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シフト・ワールド  作者: 火鈴あかり
第一章
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- 04 - 『ホログラムの夢』

「うわ、ホントだ。思っきし壊れてる」

「……これはひどいな、いったい何をしたらこうなるんだ?」

「俺に聞くな」


 思っきしぶっ壊れたパソコンを見つめ、感想を漏らす後ろ二人。

 破片は片付けたが、割れたままのディスプレイはそのままだ。大型ゴミの日はまだ先だしな。


「ねぇ、壊れたって言ってたけど……昨日、何があったの?」

「パソコンに届いたメールを削除しようとたら、なんかよくわかんねー超常現象が起きて、アイこいつが現れて、その結果、俺のパソコンとメモリーその他もろもろが犠牲になった」

「ふむ……なるほどな。昨日の通信障害は、恐らくそれが原因か」

「……通信障害?」


 俺の問いに、パソコンを調べていた弓月が「ああ」と答える。


「昨日の夕方頃、十数分程度だが、ここいら一帯で原因不明の通信障害があったんだ。辿ってみれば、原因がこの場所だった。だから私がケイの下に現れた、というわけだな」


 んなことあったのか。


「……さすがにこれは……物理的に復旧不可能だな。データをサルベージできれば、何か手掛かりになるかと思ったが……」


 パソコン本体のカバーを開き、ダメになったパーツを見下ろす弓月。

 あぁ、やっぱダメなのな。覚悟はしてたけど、データ全部消えるのか……クソッ。


「……仕方あるまい。その子に事件当初の詳しい話を聞きたいんだが、構わないか?」

「別に構わねぇよ。けど、あんま意味はないと思っけどな」

「む、どういう意味だ?」


 ベッドに座ったままの俺は、ひとつため息をつき、部屋の隅にいるアイを指差す。それを合図として、彼女はたった一言だけ呟いた。



「――メモリーロスト?」



「……は?」


 首を傾げる弓月に、やれやれと手をあげ、説明する。


「――っつーわけだ。……なんでも話を聞いた感じ、記憶が破損しちまってるんだよ。自分が何者なのか、どこからきたのか、何の目的できたのか……散々聞いたが覚えてねぇんだとよ」

「えっ、アイちゃん、何も覚えてないの?」

「はい。……お力になれず、申し訳ありません」


 覚えていれば、何か手掛かりがあったんだけどな。

 顔をしかめる弓月に、諦めろとジェスチャーを送る。無理なら無理で仕方ねぇだろ、俺だって聞けるなら聞きたいんだから。


「……仕方ない、か。ケイ。昨日起きた状況、その詳細を教えてもらいたい。できるかぎり詳しく。今後似たようなことが起きない、とは限らないからな」

「構わねぇけど……ちっと待っててくれ、ポテチ持ってくる」

「あっ、あたしコンソメがいい」

「きゅう!」

「わーったよ、ちょっと戸棚見てくるから」

「……その、あまりに気楽過ぎないか……お前達は……?」



    ◆ ◆ ◆



 ……

 …………

 ………………


っつーわけで、昨日起きたことを二人に話した。

 帰ってきてパソコンを起動すると、正体不明の文字化けしたメールが届いていたこと。

 そのメールを削除しようとしたら、いきなりパソコンが稲妻を発生させ、『ゲート』を作り出したこと。その『ゲート』の中からボロボロのアイが現れ、事態が収まったこと。あとは買い物に行って、帰ってきたら起きていたから、シフトのセットアップをしながら、こいつに色々聞いたこととか、まぁそんな感じだ。


「………………なるほど……そのメールが怪しいが、いまとなっては確認する術はない、か。アドレス、内容、届いた時間でもなんでもいい。覚えていることはないか?」

「ねーよ、長ったらしい半角英数字の羅列をあの一瞬に暗記なんかできねぇよ。内容は一行、それも文字化けしてて何も読めなかったよ。届いた時間なんか確認もしなかったし、夕方くらいってことしか覚えてねぇな」

