウはこの世界が戦乱に包まれておるのに何も思わんのか?』


『んー、別にー……それがこの世界の辿る道なら私はそれを見守るよ。』


 少女はそれを特に気にすることでもない、と言外に語る。


『そうか……』


 龍はそれを聞いて悲しげに顔を伏せた。


『ティルちゃんはどうなの?』


 そんな龍の様子に少女は聞き返した。


『ワシか?ワシは戦乱は嫌いじゃ。(みな)が平和に笑って暮らせる世界が欲しい。他の者どももまたそう願っておるよ。』


 少女が龍に問うと、返ってきたのは平和的なものだった。


『ふーん……そっかぁ……』


 少女はそれを意外に思った。

 なぜなら、龍とは生物の頂点に君臨する絶対強者。だがこの龍は、いや、龍たちは平和を望んでいる。


『なんじゃ?叶えてはくれんのか?』


 少女関心のない返事に対して、龍はつまらなさそうな口調で言った。


『わたしはそんな存在じゃないからね。だからそれは管轄外だよ?』


 そんな龍に少女は笑いながら言った。


『なんじゃ、生命の象徴たるお主がそのような事を口にするとはの。』


 今度は龍が意外そうに言った。


『残念だけど、そうだからこそなんだよ。』


 少女は『 仕方ない』といった様子で首を横に振りながらそう言う。


『どういう事じゃ?』


 その一言で龍が理解する事はできなかった。


『わたしは生命の象徴。

 だから、消える命も生まれる命も等しく看取っていかなきゃいけないんだ。命が増えすぎると逆によくないからね。だからと言って減りすぎてもダメだけど。』


『冷たいのぉ……』


 龍は草原を見つめながら言った。


『そうかもね。でも、命が存在するために他の命が消費されるのはいつもの事だよ。』


 少女は冷めた口調で晴れ渡る空を見つめる。


『確かにそうかもしれぬな……じゃが、戦乱はそうではなかろうて。』


『む、言われてみればそうかもね……』


 少女が むむむ と少し考える。


『それにお主は【もう一つの役割】があるじゃろ?』


 それを見た龍はさらに続けた。


『それを言われちゃうと困るよ?』


 それを聞いた少女は困り顔に苦笑を浮かべて言った。


『くくく、お主も忘れた訳ではあるまいて。まさか使命を果たさなぬつもりではなかろう?』


 のどを鳴らしながら笑う龍は少女に勝ち誇るように言った。


『うーん……でもお願いなら【あっち】に言って欲しいかな。お願い聞いちゃうと存在意義に反しちゃうよ。』


 少女はそれを見て不満げに言った。


『あやつらはもうとっくに願いを叶えるために戦っておるわ。そのせいで戦乱が長引いておるのじゃよ。

 それに、いつまでも不干渉に徹していてはいかんぞ?』


 すると龍は既に手遅れである事を伝えた。


『……わかったよ。もう、なんで素直に言えないの?』


 少女は立ち上がりながら苦笑する。


『さて、何のことやら。』


 とぼける龍に少女はささやかな報復として


『素直じゃないなー……そんなんだから相手が見つからないんだよ?』


 その龍のタブーに触れる。


『……そこに触れるでない。ワシはただ番とやらに興味がないだけじゃよ。』


 しかし、龍はそれに怒りを示さず、少し不機嫌に吐き捨てただけであった。


『またまた〜、強がっちゃって。』


 少女がからかうように言うと


『ああ、もうやかましい!さっさと行かんか!』


 龍は尻尾を振って少女を急かすのだった。


『はーい。それじゃ、お友達のお願いを聞くためにちょっと戦争止めてくるね!』


 そんな龍を可愛らしいと思いながら少女はそう言い残して姿を消した。


『まったく……軽く言いおるの。』


 その場に残った龍は呆れた様子で呟き、それと同時に戦場へと一陣の風が吹く。


【そこに在る全ての生命に告げます。今すぐに戦争を止めなさい。さもなければ、我が名の下に天罰を下します。】


 それは冷たい空気を吹き飛ばす暖かい風。

 終戦へと導く両軍の救いの風であった。


 それから数時間後


 世界戦争はあまりにも唐突に幕を閉じた。


 その少女と平和を願った龍によって



 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



「それからは大変だったよ……エルフのみんなや魔族、獣人族や他の種族の長達……七魔公爵達も説得してまわって、わたしの持てる物も条件に出して……でも、ティルちゃんが望んだ平和が訪れたからわたしは満足だった。」


