- 03 - 『AI-アイ-』
階段を駆け下り、先生の「廊下を走るなーッ!」という声を無視して、全力で逃げる俺達。
荒い息のまま、横にいる風音が質問を投げかける。
「はぁ……はぁ……ねぇっ! 何があったのっ!?」
「簡単に言うと、あいつの話は超タチの悪いドッキリだった、以上!」
「もっとわかるように砕いて説明して! 三行で!」
「それ、改行しなきゃ何文字使ってもい――「一行四十二文字で!」
俺のボケに反射的に対応する。つか、言葉で三行とかわかんねぇよ。四十二文字とかいちいちカウントできるわけねーじゃん。……まぁいいや。
「屋上にホイホイついていった俺は、二組の謎の黒髪少女に閉じ込められた。あいつの正体は実は警察らしくてな、俺の口を割らせるために脅迫してきた。素直に話さなかった俺は、あいつのゴーレムに襲われ、いまに至る。……ほら、これで三行くらいだよな?」
「素直に話せばいいじゃんっ!?」
「別に話してもいいんだけどな、急に襲われてムカついた。反省はしていないッ」
「えぇ……そういうとこ、けーちゃんの悪いとこじゃない?」
俺の丁寧で雑な説明に返ってきたのは、至極真っ当な正論だった。
そんな正論に返すのは俺の暴論。悪いクセだっつーのは否定はしないが、あいつのやり方はどうかと思うぜ。
「というかあのゴーレム、ホログラムだよね? シフトを切ればいいんじゃ――」
「できたらやってるよ! なんか強制的にロックされたみたいでスイッチ切れねぇんだよ!」
「だったらモンスターだして戦えばいいじゃん! けーちゃんのモンスターはどうしたの!?」
「あいつらは置いてきた、ハッキリ言ってこの戦いにはついてこれそうにな――」
「そういうボケはいいから!」
「……昨日データがぶっ壊れちまったんだよ! クッソ、いたらもう返り討ちにしてたわッ!」
「ちょっ、パソコンだけじゃなくてそっちも壊してたの!?」
「そっちもってゆーな! どっちも不可抗力だ、誰が好きで壊すか!」
呆れるような風音の声に、必死に否定の声を紡ぐ。シフトのメモリー、パソコン以上に大事なデータ入ってんだぞ。こっちが泣きたいわッ!
◆ ◆ ◆
んな俺達の必死の逃走もあってか、玄関に辿り着いた頃には、弓月を撒いたようだった。やっとこ息を落ち着け、靴を履き替える。
「はぁ……はぁ……つか、マジでナイスタイミングだったぜ。なんであのタイミングで来れたんだよ」
「……はぁ……ただの偶然、遅かったから、気になって見に行ってみたら、あんなことになってたから……はぁぁ、けーちゃん、最近トラブル起こさないと思ったのに……」
「おい、俺をトラブルメーカーみたいに言うな」
「事実でしょ? 素直に話せばこんなことにならなかったんじゃない?」
風音の正論にぐうの音も出ない。……まぁ色々トラブルに巻き込んでるのは否定しないが、それはお互い様だろ。お前も相当なトラブルメーカーなこと、俺だけは知ってんだかんな。
「というか、話せることなんだよね? どうしてそこまで意地になってるの?」
そんな風音の素朴な疑問に、そっぽを向いて口を開く。
「……意地になってるわけじゃねーよ。ただ、上手く言葉で説明できねーっつーか……とりあえず、あいつが来る前に帰ろうぜ。詳しい話は俺んちについてからするよ。……そっちの方が早いしな」
「……? どういうこと?」
頭に疑問符を浮かべ、首を傾げる風音を置いて歩き出す。
つーかこのロックされたままのシフト、どうすっかねぇ。電池が切れるまでこのままかよ。……つか、あいつも学校の生徒だったよな。明日もまたこんな感じで追いかけられるのか? そいつはさすがに勘弁――
「きゅうううううううう!」
「……ッ!! けーちゃん、上、上ッ!!」
「なんだよ風音――って、ぬわあああああああッ?!」
聞き覚えのある鳴き声。続いて風音の声で上を見上げ、さらに続けて屋上から降ってきた巨大な影に、大声を上げて逃げ出した。
玄関口一帯に轟音がシフトを通じて響き渡る。なんとか間一髪避けた俺は、土煙のようなエフェクトの中から現れた影に目を向けた。校門前に現れた、巨大な鉄の塊。弓月が召喚したゴーレムだ。……おいおい……マジかよ。
「逃げ切った、とでも思ったか?」
唖然とする俺の耳に響き渡る少女の声。二階から俺を見下ろす、弓月の声だ。
俺達がここから出てくるのを知っていたかのように、窓から飛び降りた彼女は――って、おいちょっと待て、そこ二階なんですけど?! そんな俺の心配も杞憂に、華麗に地面に着地した彼女は、屋上から降り立ったゴーレムの横に立つ。……人間かよ?
