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まさかの


どうも皆様こんにちは。作者です。

前回の前書きをブックマーク減少覚悟で書いた結果、むしろブックマークが増えただけでなく、感想を頂きました。

人とは本当に現金なもので、そのおかげで書く気が一気に復活しました。


優しき読者様方に感謝を。


それではどうぞ。



「はぁ……疲れた……。」


 バカでかい風呂に浸かりながら俺はついため息を吐く。


 《お疲れ様です。主様(あるじさま)


 それを独特の中世的な声で労ってくれる我がスキル。


「おう、ありがとな。シュティ。」


 最近はシュティの態度にも完全に慣れたので純粋に嬉しい。


「にしても、今日は内容の濃い一日だったな。」


 ルイスさんとの模擬戦やリーシアへの贈り物、ローナの到着や、それに伴うラウの変化。……あと理性崩壊の危機もな。


「のんびりするはずなのになんでこんな事になってんだ……もっと悠々自適に暮らすと思ってたんだけどなぁ……。」


 《お言葉ですが主様、この現状でも十分にその状態に当てはまるかと。》


「まぁ、そうなんだけどな。そら、たまには忙しい日もあるわな。」


 シュティのごもっともな指摘に俺は苦笑しながら同意する。


「それに……」


 元の世界では絶対に訪れることのないと思っていた日常だしな。


 《?、どうかされましたか?》


 シュティは俺が何も言わなかったことが気になったらしい。


「いや、なんでもない。気にしないでくれ。」


 《左様ですか。》


 あまり納得していなさそうなので説明することにした。


「おう、単に見た目麗しき友人の美女と隣人の美少女の二人に加えて正直で可愛い狼、無愛想ながらも甘えてくる虎の二頭と触れ合いながら生活出来るってのは贅沢だよなぁ……って。」