「……。」


 懐かしそうに話すラウ。

 だが、俺にはそれがどこか悲しそうに見えている。

 そして、その理由がわかったのはすぐ後の事だった。


「けどね、わたし聞いちゃったんだ。」


「なにをだ?」


「……人族の話。」


「……。」


 ラウの声が少し震えている。その原因は一体何か。


「それは世界樹の果実を他種族より多く手にいれて、龍族の素材を手に入れるための会議だったの。

 龍は素材として最高の品質を持ってる、それに龍は全てを余すことなく使う事が出来て、強力な武器や防具を作るのに欠かせないの。

 だから、龍を都合良く仕留めて世界樹の果実も手に入れる事が出来れば、どの種族よりも強くなれるって話してた。


 ……その後、人族はわたしに『龍族が戦争を仕掛けてきたから殲滅するために軍を作らせてくれ。それと、軍の士気を上げるために世界樹の果実を少し多めに手配してくれ。』って言ってきたの。

 証拠もちゃんと用意してきたけど当然そんなの嘘だってわかってた。

 ティルちゃんにも確認して、とある存在にも確認してもらったからそれは確実に嘘だった。」


 それが嘘を極端に嫌う理由なのだろうか。


「……。」


 俺が思っていた以上に重い。


 頭の中で憶測を立てながら俺はラウの話を聞く。


「だから、わたしは『嘘をついてるのはわかってる。だからそんな事をしている暇があったら世界の復興に尽力しなさい。それから人族に果実をしばらく渡さないから。』って言って少し反省してもらおうとしたの。


 そしたらその人たちなんて言ったと思う?

『我々を見殺しにする気かこの悪魔め!』だってさ。笑っちゃうよね。平然と嘘ついてバレてるのにまだそれを突き通そうとするお馬鹿さんだったなんて。


 それでも、わたしはまだ世界樹の精霊としてその人たちを見捨てなかったの。もう少し様子を見てどうするか決める予定だった。

 もし、あの人たちが反省したら世界樹の精霊としてあり続けようとした。」


 ラウはどこか危うげな雰囲気を醸し出している。目の焦点が少しずつ、本当に少しずつ合わなくなっている。


「……少しいいか?」


「どうしたの?」


 話を止めるとラウは不思議そうに俺を見る。

 だが、その瞳は光を失いかけていた。


 俺自身、話を遮るのは悪いと思っているが気になることがある。それに、彼女がこれ以上続けて過去を話すと何かしらの危険を伴うかもしれない。


 だから、話の流れを止めて少し質問する。


「その言い方だとラウは世界樹の精霊以外にも何か役割を背負っているように思うんだが。」


 それは、先ほどのティルと呼んでいた龍も言っていた【もう一つの役割】の事。


「それは後で話すよおにーさん。」


 しかし、ラウは今答える気はないようだ。


「ああ、わかった。話を止めて悪かった、続けてくれ。」


 俺はもしラウが不安定になる様子があれば、彼女をすぐに止めるつもりで話を聞く。


「うん。それでね、人族は結局懲りずに龍へ戦争を仕掛けようとして私の怒りを買ったんだ。それに、他の種族を捕らえて奴隷として売りさばいたりもしてた。……もう、我慢の限界だった。」