「まぁ期待はしていなかったが……そうか」

「いちいち癇にさわる言い方しやがるな、お前」


 俺の言葉に、頭に疑問符を浮かべる弓月。

 ……無自覚なだけにタチが悪ぃな、こいつ。自覚があるタチの悪いヤツも世の中にはいるが。


「あぁそうだ。確かその時、スピーカーから声が聞こえてたっけな」

「声?」

「ノイズがひどかったけど、たぶんアイの声だと思う」

「私の、ですか?」


 なんだっけな。うろ覚えの記憶を辿るように、断片的に思い出す。


「確か……『ゲートを開く』とかなんとか。あとは、『もうどうにでもなれ』とか、ヤケクソ気味な声も飛んできてたよ」

「………………ふむ……ゲート、か……」


 俺の言葉に心当たりがあるのか、考え込むが――ふと、明後日の方向を眺めると、思い出したかのように立ち上がった。

「あぁ、すまない、そろそろ時間のようだ。捜査の協力、感謝する」

「え? ってうわ、ホントだ。もうこんな時間になってたんだ」


 ……あぁ、ウィジットの時計でも見たのか。気付けば外はだいぶ日も落ち、暗くなっていた。

 俺のパソコンを一瞥した弓月は、ため息を零し、何やら操作をしながら俺に話しかける。


「連絡先だけ渡しておこう。何か思い出したら教えてほしい」

「おう、たぶん期待には答えられねぇと思うけど」


 俺自身、この現象よくわかってないし。むしろこっちが教えてほしいくらいだ。

 まぁ一応、送られてきた連絡先は保存しとく。これから何も無いとも限らねーしな。


「……最後に。アイさん」

「なんでしょうか?」

「……本当に、何も覚えていないのだろうか?」


 念を押すような弓月の問いに、アイは黙って首を縦に振る。


「……そうか、すまない。できることならば、再び君達と出会わないことを祈ろう」

「それ、どういう意味だよ」

「む。君達がまた何か事件に巻き込まれないといい。そういう意味だったのだが――」


 わかんねぇよ。いや、そんな気はしてたけど。

 もうお前らの顔なんか見たくねぇ! って意味にも取れるからな、その言い回し。



    ◆ ◆ ◆



 ――というわけで、嵐は去った。

 俺の方もできることならもう会いたくないぜ。これ以上の面倒事はごめんだからな。


「あ、そういえば連絡先消えてるんだっけ? あたしのも送ろっか?」

「いいよ、覚えてたから手入力で入れ直したし」

「あ、そうなの?」


 お前のアドレス、覚えやすいからな。

 さっき送られてきた弓月のアドレスを見せてやりたい。パスワードじゃねぇのに英数字混合のランダム文字列だぞ。こんなの覚えられっか。


「つか、そろそろ帰らなくていいのか? 長いこと付き合わせちまったし、送るぞ?」

「だいじょぶだいじょぶ。このままスタジオ直行するつもりだし」


 あー、今晩ラジオ放送するんだっけか。

 スポンサーついてからは、本格的にスタジオ借りれるようになったとか言ってたな。確か。


「……ま、気をつけろよ。お前世間一般じゃ可愛い方なんだから、ストーカーとか特にな」

「ちょっ……からかわないでよ、もうっ!」


 いや、別にからかってるわけじゃねぇけどな。



    ◆ ◆ ◆



 んなわけで、風音を玄関まで見送って、別れを告げる。

 バタンと閉じた扉の向こうで、足音が去ったことを確認すると、改めて俺は口を開いた。


「行ったぞ」


 そんな声と共に、音もなく現れる人影。……いや、ホログラムに影はねぇか。

 玄関に現れた少女――あれからずっと最低限の言葉しか話してなかったアイに、俺は改めて声をかける。


「服、直したのな」

「破損していたので、完全に、とはいきませんでしたが……修復できる範囲で、はい」

「そっか。俺としちゃ、目のやり場に困らなくなって助かるわ」


 別の服を着せる、とかできねぇ……いやできねぇわけじゃないが、時間がかかるし。

 服がやぶけて肌が露出する、なんてお色気要素はゲームだけで十分だ。目のやり場に困る。


「今日はやけに静かだったな、どうしたんだよ」


