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シフト・ワールド  作者: 火鈴あかり
第二章
5/20

- 05 - 『何気ない日常』

 ――次の日。

 天気は快晴。金曜っつーことで、気分も上々。今日さえ終われば、明日からはゴールデンウィーク。腰を据えて破損したデータの復旧に入れるからな。

 いつもと違うことがあるとすれば、マスコットモードで表示が小さくなったアイが、そこらを飛びながら興味深そうに街並みを見ていることか。見るもの全てに興味津々といった様子のアイは、いままでのおとなしい雰囲気と違って、どこか微笑ましい。


「ワールド、あの路上を走る機械はなんでしょうか?」

「あれは――」


 微笑ま――


「ワールド、あの道に設置された機械はなんでしょうか?」

「あれは――」


 微――


「ワールドワールド、あの建物は――」

「……だーもうッ! すこしはおとなしくしてろよッ!!」


 ――微笑ましいにも限度があるだろッ!

 自動車やら自販機やらコンビニやら、当たり前のもんをいちいち聞かれても答えにくいんだよ。グーグル先生かウィキペディア先生に聞いてくれ。


「つか、なんも覚えがないのか?」

「はい。目覚めた時のワールドの部屋もでしたが、見覚えないものばかりで、とても新鮮です」


 ……そういや、俺が帰ってきた時、居間をウロウロしてたな、コイツ。

 記憶が消えちまったっつっても、一般教養レベルの知識すらロストしてるのは、さすがに考えにくいっつーか……って、ちょっと待てよ。


「なぁ、お前……データベースにアクセスしてないのか?」

「……はい? そのデータベース、とは?」


 やっぱ知らないのか。首を傾げるアイに、知ってるうろ覚えな情報を伝える。


「えーっとだな……AIのベースになるサーバーがあるんだよ。一般教養といったベースの知識が蓄えられたデータベースがな。AIはそのデータを基に、各々知識を蓄えて学習していくんだが……」

「私はその情報にアクセスしていないため、知らないことばかり、ということでしょうか」

「まぁ……その通りなんだが…………いや、本当にそれだけか?」

「……?」


 いや、そもそも、コイツはAIなのか?

 ホログラムとしても、AIとしても、コイツは挙動がおかしい。俺のメモリーにデータが保存されているわけでもないのに、俺と一緒についてくることができるし、自分自身でデータの復旧を行ってたし。シフト起動中しか見えねぇし、触れることもできねぇから、暫定的にホログラムとして扱っているが……根本は別物なのかもしれない。


「………………ま、考えても仕方ねぇか」


 ぶっちゃけ、俺が考えたところでわかりっこねぇしな。

 当面の問題はデータの復旧。よくわからん超常現象の解明は……アイが何か思い出すまで放置でいいよ。とりあえず、来週の日曜までには俺のホログラムのデータだけでも復旧しないとな……っと、あれは――


「おっす、おはよ、風音。それとエメ」

「あ、おっはよー、けーちゃん。今日はアイちゃんも一緒なんだね?」

「きゅう!」


 相変わらず元気なヤツだな。特にエメ。

 だが、そんな日常のやりとりに戸惑ってるヤツが、ここに約一名。


「ハロー、ワ――……わ、ワールド、こういう時はなんて呼べばいいのでしょうかっ?!」

「普通に名前で呼びゃあいいだろ、風音って」

「そ、そうですか。アクセプト。……ハロー、風音」


 どこか違和感を覚える挨拶に、俺も風音も苦笑いを浮かべる。ハローは固定なのかよ。


「あはは……普通に『おはよう』って言ってくれればいいのに」


 んなわけで、いつもの雑談にアイを交えて、学校へと歩いていった。


「そういやけーちゃん、昨日の通信障害、大丈夫だった?」

「通信障害? ……あぁ、そういやお前が昨日放送してたラジオ、機材トラブルかなんか知らんけど、途中で放送が切れたりしてたな。あれ、障害だったのか」

「うん、街全体が軽微な通信障害だったみたい。今朝ニュースになってたよ」

「へぇー………………って、はぁッ?! この街全体?!」

「うん、けーちゃんは大丈夫だった?」

「大丈夫もなにも、俺はネット使ってなかったしな。……でも、街全体……?」

「ん、何か気になることあるの?」


 顎に指をあて、唸り声を漏らす俺に、風音が首を傾げる。そんな素朴な疑問に、俺は首を横に振って答えた。


「いいや、何も。……ただ、なーんか嫌な予感するんだよなぁ……」

「……けーちゃんの嫌な勘って、よく当たるよね……」

「その言い方、俺が死神みたいに聞こえるからやめてくれよ。勘なんてそんなもんだろ」


 悪い方が当たると記憶に残りやすい現象を――なんつったっけ。まぁあれだ、忘れたけどそういうもんだ。俺の勘なんて、実際の的中率は人並み程度だろ。


「ワールド、話の途中に申し訳ありません。あそこに集まっている人はなんなのでしょうか?」

「んー? あっ、あそこはね、バス停なの。みんなバスが来るのを待ってるんだ」

「……バス? とはなんでしょうか?」

「え、えーっと……交通手段で、大型の乗用車って言えばわかるよねっ? トラックみたいなの!」

「……トラック? それはなんですか?」


 ……でも、昨日あった通信障害、か。どうも気になるな。

 というのも、アイが現れた時に起きた通信障害と、どこか重なって考えちまう。そのせいで、街全体という規模の通信障害が、どうも何かの前触れにしか思えなかった。


「え、ええっと……けーちゃんも黙ってないで答えてあげてよーっ!?」

「……っと、悪ぃな、んじゃお先ぃ」

「逃げるなぁーっ!!」



    ◆ ◆ ◆



 あれから数時間経って、時刻は休み時間。

 適当に昼飯をすませた俺は、旧型の携帯ゲーム機を起動する。こないだから妨害に妨害を重ねられ、家じゃデータ復旧の準備やら宿題やら、結局倒せてねぇんだよ。今日こそぶっ倒す。