 彼女は膝を抱えてさらに強く声を震わせる。その原因はおそらく怒り。


「……だから、殺した?」


 俺が静かに聞くと


「うん、それが私の【もう一つの役割】として正しいと思ったから……わたしはその時はそれが正しいと思った。」


 ラウはそれを肯定した。


 ……彼女の背負う役割とは何か?俺にはまったく想像することが出来ない。


「でも、それが間違いだった。

 その話を人族の都合の良いように使われて最後には人族が討伐隊をわたしへと差し向けてきたの。」


 それはこの森が出来る事になったキッカケだ。


「だから、わたしは覚悟を決めて戦う事にした。

 ティルちゃんが望んだ平和を壊した人族を、自分勝手で嘘つきな人族を【私の名の下に】この世界から消すために。」


「……。」


 彼女の表情は悲壮な決意に満ちている。


「けど、それから全てが狂った。

 私が戦う事をティルちゃんに知られるのは時間の問題だと思ってたから、私はティルちゃんを少しの間足止めしてもらえるように七魔公爵の三人に依頼したの。」


 七魔公爵……それは魔族の指揮を執っていた存在であり、一人で一軍に値する存在。

 その内の3人に依頼するという事はそのティルと呼ばれた龍がそれほどまでに強大だという事なのだろう。


「でも、依頼した内容は果たされなかった。ううん、そもそも依頼を受けてくれる事さえなかったの。


 だって、その人たちにはもう先に依頼する存在がいたんだから。」


 俺は彼女の話に聞き入った。

 彼女が話す内容は過去にあった歴史の一部。それを体験した本人から聞いているという状況がそうさせる。


「……。」


「それはティルちゃんだった……ティルちゃんは私が戦う事をわかってた。

 だから、ティルちゃんは私を止めるために先に依頼してたんだ……もちろん私はそれを突破しようとしたけど三人も相手してたらそんな事出来なかった。

 結局、私はその戦いで疲れ果てて動く事も出来なくなったの……そこでティルちゃんが現れた。

 私の前に来たティルちゃんは『ワシが望んだ平和が壊されたのなら、ワシが始末をつけるべきじゃ。』そう言って私を一時的に封印したの。


 私はどうしてティルちゃんがそんな事をするのかわからなかった……何を聞いても答えてくれなかった。

 けど、最後に私はティルちゃんに言ったの……『必ず帰ってきて。』って、そしたらティルちゃんは『必ず戻る。約束じゃ。』そう言って私と『約束』した。」


 そこで話を切ったラウの声はか細く、今にも消え入りそうなものだった。

 色々とツッコミを入れたい部分も多いが、今はグッと我慢しよう。


「……約束、したんだよ……?したのに……ティルちゃん……はっ……帰って…こなかった……みんなっ……みんな嘘つきだよ……私が起こしたっ……戦争だったのにっ……!」


「っ……!」


 しかし、そこで俺はやっと気がついた。

 彼女が嘘を嫌う本当の理由、『ここから居なくならない』という約束の重要性とその意味。

 彼女の中にある罪悪感と後悔。


 彼女は自らが犠牲になろうとして友が犠牲になった事を悔やんでいる。

 嘘を嫌うのはもともと人族のついた嘘から始まり、友人との約束が決定打となってラウの心に後悔という名の楔を打ち込んだ。


「どうして……っ……どうしてみんな……ぐすっ……置いていかないでっ……ひとりにっ…しないでよ……」


 彼女は震える手で溢れる涙を拭いながら、言葉を小さく漏らし続けている。

 辛かっただろう、苦しかっただろう、悲しかっただろう。


 そして、それは今もそうなのだろう。

 独りになる苦しみは、大切な誰かを失う辛さは俺も知っている。孤独はひどく辛い。

 ほんの少しの孤独しか知らない俺でさえ二度と味わいたくないそれを彼女は何百年という時間、経験しているのだろう。


