- 02 - 『想定外のドッキリ』
――次の日。
「おっはよー、けーちゃん」
「きゅきゅう!」
「はぁぁ……おう、風音とエメか。……相変わらず元気だな」
元気に声をかけてきた、風音。――と、もう一匹。風音のペット。
緑と白の毛並みを持った、風音の肩に乗った犬のようなリスのような小動物は、ARによるホログラム、エメ。可愛らしい鳴き声をあげる姿に、苦笑いを返す。
「そっちはだいぶ元気ないみたいだけど……どしたの?」
「あぁ……昨日色々あってな……パソコンがぶっ壊れた」
「へー……って、えぇっ?! けーちゃん何やらかしたの!?」
「……聞かないでくれ、俺もわからんし説明できねぇから。あと、俺は何もやってねぇから」
疑いの眼差しを向ける風音に、さらっと否定の言葉だけ告げておく。メールを開いて削除しただけで俺の責任になるんなら、もうなんもできねぇよ。
「…………あぁ、そうだ。風音、今日暇か?」
「今晩ラジオ放送があるけど、それまでは暇だよ? なに?」
帰ってきた返事に、「そうか」と軽い返事を返す。ラジオ放送と言ってるが、仕事というわけじゃない。いわゆるコイツの個人放送。……そういや、先日スポンサーがついたとか言ってたし、趣味と言い切っていいのかはわからんが……まぁいいか。
「いや、ちょっとな。……説明しづらいから、今日の帰りにウチにこねぇか?」
「いいけど……さっきのパソコンの件となにか関係があるの?」
「詳しいことは後で説明するよ」
あれからいろいろあったんだよ、マジで。
ARデバイスのセットアップとか、必要なファイルのダウンロードだとか。いろいろやって一日潰れちまったし。ちなみに、宿題は早々に諦めた。
◆ ◆ ◆
あれから数時間後。
相変わらずの休み時間、携帯ゲームを手に持ち、いままでの鬱憤を晴らすように昨日倒せなかったモンスターと戦っていた。まさか学校に忘れてたお陰で無事だったなんてね、ホント何が起きるかわかんねぇな。
今日の俺は絶好調。会心の一撃が弱点にクリーンヒット、部位破壊もスムーズにこなし、この調子ならベストタイムも狙える速さだ。コイツがタフいのは知ってるが、この調子なら休み時間中に討伐だっていけ――
「けーちゃん、けーちゃん」
「んだよ風音、いま調子いいんだよ。話なら後で――」
「きゅう!」
「って、おいエメ、画面見えなくすんのやめろ、ってこの音、やめ――ッ! ああ……」
画面を隠すように現れたエメに、必死で抵抗するが――操作を手放した隙を敵が見逃してくれるはずもなく、致命的なタイミングで放たれた即死技を喰らい、ダウンするキャラクター。……おいエメ。めっちゃ調子よかったんだぞ、三分クッキングできる勢いだったんだぞ、クッソ。
満足気な笑みを浮かべる目の前の小動物を睨みつける。とはいえ、エメはホログラムに過ぎず、怒ったところで意味がない。こういうとこホログラムってずりーよな。
「……で、なんだよ風音、宿題ならやってねーぞ」
「あはは……そこまで堂々と言い切るのはどうかと思うけど……」
ファイルがねーもん。どーしよーもねーじゃん。
苦笑いを浮かべた風音は、改めて話の続きを口にしようとしたところ――横から別の人物が声をかける。
「……キミがケイ、だろうか?」
「それ、本名じゃなくてあだ名……まぁいいや。で、なんだお前は?」
艶やかな黒髪、整った見た目の少女。いかにも清純派な印象を受ける彼女。
少なくとも、俺の記憶にはない。クラスにこんな女子はいなかったはずだが。首を傾げる俺に対し、彼女は改めて自己紹介をしてくれた。
「私の名は弓月零奈。二組の者だ。キミと話すのは初めてだな」
「二組の? ……で、わざわざ俺に何の用だ?」
面倒事は勘弁してほしいんだが。
ただでさえ昨日の一件で面倒なことが山積みになってんだから。
先程の妨害による苛立ちもあるものの、じーっと見つめる俺に弓月は顔を赤らめ言葉を紡ぐ。
「……そ、その……今日の放課後、キミに話があるんだ……」
「………………は?」
思わず言葉を失い、聞き返す。なにこの唐突なギャルゲ展開。
いやフラグも立ててないのに告白とか、もはやギャルゲですらねーじゃん。
「……今は時間がない、また後で呼びに来る。……話を聞いてくれると嬉しい」
「………………お、おう」
しどろもどろに言葉を告げ、去っていった弓月に、どう返したものか言葉に詰まる。
というか、隣でニヤニヤしている風音が超ウザいんですが。
「……んだよ」
「あれー? なんか思った以上に冷めてるね? もっと可愛い反応期待してたのに」
「お前の顔見て冷静になったわ」
「……ぇ?」
反応というか目が覚めたよ。どうせドッキリか罰ゲームかなんかだろ。
まぁいいや。面倒だが、あいつの面目のためにも騙されたフリくらいはしてやろうか。万にひとつ、ガチの可能性もあるしな。……いや、万にひとつもねーけど。つか、なんで風音は顔赤くしてるんですかね?
