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- 01 - 『出会い』


『――先週末、ついに本戦出場者が決定したシフト・ワールド、レジェンドタッグマッチ! 今週のニュースでは、その予選通過者である八名をご紹介! 最初に紹介するチームはこちら! 圧倒的な成績を残し、予選一位で通過したダークホース! W.S.K.だぁ!』


 横で流しっぱなしのヴィジョンテレビを聞き流し、携帯ゲーム機をプレイする俺。

 苛立ちは最高潮。盛大にスカッた大技の隙に、叩き込まれるモンスターの一撃。すかさず回復したにもかかわらず、追い討ちをかけられダウンするキャラクターに思わず舌打ちする。そりゃねーよ、いまぜってー回避間に合ったろ。

 つーか硬すぎんだろコイツ。もうすぐ休み時間終わんぞ? いや、それ以前にあと一回ダウンしたらクエスト失敗――


「はいはい、そこまでー」

「あっ、おい」


 そんな時間との勝負に焦る俺から、携帯ゲーム機を没収する横の少女。

 呆れたようにため息を漏らすと、時計を指差し「そろそろ準備したら?」と一言声を掛け、ゲームを返却する。

 ……しょうがねぇ、どーせ勝てねーし。諦めてゲーム機の電源を切ると、机の奥に強引にしまいこんだ。


「けーちゃん、相変わらずレトロゲーム好きなんだね」

「最近のゲームはなんでもオンラインだしな。俺はひとりで気楽にやりたいんだよ」


 次の授業の準備をしながら、隣に座った同級生――幼馴染の少女に返事を返す。

 こいつは新道風音しんどうかざね翠玉エメラルドのような鮮やかな緑髪をポニーテールに結び、その紅玉ルビーのような赤い瞳で呆れたようにこちらを見つめる。はいはい、わーってますよ、ちゃんと準備するって。


 横に映したままだったVテレビを消し、改めて授業に必要なポップアップを表示する。


 VR技術――いわゆる、仮想現実バーチャリアリティによる技術が世間の話題になったのは、既に過去の話。世間一般のものとなってから、入力デバイスによる没入感の問題だとか、そもそも現実の様子がわからないだとか、様々な問題が明らかになった結果、活躍の場面は訓練シミュレートやVRゲームなど、一般的な話題からは遠ざかっていった。


 そんな空いた場所に埋まるように現れたのがAR技術――いわゆる、拡張現実アグメンティッドリアリティ

 ホログラム技術による現実拡張。ARデバイス『シフト』の普及やら、政府主導による無線回線の無料化などなど、大規模な改革は日常を変え、それからだいぶ経った今となっちゃ、もはや日常生活に必要不可欠なものとなっていた。

 世間を賑わせている、『シフト・ワールド』っつーARゲームも、この技術を使い、VRゲームとはまた違ったリアリティを表現している。ホログラムのコアシステムともなってる都合上俺もやってるけどさ。確かに社会現象を起こすだけあるよ。……まぁそれでも俺はレゲー派だけどな。


 ――キーン、コーン、カーン、コーン。


「ほーらみんなー! 席についたついた、授業を始めるよー!」


 学校に鳴り響くチャイム。見計らったように時間ピッタリ、明るい声を響かせ教室に足を踏み入れた先生に、既に疲れたかのような顔を浮かべ、俺は学業へと勤しんでいった。



    ◆ ◆ ◆



 ――変わらない日常。変わらない風景。

 たったひとりで帰宅する通学路に、どこか退屈そうな目線を向ける。平和なのはいいことだが、たまに世界を巻き込んだとんでもない事件とか起きねーかな、とか非現実を妄想するのは、きっと俺だけじゃないと信じたい。


 ……ただ退屈な日常に、ちょっとした刺激が欲しかった。そうは言っても何をするわけでもねーんだけどな。


 見慣れたマンションに帰ってきた俺は、一直線に自室に帰る。

 今日は特にすることもねーし、帰ったらネットサーフィンでもしながらゲームの続きでもすっかな。そんなことを考えながら扉を開けた。


 見慣れた自分の部屋。いつものようにパソコンを起動すると、カバンの中に入れたままの携帯ゲームを探し始める。学校でもやっていたハンティングアクションゲーム、さっきのモンスターの攻撃は覚えた。次は負けねぇ、と。――だが、カバンをいくら探しても見つからない。……あれ? もしかして、学校に忘れてきたか?


「……ん?」


 そんな時だった。画面の『新着メールが届きました』の知らせに気がついたのは。


 そもそもパソコンのメールは普段使わない。シフトのメールで十分だし、こっちのメルアドはデフォルトでついていたもので、一切手をつけていない。誰にも教えてないんだから、知り合いからはもちろん、迷惑メールもこないはずなんだが。

 久々に開いたメールボックスにはスタートガイドのメールと、もう一件。


「……ん、なんだ?」


 件名なし。見知らぬアドレス。

 誰かの間違いメールだろうか。どんな内容なのか、確認しようとメールを開いてみる。


    ◇ ◇ ◇


 件名 なし

 From ai?i?@grimoire.eng.pro

 To 自分

 縺?繧後°縺溘☆縺代※


    ◇ ◇ ◇


「……ぁ?」


 間違いメール以前に、本文が文字化けしてるんだが。

 なんだこれ、消しちまってもいいよな? 文字化けしてるが、どうせ間違いメールだろうし。

 と、メール削除のボタンをタッチした、その瞬間――


「――ぃッ?! なんだぁッ?!」


 バチッと、弾かれるような痛みに手を離し、目を見開いた。

 パソコンのディスプレイがバチバチと稲妻を発生させ、画面がノイズで歪み始める。なん、なんだ……これ。一体何が起きているんだ……?!