「ラウ、もういい……これ以上は辛いだけだ。」


「っ!」


 俺はもうこれ以上彼女から話を聞くのは古傷が開くだけだと判断した。

 これ以上は危険だ。無理に話してもらう必要はどこにもない。


 だから、俺は彼女を抱きしめながら頭を撫でた。

 かつて俺がクミさんにそうしてもらったように……苦しみを全て吐き出せるように。


「もういい……もういいんだ……辛い事を思い出させて悪かった……辛かったな……今までよく頑張った。

 ここには俺とラウしか居ない……だから、好きなだけ泣け。全て吐き出せばいい。」


 俺がラウにかける言葉は、かつて俺がかけてもらった救いの言葉。

 ただ肯定してもらう。

 たったそれだけの事で俺にとって大きな救いとなった。


「っ!……。」


 彼女は驚いたのか体を少し跳ねさせたが、すぐに体重を俺に預けた。

 そんな彼女を俺は丁寧にゆっくりと、壊れ物を扱うかのように撫でる。


「っ……ぐすっ……おにぃ…さん……ずるい……よ……そん…なの……なんでっ……なんで嫌い……にならない……の?」


 なにやら文句を言っているがそんな事はどうでもいい。


「なんとでも言えバカ野郎。お前は俺の知ってるラウでしかねぇんだ。昔に人を殺したからだとかそんなんはどうでもいい、今は泣いてろ。

 俺にとってはただ女の子だ。

 ちょっとゆるくて、いつも笑ってて、俺に振り回されてる普通の子。


 それにラウは自分の正しいと思った事をしただけだ。

 たとえ俺以外の誰もが間違いだと言っても俺はラウが正しかったと主張してやる。肯定してやる。

 ラウが自分を信じて行動する限り、俺はラウの味方であり続けよう。」


 俺は彼女が安心できるように言葉を力強く羅列する。

 たとえ実年齢が千歳を超えた見た目詐欺ばあさんだったとしても俺にとっちゃ見た目相応の女の子だ。


「……ありがとうっ……おにーさんっ……ぐすっ……っ……ひぐっ……あびが(ありが)……(とう)……」


 すると今まで堪えていたラウの中で何かが弾けたらしく、急にポロポロと涙を流し始めた。


「それでいい……全部涙で流しちまえ。」


「ゔん…ゔん……ひぐっ……ぅえぇぇ……っゔぐっ……!」


 ラウは何回か頷いた後、俺の胸元ですがりつくようにして泣き始めてしまった。


(なんだろう……すごいデジャヴを感じる……?)


 少し前にも似たような状況があった事を思い出しながら俺は彼女が満足するまで静かに頭を撫でていた。


「……ねぇ、おにーさん。」


 やがてラウが泣き止んで落ち着きを取り戻した頃


「んー?どうした?」


 彼女が口を開いた。


 ちなみに今は俺があぐらをかいて、その上にラウが乗る状態となっている。なんでも縋りついた状態は流石に恥ずかしいから、だとか。

 ただ、背中を預けてくるラウがすごく軽く感じるので大丈夫なのか少し心配だ。


「……わたしの【もう一つの役割】のこと聞きたがってたよね?」


 静かに平坦な声で言う彼女の表情はうかがえない。


「あー……まぁ、たしかに。でも別に言いたくないなら言わなくてもいいぞ?」


 俺は頰を人差し指でかきながら言うと


「……うん、優しいおにーさんならそう言うと思った。けどね、おにーさんには聞いて欲しいの。」


 ラウは首を少し後ろに向けてから落ち着いた声でそう言った。


「そうか……なら、聞いてもいいか?」


「うん。」


 もう一度だけ確認するとラウは頷いてから前を向く。


「私にはね、もう一つの『名前』があるの。」


 ラウは星の海原を渡りきろうとしている月の船を眺めながら言葉をもらすように呟いた。


「名前?」


「うん、名前。」


 名前がもう一つの役割とどう関係するのだろうか?