 《主様、長いです。それと(わたくし)が入っていない事については泣いてもよろしいでしようか?》


 いつになく感情のこもった声で聞いてくるシュティに俺は笑いながら弁解する。


「はは、泣くなって……お前はもう俺の一部だ。既になくてはならない重要な存在なんだよ。前にも言ったろ?」


 思ったことや考えを伝える事はとても大切なことだ。


 《主様……主様のお言葉、このシュティ確かにお受け取りしました。》


 俺もけっこう単純だけど……この好意は本当に嬉しいもんだね。


「そういえばさぁ……」


 好意繋がりで思い出したのだが。


 《なんでしょうか?》


「俺が帰ってきてから少しの間だけローナが幼児退行してたよな?」


 《しておられましたね。》


 やたらと豆腐メンタルになってたり、言葉遣いが子どもみたいになってたりとか。


「まさかあれがローナの素の状態かと疑ったけど……あれにはちゃんとした理由あったんだな。」


 《そうですね。》


 何を隠そう二人に挟み込まれたあの状況が終わりを迎えたのはローナが急に恥ずかしくなって俺から離れたからだ。


「しかもその理由がなぁ……。」



 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



 それは俺が二人に拘束されていた時のこと。


「なぁ、いつになったら俺は解放されるんだ?」


 シュティと話をしていてそれなりに時間が経ったので俺は二人に聞いてみた。


「わたし知らなーい。ローナさんがいいって言うまでー。」


 ラウは プイッ と顔を背けて知らん顔。どうやら取りつく島もないらしい。


「だ、そうだが……ローナ?」


 仕方なくラウの説得を諦めてローナの方を向くと、彼女は茹でダコのように赤くなっていた。


「大丈夫か?」


 俺が心配して声をかけると


「だ、大丈夫……ごめんなさいラウちゃん。(わたし)はもう満足したから離してあげて?」


 そう言って彼女は俺の腕を離した。


「ローナさん、もういいの?」


 ラウがちょっと不満気に聞くとローナはこう答えた。


「うん、(わたし)ったらちょっとおかしくなっちゃってたみたい。今すごく恥ずかしいの……それと迷惑かけてごめんね?」


 おそらく平常心を取り戻したのであろう。子どもっぽさが完全にぬけて、穏やかな雰囲気の美人お姉さんに戻っている。

 そして、謝るローナを見て俺とラウは顔を見合わせる。

 すると、ラウがひそひそと小さな声で話しかけてきた。


「ねぇ、おにーさん。ローナさんって本当はこんなにお姉さんな喋り方だったの?」


 どうやらローナの話し方や雰囲気が変わったのが気になったらしい。


「おう、そうだ。むしろさっきまでのローナは初めてだ。」


「な、なんだ……よかったぁ……。」


 肯定するとラウは肩の力がぬけたらしくソファに背を預けた。


「?、二人でどんな話をしているの?」


 ラウが見せた挙動にローナは疑問を抱いたらしい。


「いや、ローナの様子が変わったからこれがいつも通りのローナだって教えてた。」


「お願いだから掘り返さないで///」


 本当に恥ずかしそうに言うローナに俺は思った。


 (うん、これは完全に元に戻ったな。)


 そして一つ彼女に聞きたいことがある。


「掘り返すなと言われた矢先で悪いんだが、どうしてあんな風になってたんだ?」


 理由が聞きたい。前に会った時も若干幼児退行した事があったが、ここまで酷くはなかった。


「そ、それは……」


 俺が聞くとローナは両手の人差し指をツンツンと突き合わせながら気まずい空気を醸し出す。


「言いたくなかったら別に言わなくてもいいぞ?」


 俺は基本的に無理強いしない主義なのだ。必要な時は躊躇なくやるが。


「は、恥ずかしいけど言うわ……。」


 だが、彼女は答えてくれるようだ。


「その…う……」


「う?」


 言いかけてやめるのはすごく気になるからやめてほしい。


「……嬉しかったの……久しぶりに会えたから、その……舞い上がってたのよ。」


「…………。」


 こんな事を言われて俺はいったいどんな顔をすればいい?誰か教えてくれ。


「お、おう、ありがとな。」


 結局どんな顔をすれば良いかわからず、そっぽを向いて返事することしかできなかった。


「おにーさんが珍しく照れてる。」


 ラウが ふふ っと微笑みながら茶化すように言った。


「そりゃこんなこと言われて嬉しくないわけないだろ。」


 逆に言えばこれまでローナがどれだけ孤独だったのか、その証拠であることになる。


「へー、おにーさんはローナさんみたいな人が好みなんだ。」


 ラウは足をぷらぷらさせながら俺に聞いてくる。


「いや、誰だってこれは嬉しいだろ。あと別にローナみたいな人だけがタイプってわけじゃ……。」


「否定はしないんだね……でも、それってほんとう?」


 なかなか疑り深いやつだ。ならば、約束の事を軽く引っ張り出そう。


「嘘はつかん。」


「へぇ……じゃあわたしは?」


 やっと納得したかと思えば今度はそうきたか。

 ついさっきのこと忘れたわけじゃないよな?なんでこんな短期間でそんなこと聞けるんだ?