 超常現象。稲妻はパソコン周辺だけに収まらず、壁を伝い、部屋全体を駆け抜ける。電波に影響があるのかARの映像も乱れ、凄まじいノイズに目が眩む。めっちゃやばげな雰囲気なんですが、これどうしたら――いや、考える前に逃げた方がいいな、これッ!?

 何かが起きる前にここから立ち去ろうと立ち上がった――時だった。急に雰囲気が変わり始めたのは。パソコンの前に稲妻が集中し、凄まじい雷鳴をあげる。なんなんだ。今度はいったいなにが――


『――アク……セプ……ト……ゲート、展開、しま……す……ッ』

「……っ?!」


 パソコンのスピーカーから響き渡る、見知らぬ誰かの声。その声を合図として、パソコンの画面が真っ青に染まり、知らない処理を勝手にはじめる。すると、目の前に集中する稲妻が急に広がると――まるで亜空間のように、黒いゲートを作り上げた。


『――もう……どうにでも……なれ、です……っ!!』


 どうにでもなれって、こっちのセリフだけどなッ?!

 スピーカーから聞こえる声に、心の中で叫ぶ。次はなにが起きるのか、もはやこの超常現象を見守ることしかできなかった。


 目の前の黒いポータルから、何かがこの部屋に現れる。

 ……なんだ、これは。すらりと伸びる足に、華奢な胴体。なにが起きたのか、ボロボロとなった衣服。その顔はまるで少女のように、って、女の子じゃねーか!? 目の前に降り立った正体不明の少女に、思わず目を見開いた。


 彼女がこちらに現れると、力が尽きたかのように、黒いポータルも、部屋の稲妻も、パソコンのディスプレイも、全てがプツリと途絶える。……収まった、のか?


「……お、おい、なんだお前は――って!」


 声をかけると同時。彼女の意識が途絶えたのか、身体がふらりとこちらに向かって倒れてくる。とっさに抱えようと態勢を構えた――ものの。


「……な……ッ?」


 彼女の身体は俺に触れることはなく、そのまますり抜け、地面に倒れ込んだ。

 これはいったいどういうことなんだ? 足元に倒れる少女に手を伸ばすが、やはり触れられず、手は彼女の身体をすり抜ける。まるで幽霊のように、実体がな――


「って、もしかして……」


 思いついたかのように、耳にかけていたシフトのスイッチを切る。すると、自分の足元で倒れていた少女が見えなくなり、スイッチを入れれば再び現れる。これは、つまり――


「……ホログラム、なのか?」


 いや、この状況からするにそうなのだろうが。

 新手のウィルスかなんかか? いや、仮にウィルスだとしても、こんな超常現象できるわけがない。できても熱暴走くらいなものじゃないか――


「――ッ?! って、えっ? ちょッ……バグってんじゃねーかッ?!」


 いままで起きた超常現象についていけず、完全に頭からすっぽ抜けていたが。

 やっとこ表示が正常に戻ったか――と思いきや、普段表示をオンにしているウィジットがなにも表示されず、メニューの項目も表示がバグっている。急いでフォルダを確認してみるが、ウィジットをはじめとして、破損しているファイルが大量にあった。普段遊んでいるゲームやアプリ。あとは――今日配られた学校の宿題もだ。……ヤバくね?


 理解したくねぇ。理解したくねぇが……間違いない。さっきの超常現象の影響で、ファイルが根本から破損しちまったとしか――って、


「……って、パソコンッ!! ぎゃあああッ!?」


 嫌な予感と共に、見下ろしていた視点を机の方へ向ける。

 俺の見間違いじゃなきゃ、本体から煙を吹いて、ディスプレイが思っきし割れてるんですが。ウィルスどころじゃねぇ、もはやテロじゃねーか! なんなんだよッ!? 勘弁してくれよッ?!

 俺のネタ画像フォルダとか、数千時間遊んだクラフトゲーのデータとか、クラウドサーバーに保存してない大事なデータが大量にあるんですけど……全部パーじゃねぇか。


 ………………不幸中の幸いは、シフト自体は生きてることか。データはヤバいことになってるが、メモリーチップとっかえりゃなんとかなるだろ。うん。

 そこまで考えると、行動は早い。現実逃避にコーラとメモリー買いに行ってくるとしよう。クソ、なんでこんなことになったんだよ……。


「……起きたら話聞かせてもらっかんな……クッソ……なんなんだよ……」


 財布を片手に、床に寝ている少女につぶやき、部屋から出ていった。



 ――それが、コイツとの出会いだった。

 変わらない退屈な日常に飽いていた俺には、いい刺激――ってレベルじゃねーよッ?!

 この壊れたパソコンをどうするか、頭を抱えることになったのは、そう遠くない未来の話だ。



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