◆ ◆ ◆
――キーン、コーン、カーン、コーン。
「はい、それじゃあ今日はここまで。みんな、寄り道せずに帰るんだゾ?」
ホームルームを終え、各々が帰宅準備を進める。
俺もいつものように帰り支度をはじめ、渡されたファイルを保存する。……いや、知ってたよ。ファイル破損は仕方ないとして、宿題を改めて提出しろって言われるのはさ。あわよくば免除にならねぇかな、とは思ったけどさ。
「よっし。んじゃ、帰るか風音……って、そうだった」
忘れてた。……弓月、だっけ? が、話があるんだっけか。
隣で首を傾げる風音に、改めて声をかける。
「あぁ、ちっと弓月に会ってくる。んな時間かかんねーと思うから、玄関で待っててくれ」
「あ、うん、わかった。……ねぇけーちゃん、弓月さんの告白、受け――」
「――ねーよ。お前じゃねーんだから。どうせ別の話かドッキリだろ、ったく」
なんだかんだ、風音はクラスの男子からモテてるしな。ちなみに、俺は女子から声をかけられた経験なんかほとんどない。……まぁそんなもんだよな、現実。
苦笑いを浮かべる風音に手を振って、クラスを後にした。確か二組、だったか? 歩き出そうとしたその時、後ろから声をかけられた。
「……すまない、ケイ。ホームルームが遅れてしまい……待たせたか?」
「ああ、別に待ってねぇよ。……で、話ってなんだ?」
「……ここでは……そうだな、屋上にいかないか?」
「ん、わーった」
――あれ、これガチなヤツ? ……いや、ねーよな?
手の込んだドッキリだな、と思いながら、彼女の後に続き、屋上へと向かった。
◆ ◆ ◆
学校の屋上。
学校によって様々だが、ウチの学校では憩いの場として、雨の日以外は解放されている。
つっても、まぁ……休み時間の時はまだしも、放課後の今は人はいない。フェンスから校庭を見下ろしてみれば、部活動の準備をしている姿が見える。
「……で、話ってなん――」
――ピーッ!
改めて振り返――ろうとした、その時だった。電子音が屋上に響き割ったのは。
なんだ、この音? 少なくとも俺じゃないはずだが――って、ことは。
「ふふっ……ここまで無警戒についてきてもらえるとは、話が早くて助かるな」
「おいおい、なんなんだよ――どういうことだ? 告白のシチュエーションにしちゃ、愛が重てぇじゃねぇか」
屋上の扉の前に立ったままの、黒髪の少女。先程とは雰囲気を変え、目の前に立ちはだかる同級生に、警戒心を高め虚勢を張る。
先程の電子音は、ここからじゃ見えにくいが――ロックがオンになっている。扉に鍵をかけやがったのか、こいつ……ッ?!
「教室で暴れらると面倒だからな。男子をおびき寄せるにはこの方法が手っ取り早いと聞いた。……ここまでスムーズに行くとは、私も予想外だったが」
いや、知ってたよ、どーせ告白じゃねーってことはな。
まぁ……知ってたけどな、なんだよこのシチュエーション。ドッキリから飛躍しすぎじゃね? さすがの俺もこうなるとは予想できなかったわ。
「……なんなんだ、お前は」
少なくとも、ただの学生じゃない。
俺の問いかけに対し、彼女はポケットから取り出した証を見せつけた。
「――ウェーブポリス特殊情報刑事課、弓月零奈。答えろ。お前は昨日、何をやらかした?」
……警察? 聞いたことのない名称に、訝しげな顔を浮かべる。
つか、なんでこんな女の子が警察やってんだよ。とかいうツッコミは、この際後だ。……こいつ、昨日起きた超常現象を知ってるのか? つか、なんでこんな早くに――
「その様子だと、心当たりがあるようだな」
「………………」
あるよ。あるに決まってんだろ。
だが、言葉が出てこない俺に痺れを切らし、先に彼女の方が声を上げる。
「あくまで沈黙を貫くつもりか。なら――」
――なんだ?