 俺が先ほどの出来事を思い出しながらラウの顔を見つめる。


「……。」


「ねぇ、どうして黙ってるの?」


 ラウが頰を少し膨らませて不機嫌な事をアピールしてくるが、正直言って彼女も十分すぎるほどに美少女だ。


「まぁ……うん、可愛いよな。」


「それってつまり大丈夫ってこと?」


「……。」


 肯定する為に コクリ と一度頷くとラウはにやにやと笑みを浮かべながら俺の頰をつつく。


「ふーん、そっかー……おにーさんはわたしでも大丈夫なんだねー。」


「……。」


 非常に腹立たしいがこればっかりは否定できない。

 その後はラウにしばらくの間いじられ続けた。



 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



「ようは友人と久しぶりに会えたからはっちゃけてた、ってことだよな。」


 《その理解で問題ないかと。》


 俺の考察にシュティが同意してくれる。


「可愛いよなぁ……あいつ。」


 《やはり、あのような方が好みなのでしょうか?》


 なんとなく思ったことを呟くとシュティが聞いてくる。


「……正直に言うとわからないんだ。」


 《そうなのですか?》


「ああ。」


 そう、実のところ俺はローナみたいな人が好みなのかどうかはっきりとはわかっていない。


 《その理由、お伺いしても?》


 シュティの問いに対して俺は少し想い出を話すことにした。


「……俺には好きな人が居るんだ。」


 思い出すのは『あの人』のこと。

 いまだに忘れることのない記憶の一つ。


 《……。》


「その人は俺の恩人でさ、すっげえ美人だったんだよ。

 綺麗な黒髪と瞳に高い身長、モデルみたいにすらっとしててな。俺なんか絶対につり合わないって一目でわかるような人だった。

 でも、俺はその人に育ててもらったんだ。」


 それは懐かしい想い出。泡沫(うたかた)の恋。


「その人は俺の母方の叔母にあたる人でな?なんでその人に育てられたかっていうと、俺が小学校6年の時に両親が事故で死んだんだ。」


 現実の非情さを知ったあの日の出来事。

 それは一瞬だった。


「で、親戚の家も定年した人たちばっかで俺を引き取ろうにも引き取らなかったんだ。


 けど、そんな中で一人暮らしをしてたあの人に引き取られた。信じられるか?まだ20代の女の人がだぜ?しかも、清楚系の超美人。


 そんで、引き取られてからはあの人と三年くらい過ごしたんだ。」


 《……。》


 シュティはただ黙って話を聞いてくれている。


「って、話がずれたかな……まぁ、それで色々あったんだけどさ。俺はその人の事を女性として好きだったんだ。でも……」


 《どうされたのですか……?》


 俺が少し黙りこくったのが気になったのだろう。

 俺は上を向いて目から出るナニカに気づかないフリをする。


「あの人も俺の前から姿を消した。」


 本当に突然だった。


 《っ!申し訳御座いません。》


 シュティが何かを察したように謝ってくるが


「ああ、別に気にするな。その人は死んでないから。」


 多分、シュティが思っている事とは違う。


 《ありがとうございます。》


「おう。」


 はは、よくよく考えるとスキルと話しているというのもおかしなものだ。


 《それで、その、先ほどの話なのですが……。》


 シュティが話の軌道を戻す。


「ああ、そうだったな……似てるんだ、あの人に。」


 《似ている……とは?》


 シュティのその疑問にはどう答えるべきか……これはかなり形容しづらい。


「まぁ、強いて言うなら見た目とか真面目な時の雰囲気とかかな。」


 《そう、ですか。》


「ああ、だから俺はローナの事を『あの人』に重ねているんじゃないかと不安になってな。」


 《……左様ですか。》


 俺は自虐的に笑いながら言った。


「おう。まぁ、笑ってくれ。過去に囚われて抜け出せないマヌケだってな。」


 《いえ、そんな事はありません。主様は優しく素晴らしいお方です。》


 俺は優しいスキルに感動する。


「ありがとな。」


 だが、シュティには悪いが俺の中でこれは揺らぐことのない事実だ。


「……。」


 《ところで主様。》


 俺が ボー っと湯船に浸かっているとシュティが話しかけてくる。


「ん?どした?」


 《本当に良かったのですか?》


「なにが?」


 いまいち要領をえない質問に頭をひねっていると、シュティが核心を突いてきた。


 《ローナ様とご一緒する事です。》


「ああ、それか。」


 どうやら聞いてきたのはさっきのやりとりのことだったらしい。

 とは言ってもローナが風呂に入る前のやりとりのことだ。


「流石に理性をあれ以上削られたら後戻りできなくなる事態を引き起こす自信がある。」


 《左様ですか。》


「おう、シュティなら俺の今の状態をわかってくれるだろ?」


 《はい、発情しておられますね。》


 うん、そうだよ?でもね?