「……勘弁してくれよ、俺が何したってんだよ……」
「素直に白状しろ、そうすれば、これ以上危害は加えない」
既に十分危害を加えられてるんですが。
さて、どうしたもんか。隣でエメを抱える風音に目配せし、俺の目に気付いた風音が、呆れたようにジト目でこちらを見つめてくる。どうやら意図は伝わったらしい。
「しょうがねぇ……わかったよ」
「ふむ、急に素直になったな」
「いつまでも意地張っててもしょうがねぇし、意地張るようなことでもねぇしな。ただ――」
「……ただ?」
いまだ警戒を解かない弓月に、ヘラヘラと言葉を並べる。俺に注目を向けるように。
実際ここまで意地になるようなことでも、隠すようなことでもねぇが、ただな――
「――お前の態度が気に食わねぇ、ってわけで!」
「エメ! テンペスト・ブレス!」
「きゅ、うううううううううううッ!」
「……っ?!」
合図と同時。阿吽の呼吸とも言える流れで放たれる攻撃。どこに蓄えていたのか、めいっぱい息を吸い込んだエメが、目の前のゴーレムと弓月に向けて緑の息吹を放射する。
玄関周辺を覆い尽くす広範囲攻撃。もちろん、あの硬そうなゴーレムがこれ一発で沈むとは思えねーし、ただのエフェクトに過ぎねぇから、弓月の足を止めるようなものじゃない。だがな、あいつがゴーレムを召喚してる、っつーことは――ARをオンにしている、ってことだ。
つまり――直接ダメージを受けたプレイヤーは、衝撃を受けて視界が歪むようなダメージエフェクトを見ることになるんだよッ!
「……ぐっ?!」
そんな俺の予測が正しかったのか、攻撃エフェクトの向こうで目を押さえる弓月。してやったり、と満足気な表情を浮かべ――次にやることは決まってる。
「っつーわけで逃げるぞ!」
「きゅう!」
「……はぁ、もう。しょうがないなぁ!」
というわけで。見事な戦略によって、俺達は逃げ出したのだった。
◆ ◆ ◆
……
…………
………………
「……見事な戦略、だと思ったんだけどなぁ……」
追いかけられても振り切れるように、複雑に道を辿った上で、帰ってきた俺のマンション。
目の前には黒髪ロングの少女。弓月零奈。おい、なんでここにいるんだよ。
「私がお前の住所を知らないとでも思っていたのか?」
そんな俺の考えを見透かすかのように、呆れた声が返ってくる。……ああ、思ってたよ。
いま思い出したけどさ、こいつ、昨日起きたこと知ってんだったよな。だったら俺の家も知っててもおかしくないよなぁ。……なんで気付かなかったんだよ。
「……まぁ、仮に逃げ切っても、また明日学校で会うことになってたよね」
横から投げかけられる風音の追討ち。いや、そっちは知ってたけどな。
というわけで、結局俺は捕まることになった。……一矢くらいは報いれたはずだと自分に言い聞かせ、無理矢理納得することにしたよ。
◆ ◆ ◆
「それで、何故ケイは何も答えずに逃げたんだ? やはり言えないようなことを――」
「お前の態度が気に食わなかった」
「……は?」
俺の返答に首を傾げ、不思議がる弓月。俺は乗り込んだエレベーターに三人乗ったことを確認し、ボタンを押すと、その続きを語る。
「強引に聞かれるとな、ムキになって意地でも言いたくなくなるってことあるよな」
「……む、これは……私の対応が悪かった……のか?」
「あはは、気にしないでいいよ。ただの悪いクセだから」
いや、誰だって答えたくなるからな? お前屋上に閉じ込められて、ゴーレムに襲われて、素直に答えろって脅迫されてみろよ。冷蔵庫のプリンを勝手に食べた罪でも絶対口を開かなくなるぜ?