首を傾げる俺の耳から、ピー、という電子音が聞こえると同時、画面に見慣れぬ赤い文字が表示される。これって、セキュリティの面の警告――
「……は?」
「無理矢理にでも答えてもらう」
その宣言と同時、目の前に大きなシルエットが形作られる。
あまりに巨大な体躯を描く、人とは別のフォルム。武骨で金属的な外殻に、蛍光ラインが走る。両足、両手、そして光の玉と言っていい瞳。その姿はまさしく――ゴーレム。
――ッ?! このモンスター、ゲームの……ッ!
ARゲーム、シフト・ワールドのモンスターと同類。つっても、しょせんホログラム――
「――――――!!」
……あ、これヤバいヤツじゃね?
そんな予感が俺の身体を突き動かし、ゴーレムの振り下ろした拳を跳んで避けた。
服を掠め、ビリビリとした静電気のような痛みが頭にチラつく。シフト・ワールドの、視界が揺らぐダメージエフェクトとかとは別の、もっとちゃんとした痛み。つか何よりも、こんなデカいモンスターにぶん殴られる恐怖に身を震わせる。
「……おい、何しやがったッ?!」
「軽いハッキング、犯罪者対策のための新技術だ。安心しろ、当たったところで直接痛みを訴えるだけだ。死にはしない」
「……ッ、ざけんなよッ?! っぁっと?!」
人の身なりに暴れるゴーレムの攻撃から必死に逃げ延びる。体育2の残念な身体能力の底力と、ゲーム5の俺の超人じみた反射神経と判断能力、舐めんじゃねぇぞ!?
その巨体、広いとは言えない屋上、動きは鈍いしうまく動けないらしい。ならばと設置された天井つきの椅子とテーブルを活かし、回り込み、必死に屋上から降りる階段まで走る。あいつの巨体だ、屋上からは降りてこれまい――
「……あッ!」
扉に手をかけ、ガチャガチャと無慈悲に鳴り響くノブの音。
ポップアップとして表示されているのは、"LOCK"という赤い文字。そうでした、ロックされてるんでしたねぇッ?!
「うぉっと!?」
耳に響き渡る音にとっさに身をかがめた刹那、先程まで俺の図体があった場所を撃ち抜くレーザー。あいつ目からレーザーまで撃ちやがる、勘弁してくれよ!?
追討ちをかけられる前に逃げるが、この屋上からの逃げ道なんて、この階段しかない。それをわかっているからか、弓月は戦闘をゴーレムに任せ、俺とはちゃっかり距離を離している。扉の前から移動してると思ったらそういうことかよッ!?
的確にレーザーで俺の道を遮りながら、徐々に俺を追い詰めるゴーレム。正直に言うけどな、俺、運動神経はいい方じゃないんだからな。マラソンとか途中で音を上げるタイプなんだからな?!
「はぁ……はぁ……」
「そろそろ諦めて素直に吐いたらどうだ?」
後ろはフェンス、前にはゴーレム。見事に角に追い詰められ、万事休す。
俺のホログラムのデータが使えたら、戦って返り討ちにもできただろうに、俺の最強のパートナー達はデータ破損で現在自宅に安置中だ。ここで奇跡的にモンスター召喚、とかいう希望もありゃしない。
ジリジリと後ずさりをし、フェンスに背をつける。……クソッ、ここまでか――
――ドンッ!
「エメ、シューティング・タックル!」
「きゅきゅう!!」
「……なッ?!」
そんな諦めかけたその時、救世主登場。
強引にタックルで扉を突き破った風音。その命令で、ゴーレムに全力タックルをかますエメ。予想外の方向からの攻撃に、ゴーレムは動けず直撃し、その態勢を崩す。
「風音、ナイスタイミング! 説明は後だ、逃げるぞッ!」
「う、うんっ」
九死に一生を得た俺は即座に立ち上がり、地面に倒れていた風音の手を引いて、全力でこの屋上から逃げ出した。