「はっきり言うなよ……わかってても他人から言われるとなんか嫌だ。言い方も生々しいし。」


 《申し訳ございません。》


 申し訳なさの滲む声色で謝ってくるシュティに


「別にいい、気にすんな。」


 さらに責め立てることなどできない。


 《有り難き御言葉。》


 その言葉を聞いてさっきの会話の事を思い出す。


「ふぅ……まさかローナが一緒に風呂入ろうとか言い出すのは流石に想定外だったな。」



 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



 ー数時間前ー



 やっとの思いでラウのいじりから抜け出した後、少し寝ようと思って昼寝すると見事に夕方まで寝過ごしてしまった。


 俺は夕飯を用意し、全員食べ終えたのでその片付けをしていた。


「タケシ。」


「んー?どしたー?」


 皿を洗っているとローナに後ろから声をかけられた。


「なにしてるの?」


 横から ひょこ っと顔を出した彼女は俺の手元を見ながら質問してくる。


「なにってそりゃあ皿洗いだよ。」


 見ればわかるその光景にローナは疑問符を浮かべる。


「どうして?」


「どうしてって言われてもなぁ……必要だからとしか。」


 皿を洗う手を止めずに俺は答える。

 ちなみになぜ皿洗いをしてるかというと雑念とか煩悩も一緒に流れてくれないかなー、って思ったから。


「タケシの魔法で出したものなら同じ魔法で消すこともできるよね?」


「うぐっ……」


 当然のごとくすぐに痛いところを突かれた。


「まぁ、ほら、あれだ……たまにはいいかなって思ってさ。」


 とにかく何とかして理由を見つけようとするが、これといった理由が思いつかなかった。


「ふーん……」


 俺の答えに満足しなかったらしく、表情を変えずに俺の顔を注視するローナ。


「俺の顔になんかついてるか?」


 冷静を装ってはいるが彼女は控えめに言って超美人だ。もの凄い緊張する。

 なんでこういう時に限っていつも以上に魅力的に映るのだろうか?


 そんな事を考えて自分を誤魔化していると彼女は目を細め、嬉しそうな笑顔を見せて言った。


「なんだか夫婦みたい。」


「へっ……?」


 その衝撃的な一言に俺は思考停止し、皿を洗う手も止める。


「だって、今ここにいるのはお皿洗いしてるタケシと(わたし)だけなのよ?それって夫婦みたいだなって思ったの。」


「……。」


 恥ずかしいことをしれっとのたまった彼女にはもはや言葉もない。あと、ラウを忘れないであげてくれ。


「ねぇ、どう?」


 ローナを直視出来ずに横眼で確認すると彼女はいたずらに成功したような笑みを浮かべていた。


「そうか、それは嬉しいね。俺の嫁さんがこんなに美人なら誇らしいな。」


 目線を下に戻し、また皿を洗う手を進め始めながら俺も負けじと反撃する。


「〜〜〜っ!」


 するとあっさりと決着がついた。

 ローナのいる方向から ボンッ と奇妙な音が聞こえた気がするが、気のせいだろう。


(自分から言い出したことだろうに……)


 そう思い、俺は気にしないことにして皿を洗い続けていた。


「よし、終わりっと。」


 皿を洗い終えて乾燥機にかけ、ソファに移動する。ちなみにローナは台所で機能停止中だ。


「おにーさん、お風呂ありがとー。」


「おーう。」


 ソファに座ると同時にラウが風呂から戻ってきた。


「お風呂って贅沢だねー。あんなにたくさんのお湯を沸かして入るんだもん。」


 何度か入っててもいまだにそう思うらしい。


「そうだろ?贅沢の極みだ。」


 俺はそれを笑いながら肯定する。

 実際あの規模の風呂は俺も豪華だと思っているのは胸にしまっておこう。造ったのローナだし。


「うん、あとお水もらうねー……ってなんでローナさん立ちつくしてるの!?」


 とことこと台所に歩いていったラウから悲鳴のような声が聞こえてきた。


「ああ、それ自業自得だからほっといていいよ。」


「そ、そうなの?」


「おう。」


 コップに水を注いでから俺の方に来たラウがチラチラと台所を気にしながら俺とは反対側のソファに腰掛ける。


「そういえばおにーさん……」


「ん?どした?」


「話があるんだけど。」


「……なんだ?」


 なにやら真剣な表情をしているので俺も真面目に聞くことにする。


「あのね?……えっと……」


「……。」


 なにやら言いずらそうな雰囲気を醸し出しているので黙って待つ。……コーヒー飲むか。


「その……」


「……。」


 俺がコーヒーを出して啜っていると、ラウは何度か口ごもった後に意を決したように口を開いた。


「わたしと「タケシ!」


「……。」


 しかし、神がかったタイミングで妨害が入った。もはや狙ったとしか思えない。


「あのね、良いこと思いついたの……どうしたの?なんで私を睨んでるの?」


 うん、流石にちょっと空気読もうか?