 疑問が増えたことに頭をひねっていると


「あはは、話は最後まで聞くものだよ?おにーさん。」


 ラウにそれが伝わったらしく少し注意を受けてしまった。


「む、すまん。」


「うんうん、素直でよろしい。あとさっき失礼な事考えてなかった?」


 ここに来て急にラウが思い出したように聞いてきた。


「えっ……」


 あかん、油断してた。これ以上の反応ができない。


「考えてたんだね……うん、でも今はいいよ。話の続きだね。」


 ……ラウからお許しが出たので後で謝ろう。


「私のもう一つの名前は『フスティシア』。」


 ラウが口にしたもう一つの名前とやら


「フスティシア?」


 俺はその名前をおうむ返しする。

 そして、彼女は衝撃的な言葉を放った。


「うん、フスティシア。名前の意味は【正義】。」


「なっ!?」


 俺は雷にうたれたかのような衝撃を受けた。

 なぜならそれは……


「あはは、やっぱり気づいた?」


「……まさか。」


「うん、その『まさか』かもね……言ってみて?」


 ラウは振り返っていたずらっぽく笑みを浮かべながら聞いてくる。


「……創神教四美徳の内の一つ。」


 そして、俺は自分の中にある答えを口にした。


「あはは、正解。じゃあ、私がどんな存在かもわかったよね?」


 笑みを深くして楽しそうに言うラウに俺はそこからさらに先にある答えを口にする。


「……最上位神。」


「うん、それも正解だよ。」


 そして、それは当たっていた。


「……。」


 黙り込む俺を尻目に彼女は立ち上がり、俺の前でお辞儀して口上を述べた。


「私は最上位神が一柱。

 名をフスティシア、司るは【正義】。

 この世界の均衡を保つため、我が名の下に等しく悪を罰し、善を救う使命を拝命しております。」


 月を背後に丁寧にお辞儀する彼女。

 目の前にいる少女は世界樹の精霊であり、創神教の最上位神の内の一柱だった。


「……ラウ。」


 俺は彼女の正体を知って、一つの疑問を抱いた。


「どうしたの、おにーさん?わたしが女神様だとわかって恐縮しちゃったー?」


 しかし、彼女はニヤニヤと笑いながら聞いてくる。


「ぷっ……そんなわけあるか。」


 俺はそれを見て少し安心しつつ彼女をチョップした。


「あいたっ!……ちょっとおにーさん!ひどいよ!」


 先ほどまでの泣き虫はどこへやら、彼女はいつもの調子を取り戻しているようだった。


「すまん、すまん……それで、なんで俺にそれを明かしたんだ?」


 俺はその様子を見て安堵と共に苦笑しつつ質問する。


「なんでって、それは……おにーさんに聞いて欲しかったからだよ。」


 ラウは いひひ と歯を見せながら笑っているが


「……本当にそれだけか?」


 俺はなんとなく勘が働いた。


「っ!」


 するとラウは図星を突かれらしく、すぐに表情を崩した。


「……なんでこういう時だけわかるのかな。」


 水滴が草花から滴るようにポツリと呟いたラウ。


「さて、聞かせてもらおうか?言わぬと言うならばくすぐりの刑だ。」


 俺は立ち上がり、手をワキワキとさせながらジリジリと近づく。(はた)から見ると完全に通報案件だ。


「お、おにーさん?目が怖いよ?……い、言うから……ね?……だからそんなにゆっくり近づかないで……?」


 ラウは頰をひきつらせながら後ろに退がる。


「なら早く言いたまえ。大丈夫、言えば楽になれるさ。」


 自分でもいやらしい笑みを浮かべているのがわかる。

 やべぇ、超(たの)しい。


「おにーさん!?それ悪役の言うことだよ!?

 それに、さっきのおにーさんはかっこよかったのに今はなんだか怖いよ!?」


 なにやらグダグダと言っているラウにはお仕置きしないとなぁ?