 ちなみにアイだが、インターネットブラウザの起動方法を教えて、自分で調べろってグーグル先生にぶん投げた。お陰で静かになって、今は隣で黙々とネットサーフィンを楽しんでいる。


「ワールド、あちらのお二人は何をしてるんですか?」

「ん? 誰だよ?」

「あの二人です、ホログラム同士が戦っているように思えますが――」


 そう言って指差した方向では、マスコットモードと化した小さなホログラムが、テーブルの上で対戦している。……別に珍しい光景でもなんでもないが……あぁ、そうか。知らないのか。


「あれな、シフト・ワールドっつーARゲームだよ」

「ゲーム、ですか?」

「そ。簡単に言ゃあ、育てたホログラムを戦わせる対戦ゲーム。あいつらがやってんのはテーブルの上をフィールドにしたリトルバトルだけど……そこから校庭見てみろよ」

「……校庭?」


 俺の言葉に従うように、窓から校庭を見下ろすアイ。

 それを追いかけるように、携帯ゲーム機を片手に、俺も同じように見下ろすと――そこでは、いつものようにシフト・ワールドで遊んでいる学生がいた。教室で遊んでいるヤツらと違うのは、ただ一点。それは――


「ワ、ワールドっ! あんなモンスター同士が戦って――え、だ、大丈夫なんですかっ?!」

「ホログラムだからな」


 ――等身大での迫力満点のバトル、っつーわけだ。AR機能ならではの演出だな。

 俺達プレイヤーが実際に指示を行いパートナー達と戦う、拡張現実の機能をフルに活かした次世代ゲーム……っつーには結構時間が経ってるけど。ただのゲームがここまでの社会現象になったのは、国による普及活動もあるが――この迫力を体験できるの一言に尽きる。


 見下ろしている先では、勇敢な騎士と、巨大な悪魔によるバトル。

 指示ひとつで悪魔が黒いブレスを辺りに撒き散らせば、自身の判断で騎士は盾を構え、ブレスを真正面から受け止める。止んだタイミングで切り込んだ騎士と、鋭い爪で応戦する悪魔。

 いまや珍しい光景でもなんでもないが、発表当時は大層なキャッチコピーと共に、全世界を沸き立てたもんだ。いまのこいつみたいにな。


 ゲームのクエストの事前準備をしながらアイの様子を見ているが、窓に張り付いて目を輝かせているこいつは、何も知らない無垢な子供のようにしか見えないな。


「あの、ワールド。ワールドもデータが消える前はこのゲームをやられてたんですよね?」

「……まぁな」

「その……ワールドはどんなモンスターを使っていたんですか? 私、気になります」


 純粋な好奇心。あと、若干の後ろめたさ、か。

 複雑そうな顔を浮かべるアイに、「そうだなぁ」と、ゲームをプレイしながら語り始める。


 ――例えば、リーダー。機械仕掛けの巨龍のことを。

 ――例えば、アタッカー。両刃斧の戦機兵のことを。

 ――例えば、サポーター。草花を操る樹精霊のことを。


 自慢のモンスターのことを、アイに色々話していった。プレイしているゲームのリアクションを交えながら。……ねーわ、いまのコンボ卑怯過ぎるわ。


「……っと、あと使ってたモンスターっつーと……あぁ、そうだ、エメもだな」

「エメ? 風音が連れていた、あの小動物ですか?」

「そう、あいつな。元々は俺のパートナーだったんだよ。今は風音んとこにいるけどな」

「……その、想像できないのですが……あの子、戦えるんですか?」

「もち。あんな見た目の癖に地味にプライド高いから、あいつの前でその質問すんなよ。ふてくされるから」


 元々反抗的な小動物の姿を思い浮かべ、苦笑する。

 なんであんな子に育っちまったんかねぇ。……俺のせい、じゃねぇな。絶対。あいつの学習能力が悪い。間違いない。

 そうこうしている間に、全部位破壊も順調に完了。昨日みたく絶好調っつーわけじゃねぇが、ここまで一回しか死んでない。このペースならなんとか行けるか?


「……大切なパートナー、だったんですね」


 とか考えてると、横から自己嫌悪に包まれた声が響いてくる。思い出話を聞いたからか。

 だが、そんな落ち込む声を、俺は軽く一蹴する。


「おい、勝手に殺すな。データはまだ生きてんだから」

「……あれ?」

「プロテクトの方が破損しちまって、読み取れないだけだっつーの」


 データが死んでたら三日三晩は落ち込むわ。こんな気楽にゲームできねーっつーの。

 先日のチェックで、データが生きてることは確認が取れてる。破損状況もな。問題は、ホログラムのプロテクトが堅すぎて、データを復旧できないわけだが――


「ま、だから気にすんなよ。最悪、お前にロア達の代わりを務めてもらうからさ」

「ロア? の、代わりって――え、えっ?! わ、私が戦うんですか!?」

「そりゃお前しかいねぇしな。……ま、安心しろ。それは最終手段だから」


 俺としても、アイをバトルに巻き込むのは遠慮したい。勝てるか以前に戦えるか不安だしな。

 ……最終手段っつーのは、昨日の弓月の強制ハッキングに巻き込まれた時とか、そんなのだ。そうそうないだろ。つか、あってたまるか。



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