「頼むから今は大人しくしててくれ。」


「あっ、うん。」


 俺が若干怒り気味という事を察したらしく シュン と身をすぼめた彼女は一気に静かになった。

 この素直さは彼女の美点だろう。


「ありがとな。」


「うん、私こそごめんね?」


 俺が礼を言うと彼女はそれにこたえながらソファに座る。言うまでもなく俺の隣に。


「ああ。……それで何の話なんだ?ラウ。」


 彼女を落ち着かせてからラウに向きなおるが


「……ううん、やっぱりなんでもない。」


 どうやらローナには聞かれたくない話らしい。


「そうか?」


「うん、あんまり大事なことじゃないからローナさんの方を優先してあげて。」


 彼女はそう言ってローナの方へと視線を向けた。


「わかった。で、ローナはなにを思いついたんだ?」


 ラウと同じように俺もローナに視線を移して聞く。


(わたし)まだお風呂入ってないの。」


 返ってきた答えは思いついたというより思い出したような内容だった。正直だからなんだっていう……。


「それだけ?」


 俺が彼女に聞き返すと


「ううん、だからタケシと一緒にお風呂入ろうと思って。」


「ブッッ!」


 とんでもない爆弾を投下した。


「だ、大丈夫!?」


「あー……おにーさん頑張ってね?」


 いきなりなに言い出すんだ!?コーヒー吹いちまったじゃねぇか!

 ローナよ、心配してくれているのは嬉しいが原因は君だ。あとラウ、お前はローナを止めなさい。


「……大丈夫だ。問題ない。」


 ローナが幼児退行から元に戻ったと思ったらこれだ。やっぱり、まだ元に戻ってないんじゃないか?


「ねぇ、どう?」


 いい笑顔で聞いてくるローナ。


「ダメ。」


 とにかく彼女の提案は却下だ。


「いい案だと思ったのに……。」


 ローナは非常に残念そうにしているが、俺も残念だよ。


「……。」


 俺が取り出したタオルで吹き出したコーヒーを拭いているとローナは シュン としたまま黙っている。


「また今度な。」


 あ、やべ、しくじった。あんまり落ち込んでいるのでいたたまれなくなってつい口走ってしまった。


「本当!?」


 キラキラと目を輝かせるローナをもはやこれ以上落胆させるわけにもいかないだろう。


「……ああ。」


「わかったわ、楽しみにしてるね。」


 そう言うと彼女は風呂へと向かっていった。


「はぁ……。」


 俺がため息をついていると


「あはは、けっきょく約束するおにーさんってばやっさしー。」


 ラウがまたもや茶化すように言ってくるが、反論する気にもなれない。


「で?話って結局なんだったんだ?」


 それよりさっき言いかけていた話のことだ。


「えっと、それは……。」


 ローナも居なくなったので続きを聞こうと話を戻そうとすると、ラウは目線を泳がせて口ごもる。


「ローナに聞かれたくなかったんじゃないのか?」


 ラウの様子に不信感を抱いた俺は少し追求してみることにした。


「そうなんだけど……やっぱり大丈夫だよ。」


「本当に?」


 再び確認をとる。


「うん、だから気にしないで?ありがとね、おにーさん。」


 だが、本人はあまり言いたくなさそうにしているのでこれ以上は酷だろうとやめることにした。


「そうか、なら俺も気にしないことにするよ。」


「うん、ありがとね。」


 そう言うとラウは立ち上がり


「今日はもう帰るね。」


「了解、気をつけてな。」


 帰っていった。



 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––



 最終的にラウの話を聞くことは出来なかった。


「なにを話したかったんだろうな。」


 《(わたくし)にはわかりかねます。》


 流石にシュティも誰かの頭を覗くことはできないらしい。


 《いえ、出来ますが。》


 なにそれ怖い。


「あ、そうなんだ……まぁ、別に無理に聞き出したりするのも悪いしな。ましてや勝手に頭の中を覗くとかもっとダメだろ。」


 《やはり主様はお優しいですね。》


 さっきの自虐ネタのせいなのか、シュティがいつも以上に持ち上げてくる。


「それをできるのにやらないシュティだって優しいだろ。」


 《勿体無き御言葉。》


「相変わらずだな……。」


 シュティは少し自身を過小評価しすぎているのではないだろうか?