「残念、時間切れだ。非常に残念極まりないが、これよりお仕置きを執行する。」


「えっ、ちょっとまっ……あははっ!おにっ…さ、あははは!ちょっ…と、あはは!……くすぐったい……!」


 問答無用でお仕置きを執行した俺は数分間だけ彼女をくすぐった。


 ー数分後ー


「はぁはぁ……おにーさん…ほんとに……ひどい……はぁ……」


 息を切らして途切れ途切れに消え入りそうな声で呟く彼女。たった数分でこれとはだらしない。


「今さらだな?」


 わかりきっていた事を今さら言った彼女に俺は笑いながら言った。


「……むぅ、おにーさんがすごくいい笑顔。」


「あぁ、すげぇ愉しかった。」


 寝転がったままふくれっ面で文句を垂れる彼女にハンズアップする俺。


「……で、本当はなんで俺に明かしたんだ?」


 俺は彼女の隣にまた座り込んで急に真面目な話をする。


「それは……」


「……。」


 言葉に詰まる彼女を黙って待つ。


「私の……その、名前をあげようと……思って……」


 彼女はうつむきながら尻すぼみに言った。


「名前をあげる?なに?プロポーズ?」


 すかさず俺がニヤニヤしながらそう言うと


「ち、違うよ!?契約だよ!け・い・や・く!茶化さないでよ!」


 ラウは焦りながら否定した。


「あぁ、契約な……うん、わからん。」


 だが、俺はいまいちピンとこなかった。

 それを見かねたラウは簡潔に説明してくれる。


「いわゆる精霊契約だよ。おにーさんが私を使役出来るようになるの。」


「あーなるほど……なぁ、それっていいのか?」


 こんな少女を使役するとか罪悪感がものすごいんだが……それに絵面が犯罪的だし。


「わたしが良いって言ってるからいいの!」


「お、おう。」


 俺が聞きたいことを察したらしく、彼女は元気に声を張り上げる。


「で、おにーさんの返事は?」


 俺がラウの勢いにのまれていると、彼女から返答の是非を確認された。


「別にラウが良いならいいぞ。」


 別に断る理由もないし、契約がどういった代物なのか気になるという好奇心もあって承諾すると


「ほんとう!?ありがとう!おにーさん!」


 なんかすごい喜ばれた。


「え、あ、うん……そんなに喜ぶ事なのか?一応はラウが俺に使役される事になるんだぞ?」


 その喜びようがいつも以上に嬉しそうにしているのでつい聞いてしまった。


「え?そんなの気にしないけど?」


 ぴょんぴょんと跳びはねていた彼女は立ち止まり、笑顔でそう答えた。


「あ、そうですか。」


 どうやら彼女にとっては些事(さじ)らしい。

 まぁ、憧れでもあったんじゃないだろうか?もはや誰も辿り着けないであろうこの森にたった一人で過ごしてたんだ。

 よほど寂しかったんだろう。うん、独りは寂しいもんな。


「そんじゃあ、俺はどうすればいい?」


 喜ぶ彼女の姿を微笑ましく思いながら俺はどうすればいいのか聞くと


「わたしがやるからおにーさんは全部受け入れてくれる意思を示してくれればいいよ。

 あ、契約する時はお互いに立った状態からじゃないと始められないよ。」


 彼女は笑顔でそう答えた。

 どうやら俺は流れに従えばいいだけのようだ。


「わかった、じゃあいつでもどうぞ。」


 俺は立ち上がっていつでも始められるようにする。


「うん。……ありがとう、おにーさん。」


 俺とラウは向かい合った状態になると彼女が突然礼を言ってきた。


「それこそ今さらだな。気にすんな。」


 俺は笑いながらそれに答える。


「ふふっ、そうかもね。」


「おう。」


 クスッ、と笑った彼女の表情はどこか大人びた印象を俺に与えたのだった。


「じゃあ、始めるね?」


「どんとこい。」


 ラウが最後の確認をとり、俺が了解する。


「すぅ……はぁ……」


 ラウが呼吸を整えた後、彼女の雰囲気が一変した。


 そして、それは始まる。


 彼女が淡い光に包まれ、幻想的な世界が広がる。


『これより、契約の儀を執り行う。』


 荘厳な雰囲気でそう宣言した彼女は凛々しく、いつも見ていた精霊としての彼女ではなかった。


 淡き光は灯篭火の如く。

 その優しい光は彼女の周りを穏やかな歩調で踊る。


 この子は確かに女神である。

 そう思い知らされる光景だった。


 そして彼女が言葉を紡ぐ。


(なんじ)、我らが主に認められし者よ。


 汝、我もまた汝を認め、我が主とする。


 故に、貴台(きだい)に我が名【フスティシア】を捧ぐ事を此処に誓う。


 貴台の名に我が名を連ねる旨、貴台は認めたり?』


 彼女が俺に視線で合図を送ってくる。


「ああ、認めよう。」


 俺はその意を汲んで答えた。

 するとラウは跪いて続ける。


『なればこそ、我が名は永遠(とわ)に貴台の持物(じもつ)とならん。


 故に、我は貴台に一切を捧ぐ。


 故に、我は貴台と共に在り。


 我が心、我が身は貴台の思うがまま。


 我が(しゅ)は創造神に(あら)ず。


 我が主は貴台なり。


 故に、今此処に永遠(とわ)の縁を結びたり。』


 彼女はその言葉を皮切りに俺の右手をとって手の甲に口づけをした。


(……え?これ普通は逆じゃね?)