「……ま、悪気はなかった。許せ」
「むぅ……納得はできないが、話す気になったというなら、これ以上は何も言わない。私にも非があったようだしな」
複雑そうな顔を浮かべる弓月。
お前のことは気に食わねぇが、根に持つようなヤツじゃなくてよかったよ。
「つか、お前俺達と同年代だよな。本当に警察なのか? その、えーっと、なんだっけ。なんとかポリスなんちゃらかんとか課」
「ウェーブポリス特殊情報刑事課だ。全然合ってないじゃないか」
うっせぇ。なげーんだよその名称。略称とか愛称とかないのかよ。
「近代のAR技術を悪用した犯罪、中でも例外的な特殊な捜査を行う刑事課になる。……まぁ、私の年で所属することになったのは、特例も特例だが」
「例外的? どんなことをやってるの?」
「すまない。詳細は機密事項でな、話すことはできない」
機密事項……ねぇ。まぁ例外的な捜査だとしたら、俺んとこに来たのは納得だが――なんでそんなやつがウチの学校に都合よくいるんだよ。
「つか、ウェーブポリスなのにダメージエフェクトで目が眩むのな」
「訓練を積んでも、銃弾で心臓を撃ち抜かれたら人は死ぬ。刃物で刺されてもな。それは一流の軍人だろうが、SPだろうが変わらない。それだけの話だ」
「まぁそりゃそうだけどな。対策くらいしとけよ。軍人でもSPでも武装した連中相手にする時は相応の準備すっだろ」
「一般学生相手に相応の装備を持ち込む方が非常識だと思うが」
んな弓月の返しに、すこしカチンときた。対する弓月は、といえば、さも当然のように振る舞っている。天然無自覚か、こいつ。
ダメだ。俺、根本的にこいつと反りが合わねぇみてぇだ。……「まぁまぁ」と俺をなだめる風音に免じて、これ以上の言い争いはやめといてやるけどさ。
「ついたぞ」
エレベーターから降りて、到着した俺の部屋。
ポケットからものぐさそうに鍵を取り出し扉を開けると、そこには――
「ハロー、ワールド。……ワールド、そちらの方々は?」
薄水色のショートヘアー、赤と緑のオッドアイ。ゲーム世界のレンジャーを思わせるような軽装の奥に、チラリと見える黒いインナー。右腕にガントレットをはめた、俺達を出迎えた少女に、後ろ二人が目を丸くする。
「おう、ただいま。……こっちは俺の幼馴染の風音。で、こっちが弓月、自称ウェーブポリスだ。なんでも、お前の話を聞きたいらしい」
「……アクセプト。立ち話もなんですので、どうぞ、お入りください」
それだけ告げて、奥の俺の部屋に帰っていった少女。
唖然としていた風音が、改めて俺に問いかける。
「ねぇ、さっきの……誰なの?」
「あいつはアイ。いや、俺がそう勝手に呼んでるだけだけど。俺のパソコンをぶっ壊して、大事なデータいろいろふっ飛ばしてくれたヤツだよ」