 《主様に言われたくありません。》


 俺がそんなことを思った矢先にシュティが少し ムッと した声で意見する。


「そこは素直なんだな。」


 《申し訳ありません。ですが、主様も少し自身の評価を改められては?》


 ……どちらも譲る気はないようだ。このままでは平行線だが、別に火急の案件というわけでもないのでそのうち解決するとしよう。


「それはそうとして、今日のラウの様子を見てシュティはどう思った?」


 《そうですね……どことなく気を使っているといいますか……いつもより少し距離を感じるような態度だったかと。》


「やっぱそう思うか。」


 どうやら俺と同じ感想らしい。


「さてと、そろそろ上がるか。長湯しちまった。」


 若干のぼせてきたので風呂を上がることにした。


 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


「ふー、いい湯でしたねーっと。」


「あ、タケシ上がったのね。」


 俺がリビングに戻るとローナがソファに座って紅茶を飲んでいた。


「おう、にしても優雅だな。」


 俺は笑いながらそう言うと


「そう?」


 ローナは首をかしげながら聞き返してくる。


「そうだろ。」


 俺が肯定した後、コップに水を入れて飲んでいると


「ガウ。」


 フェルが俺の足下にきた。


「んー、どした?」


「ガウ。」


「だめだ、さっぱりわからん。」


 いつもならなんとなくわかるのだが、今回は何をしてほしいのかまったくわからない。


「撫でてほしいのか?」


「クゥン。」


 フェルが首を振って否定する。

 こうなったら手当たり次第に候補を潰していくことにしよう。


「飯は……違うな、水か?」


 水を取り出して聞いてみる。


「クゥン。」


 違うらしい。


「うーん……じゃあなんだ?」


「クァ……」


 俺が見当もつかずに困っていると、フェルがあくびをした。


「眠いのか?」


「ガウ。」


 どうやらフェルはおねむらしい。しかし、そうなるとますますわからない。


「寝床は用意してあるだろ?」


「クゥ。」


 フェルは耳を下にさげてその翡翠色の瞳で何かを訴えるように ジッ と見つめてくる。


「……寝床が気に入らないのか?」


「……ガゥ。」


『そうだけどそうじゃない。』そんなニュアンスでフェルが鳴く。


「どうしたもんかね……フェル、行動で表すことはできるか?」


「!、ガウ!」


「できるんだ……。」


 駄目元でフェルに無茶振りすると尻尾をブンブン振って元気に返事をした。


「よし、じゃあやってみてくれ。」


「ガウ。」


 俺がそう言うとフェルはおもむろにリビングの扉の方へと歩き出した。

 ついでにサティの方を見ると、サティは普通に寝てた。


「?、そっちに行きたいのか?」


「ガウ。」


「了解。ローナ、ちょっとフェルの新しい寝床用意してくる。」


「わかったわ。」


「よし、じゃあ行くか。」


「ガウ。」


 ローナに一言断りをいれてからリビングの扉を開けてやると


「階段……?二階か。」


 フェルは階段まで行き、上っていく。

 二階にたどり着くととある部屋の前で立ち止まった。


「ここは俺の部屋だな。」


「クゥン……。」


 フェルは頭を俺の部屋の扉に擦りつけながら何かを表現する。

 そこで俺はやっと気がついた。


「あぁ、俺の部屋で寝たいのか?」


「!、ガウ!」


「そうかそうか。なるほどな、ういやつめ。」


 俺はフェルを撫でながら笑みを浮かべる。思っている以上に懐いてくれているようだ。


「ほい、どうぞ。」


「♪」


 少しの間撫でてから部屋の扉を開けるとフェルは部屋に入っていった。るんるんと鼻歌が聞こえてきそうなほどだ。


「俺も今日はさっさと寝るか。フェル、ここでちょっと待っててな。」


「クゥ……。」


「って寝てるし……しかも俺のベッドかよ。いいけどさ。」


 よほど眠かったらしく、フェルは部屋に入ってすぐに俺のベッドで眠っている。