 俺が戸惑っていると彼女がキスをした手の甲に五角形の花のような紋様が浮かび上がり


「おぉ……」


 光が伝染するように俺をも包み込む。


「えっと……これで終わりか?」


 俺がこの状態に戸惑っていると


 《主様、もし彼女との契約を完璧に結びたいなら(わたくし)の言葉を復唱してください。

 一応このままでも契約は完了しますが、これはまだ契約の二次的段階です。

 ただし、契約破棄が出来なくなりますがよろしいですか?》


(……わかった、続けてくれ。それに契約破棄なんぞありえないからいい。)


 《承知しました。》


 シュティが手助けしてくれる。


 《汝、我が名と共に在る事を誓いし者よ。》


『汝、我が名と共に在る事を誓いし者よ。』


 俺を包む光が強くなり、点滅を繰り返していく。


「えっ?おにーさん……?」


 シュティの言葉を復唱するとラウは驚いた顔で俺を見つめる。


 《汝と結ぶ(えにし)永久(とこしえ)に不滅なり。》


『汝と結ぶ(えにし)永久(とこしえ)に不滅なり。』


 踊る光はその歩調を強めてさらに速度を上げる。


「……いいの?」


 彼女はなんとも言えない表情でおずおずと聞いてくる。


 《故に、我は此処に誓う。

 故に、我は汝を受け入れ、汝は永遠(とわ)()が側に在れ。》


『故に、我は此処に誓う。

 故に、我は汝を受け入れ、汝は永遠(とわ)()が側に在れ。』


 光がより一層強くなり、踊り狂うように乱舞する。


「……っ!」


 コクリ、と一つ頷いて言葉を紡ぐと彼女の目が潤む。


 《【永遠の契約】(コントラクト)


【永遠の契約】(コントラクト)