 さっきまで、風音や弓月がいた時は、部屋の隅で必要最低限しか言葉を話さなかった。

 昨日、俺と二人ん時は……まぁ、そこそこ話してたんだけどな。


「……ごめんなさい。……なんて喋ったらいいか、わからなかった。……それだけです」

「………………」


 ああ、そうだったな。

 なんかよくわからんが、記憶を全部失った。最低限の意思疎通能力コアシステムは生きてるみたいだが、何も覚えてなきゃそりゃ口数も少なくなるよな。こいつがどんな意図でここに送られてきたのかはしらねぇが、なんか事件の核心っぽいし……気まずくもなるか。


「……ワールド。私は……ここにいてもいいのでしょうか?」

「……ぁ?」


 台所に歩き、適当に渇いた喉を潤すため、冷蔵庫からコーラを取り出していると――どこか寂しげな声でアイが話しかけてきた。どこか負い目があるのか、目線を逸らしつつ、彼女はぽつぽつと内心を打ち明ける。


「……ワールドは、事件とは無関係の……ただの一般人です。私がここにいたら……また、これからも……迷惑をかけることになってしまいます」

「んっ、んっ……ぷはぁ。………………ま、そうだな」


 否定はしない。実際その通りだしな。コーラを飲み、苦笑いを返す。


「…………だから、私は――」

「でもな、既に十分迷惑はかけられてんだよなぁ」


 紡ごうとしたアイの言葉を遮るように、不敵な笑みを浮かべ言葉を続ける。


「今更なんだよ、ったく。どうせ行く宛もねぇんだろ」

「……です、けど」

「だったら今は素直に甘えとけ。何か思い出すか、パソコンの金払うまではな。……で、言いたかったことはそれだけか?」


 ――沈黙。

 いや、何も言わないあたり、なんかあんのか。……まぁいいか。


「ま、無理には聞かねぇよ。そのうち風音のラジオも放送されるだろうし、それでも聞きながらゲームでも……って、あぁ……そういや宿題なぁ、やんなきゃいけねぇよなぁ……」


 んな事をぼやきながら、部屋に戻ろうとした、その時だった。


「……夢を、見たんです」

「……夢?」


 アイが、その口を開いたのは。

 訝しげな表情を浮かべ、振り向いてみると――どこか身体を震わせ、何かに怯えるようなアイの姿があった。


「見覚えのある、知らない誰かが――黒い大きな影に、消されてゆく……そんな夢を」

「………………」

「最後に残っていたのは、私だけでした。……私の側にいる人みんな、不幸にしてしまうのではないか……そんな、夢を」


 ……ホログラムって、夢を見るのか?

 んな疑惑が頭を過ったが、まぁいいか。エメとかもはやAIとは思えない挙動するしな。


「安心しろ、んなのただの夢だろ。んなわけわかんねーもん、気にすんなよ」


 そんな夢を見たから、さっきは迷惑をかける、とか言ったのか。

 何を気に病んでんだか。と、一蹴したいが……覚えてる数少ない記憶だと思ったら、気にしちまうのも当然かもな。「……はい」と小声で答えるあたり、こりゃ重症だな。


「そうだ、明日は一緒に学校行こうぜ。家にいてもどうせ暇だろ?」

「……私が……その、学校? に……ですか?」

「嫌なら別にいいけど、外出た方がいい刺激になるかもしんねぇしな」


 俺の提案に少し悩んだアイは、やがてひとつ頷き、答えを返す。


「………………アクセプト。了解しました」


 相変わらず、複雑そうな表情を浮かべる彼女。……まぁ、こればっかりは時間が経たねぇとどうにもなんねぇよな。


「とりあえず、部屋戻って宿題しねぇとな……やりたくねぇなぁ……」



    ◆ ◆ ◆



 そんな、俺が部屋に戻った後の居間、ホログラムの少女は俯き、ただ小さく呟いた。


「………………ごめん……なさい……」


 それが、誰に対しての言葉だったのか。

 それが、どういった意味の言葉だったのか。

 言った本人にも、その言葉の意味は……わからないまま――



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