「ローナの部屋は……本人に決めさせるか。」


 とりあえずリビングにおりる。


「ローナ、俺はもう寝るから寝るときは好きな部屋使ってくれ。」


「うん、わかったわ。」


「おやすみー。」


「おやすみなさい。」


「あ、そうだ。」


「どうしたの?」


 くつろいでいるローナに声をかけて二階に上がろうと思ったのだが、一つ言い忘れていたことがあった。


「俺の部屋はナシな。」


 なんなとなく言っておいた方がいいと勘が働いた。

 すると、ローナは ビクッ と体をはねさせて


「だ、だめなの?」


 おずおずといった様子で聞き返してきた。


(やっぱ言っておいて正解だったな……。)


 彼女の今日一日一連の行動は少しスキンシップの度が過ぎると思ってはいたが、まさか同衾(どうきん)まで企んでいたとは……。


「そりゃだめだろ。」


 呆れ混じりに俺が言うと


「どうして?アニメなら友達同士でもやってたのに……それにあの子もそれくらい普通だって。」


 ローナ気になる単語を口にした。


「ちょっと待て、今なんて?」


「え?友達同士でやってたのにって。」


「その前と後。まず前の方から。」


 俺が急に食いついたことにローナは戸惑っている。

 だが、俺は今日の彼女の行動の原因が判明しそうな気がしていた。


「アニメでは、って言ったけど?」


「あー、うん、なるほどな。」


 彼女が口にしたのはまさかの日本が世界に誇る文化である。それでちょっと過激なことをやろうとしたのか。


「あの後は?」


「あの子って言ったけど?」


 不思議そうに首をかしげながら言うローナ。


「あの子って一体誰だ?」


 だが、俺には『あの子』が誰なのかわからない。


「あ、そっか。タケシは知らないのね。」


 すると、ローナは ぽん と手を打って一人納得している。


「おう、わからん。」


「その子はね?私の直属の子で、この世界を管理する神様の一人を担ってもらってる日本のアニメがとっても好きな子なの。」


 なるほどな。だから、ローナは妙にスキンシップが多かったのか。

 ていうか、神様もアニメ好きなのか。日本すげぇな。


「それでこの世界では【希望の女神】って名乗ってるわ。」


「うっそん……。」


 まさかの創神教三柱の神の一柱である。

 もしこれを信者の人たちが知ったらどうなるんだ?……あれ、ちょっと待てよ?まさか……?


「なぁ、まさか創神教の創造神ってローナ?」


 さっきローナが『直属の子』と言ったことや、かつて『その世界の方が都合がいいから。』と言っていたことを思い出したのだ。


「……うん、恥ずかしいけど、そうなの。」


 俺の疑問にローナは頰を少し染め、うつむきながら肯定した。


「マジですか。」


「うん。」


 いきなりのカミングアウトの衝撃についていけない。


「まぁ、いいや。どうせ友人であることには変わらないし、これからもそれは変わることはないしな。」


 だが、だからなんだという話だ。正直なところ俺にとってはどうでもいい。


「ありがとう。そんなことを言ってくれるのはタケシだけよ。」


 ローナは微笑みながらそう言った。


「そうかい、なら良き友人になれるよう努力するよ。」


 俺は笑いながら返す。


「よろしくね。」


 彼女の安心したような笑顔は非常に目の保養になる。


「おう、よろしく……そんじゃ、今度こそおやすみ。」


「うん、おやすみなさい。」


 そうしてリビングを後にすると、俺は自分の部屋へと戻っていった。




作者「頑張ったぜよ。」


隊長「何気に一万字超えたな。」


作者「書くことがわんさか出てきたからな。」


隊長 「それは重畳。」


作者「あと、主人公の過去ですが細かくはもう少しで明らかになります。」


隊長「察しのいい方は……わかるな?」


作者「やめなさい。」


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