 俺の言葉を受けて彼女は


「っ!はいっ……よろしく…お願いしますっ……」


 涙を流しながら右手を差し出した。


「あぁ、よろしくな。ラウ。」


 俺はその差し出された手にキスを一つ落として微笑む。


 その瞬間、俺たちの周りを踊りまわっていた光が彼女の手に集まり、眩い光を放った。


「……これは?」


 その光が収束するとその手には俺と同じ五角形の花の紋様が刻まれていた。


 《主様、それが契約完了の合図です。

 本来、契約とは二人以上の間で結ばれる互いの関係を形で示す相互契約です。

 先ほどはこの少女からの一方的な契約でしたので、主様からはいつでも契約破棄を実行する事が出来ますが、少女からは契約破棄は不可能となります。


 ですが、主様がそれを受け入れる意思を示したために相互契約へと昇華しました。

 よって、もはや主様もこの少女も契約破棄は不可能であり、絶対不可侵の二人だけの絆となります。》


「なるほど……つまりはこれでお揃いってわけか。」


 《左様です。》


 ……彼女はそれを承知で契約してもいいと思ったのか。


「おにーさん……ありがとう。」


 ラウを見ると彼女は右手を大切そうに胸に抱き込んで微笑んでいる。


「おう、お安い御用だ。しっかし……契約は初めてだったから上手くいってよかったよ。」


「……え?おにーさん何言ってるの?ローナさんに名前あげてるよね?」


 俺が一息はくとラウは『何を言ってるんだ。』と言わんばかりにそう言った。


「ん?それが契約とどう繋がるんだ?」


「……おにーさん、神様にとって名前がどれほど重要なのかわかってる?」


 ジト目で俺を睨みつけてくる彼女。


「……知らん。」


「ああ、うん。そうだよね……説明してあげる。」


「すまん、頼んだ。」


 彼女はガクッと肩を落としたが、ちゃんと説明してくれるようだ。

 二人で座り込んで説明してもらう。


「まず、神様は高密度な魔力の集合体なの。でも、それだけじゃ神様は存在する事が出来ないんだ。

 だから、神様という存在を受け入れる為の器とそれを固定するための何かが必要になってくるんだよ。

 あ、創造神様は唯一の例外だけどね。


 それで、その両方の役割を担っているのが神様の名前なの。」


「なるほど、そりゃ大事だな。」


 《意味をあまり理解していないようですので補足説明をしますと、存在をその場に確定させるために必要だという事です。》


 ……あぁ、うん。ありがとう。


「うん。でも、だからこそ気をつけなきゃいけない事があるの。

 なんだと思う?」


「んー……名前が関係してる事くらいしかわからん。」


 俺は少し考えてみたが、見当がつかなかった。


「うん、おにーさんの言う通り名前が関係してるよ。

 それはね、名前を知られちゃいけないの。」


 すると、ラウが答えを出してくれたのだが


「え?俺、思いっきりフスティシアって聞いちゃったけど?」


 それと同時に彼女がその気をつけるべき事を思いっきり無視してる事がわかった。


「あはは、もう契約したから大丈夫だよ。おにーさん。」


 だが、特に問題ないらしい。


「そういうもんなのか?」


「うん、そういうものなの。

 それで神様は名前だけが存在する為の命綱なの。だから、名前を知られるという事はどんな命令を下されても拒む事が出来ない。

 つまり、名前を明かすという事は絶対的な信頼を寄せているという証明にもなるんだよ?


 そ・れ・に!他の誰かに名前をつけてもらうなんて、もうそれは『あなたの物になります。』って言ってるようなものなんだよ。

 というか、名前をつけてもらった時点でもうその人だけの神様だよ。」


「マジか……」


 どうやら俺は知らない間に神様(ローナ)を俺専属の神様にしてしまっていたようだ。

 ……あれ、知らなかったとはいえ創造神を専属にするってやばくない?……うん、細かい事は気にしない。今のところ問題ないしな。うん、そうしよう。


「マジだよ、大マジ。」


 ラウは呆れたと言わんばかりに やれやれ と首を横に振っている。


「そうか……まぁ、いいや。何はともあれこれからもよろしくな。えっと……」


 彼女をどちらの名前で呼ぶべきか迷っていると


「二人の時はシアって呼んで?それ以外の時はいつも通りラウでいいよ。」


 シアからそう提案があった。


「わかったよ、シア。これからもよろしくな。」


「うん!よろしくね!おにーさん!」


 そして、月船は一夜の航行を終え、二人を祝福するように新たな日が差し込んだ。


「綺麗な空だ。」


「そうだね……」


 朝焼けに染まる空を眺めながら俺たちはもう少しの間、この場所に留まるのだった。



 この日、月に照らされた孤独な一輪の花は孤独を捨て去った。


 有明の空に咲き誇るは二輪の新たな花。




 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



 ーとある場所ー



 ここに巨大な体格を持った一頭の龍がいた。

 その龍は数メートルを優に超えるであろう大きな(まなこ)を開けて首をもたげる。


「……。」


 そして、静かに再び眠りについた。




作者「はい、というわけで既にお察しの方にとっては答え合わせになる内容でしたね。

まだの方には大ヒントでございます。」


隊長「ところで昨日のアレはなんなのだ?」


作者「昨日がエイプリルフールだったの忘れてまして……エイプリルフールの突発ネタを書こうと思ったんですけど、思い出したのが正午だったのでエイプリルフールネタに見せかけた本編に関係あるやつです。」


隊長「要するに?」


作者「いつの間にか時間切れになってたのでやっつけで書きました。

また今度出てくるとある人物のとある発言にも関わりがあります。

昨日投稿した話(?)の内容にもヒントがちゃんと書かれています。


ちなみに、今回の話に出てきた五角形の花の紋様のモチーフはキキョウの花です。

花言葉は……ね?」


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