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デート

 一週間後。一ノ瀬は散々迷った末に、十河にメールをした。


十河が携帯を確認してみると、知らないアドレスからメールが入っていた。

『一ノ瀬です。

この前は有難うございました。

みっともない処をお見せしまして、申し訳ありませんでした』

 誘い文句もない、そっけなさも感じる書面。

が。

(かかった)

十河はゆっくりと唇の端を上げると、返信を携帯の画面に打ち込んだ。

『十河です。

被害者の方が新たな悲劇の場に向き合うことは、お辛いと思います。

僕でよかったら、話を聞きますよ』

 何度かメールを遣り取りした後、二人で食事をすることになった。



 十河が指定してきたのは、落ち着いたレストランだった。

予約していた席に座ると、アラカルトを何品か頼んだ。

 今日の一ノ瀬は明るい装いだった。ブラウスは柔らかく彼女の躰に纏いつき、スカートは彼女の躰の線を強調している。耳には小粒のピンク色のイヤリングが、キラキラと光を反射している。

 控えめだが、女性らしく清楚な装いだ。

(この恰好をみた誰が、この女が腹黒いと思うんだろう)

十河は微笑みを浮かべながら、そんな事を考えていた。

(誰も世間から金をむしり取る為に、進んで悲劇のヒロインを演じる女だと思わないよな)


 一ノ瀬は、自社ブランドを上手く着こなしている。が、主張過ぎる事はない。

 彼女の気配りなのか戦略なのかは解らないが、弁えた服装は財界人に受け入れられやすい。

(枕営業しているだろうに、これだけ調べて尻尾が掴めないとは相当したたかだ)

 十河は”清楚で女らしい”の感想を、”百戦錬磨の女狐の演技”だという評価に切り替えた。--何故か、上書きしようと躍起になっていた。

(大した女だ)

 自分と同年代の筈なのに、官公庁や財界人達と渡り合っている女。

計算高い女と思っていたのだが、こうして対峙していると印象が違う。初めてデートして舞い上がっている女、のようにも見える。

(30女にしては慣れていないな。……まさか、男とプライベートで逢うのが初めてとか)

考えて、すぐに否定した。

(流石にそれはないだろう。演技しすぎだよ、一ノ瀬さん)


 食べ物を口に運びながらの会話は、当たり障りのない話に終始した。

休日にはどうしているのかとか。普段どういった処で食べているのかなど。段々一ノ瀬の口が滑らかになり、色々な話題が飛び出してきた。意外に彼女はスポーツに詳しかった。

「スポーツ、お詳しいんですね」

「ええ。スポーツウエアからリフレクターは取り入れられましたから。機能的ですし、デザイン的に取り入れられたリフレクターは参考になります」

キラキラした表情で楽しそうに言ってから、ふと”しまった”という表情になった。

「いけない、今日は仕事の話をするつもりではなかったのに」

 言ってから、ぺろ、と舌を出して見せた。

その仕草を見て可愛い、と思ってしまい慌てて否定する。

(今まで老成した姿しか見ていないから、そう見えただけだ)

十河は微笑みながら、優しく言った。

「構いませんよ。僕はプロの聞き手ですから」

一ノ瀬がにっこりと笑い。ユーモアたっぷりに返事をした。

「聞き上手さんですか。じゃあ、企業上の機密は喋らないように気をつけます」

十河もウインクをし。

「そうですね、気を付けて。明日、ライバル企業に新製品を出し抜かれているかもしれませんよ? 」



「もう一軒、いかがですか」

 一ノ瀬を誘ってみると嬉しそうに頷いた。今度はバーに席を移した。寛いだ雰囲気のバーで、かといって親密過ぎない。十河はウイスキーの水割り、一ノ瀬はトニックウオーターを頼んだ。

「また、トニックウオーターなんですか」

十河が揶揄うと、一ノ瀬は澄まして言った。

「酔い覚ましです」

「確かに、沢山飲んでましたね」

ニヤリと笑われて、一ノ瀬は頬を染めた。

「……あまり、外で飲まない事にしていまして」

以前、酒で大失敗した事があるのだと、一ノ瀬は白状した。


 十河がトイレから戻ってみると、一ノ瀬が軽く鼻の付け根を揉んでいる。

「大丈夫ですか」

気遣って尋ねてみて、初めて十河が戻ったことに気づいたのだろう、一ノ瀬は微笑んだ。

「はい。いつもならこの時間はコンタクトを外して、眼鏡なんです」

と、恥ずかしそうに微笑んだ。

(……ということは、余り夜の外出をしないのか? )

 彼女は、華やかな社交生活を満喫しているものとばかり思っていた。

考えた事とは別の事を口にした。

「意外だなあ。一ノ瀬さん、眼鏡かけるんですね」

「外ではイメージ戦略が必要ですから。あ、これマスコミにリークしないでくださいね」

わざとつん、とお高く留まる彼女も可愛らしいが。

(騙されるな)

 ぐらりとした気持ちを引き締める。十河は意地悪そうに唇の端を上げて応戦した。

「どうですかね。お忘れかもしれませんが、僕はマスコミの人間ですよ? 明日一面の大見出しは決まりかな。

“アワード受賞者、普段は華のすっぴん”

さあ、これで時代の寵児、一ノ瀬燿子の株はガタ落ちですね? 」

くすくす。

一ノ瀬が楽しそうに笑いころげた。



 頃合いも更けてきたので、お開きにすることにした。

レストラン代を十河が払ってあったので、今度は一ノ瀬が払うというのを、固辞した。

一ノ瀬が済まなさそうに、しかし嬉しそうに謝意を申し出るのが不思議だった。

(この女は男に金を出させることに慣れているだろうに)

 十河が、一ノ瀬を自宅迄送ると申し出たが、やんわりと断られた。彼女と別れて、すぐに携帯が振動した。一ノ瀬からのメールの着信だった。

『今日は有難うございました。とても楽しかったです。男の方に奢って頂くという、初めての体験をさせて頂きました』

(まだ、うぶな女を装うつもりか。あんたが奢られた事がないのは、単に接待側なだけなんだろう? )

 半ば呆れながら、十河は思った。

(だが、彼女の言葉が本当だとしたら)

 言葉の端々から、彼女が仕事と家の往復のみであることは窺い知れた。

これまでに、様々な男と談笑しているショットをかなり入手してきた。調べてみたところ、写真の人物は全て仕事絡みの関係者だった。雑誌に掲載されていた写真は、殆どトリミング加工されていた。元の写真は、第三者や松下も共に談笑している写真ばかりだった。一ノ瀬が躰を使って財界人から金を搾り取っている、という証拠が消えてしまった。

 再度、調査してはみた。しかし、プライベートでの彼女が男と密会している写真を探すことは、出来なかった。

(もしかすると仕事に熱中しているあまり、男はいないのか? )

 だとしたら。

十河の唇の端が歪んだ。

(墜とすのは簡単だ。……かなり、彼女の心を掌中に収めているが)

 十河の求めているものは、ちょっとしたボヤではない。完全に一ノ瀬 燿子を社会的に抹殺する事だ。自分のように、世間から追い出されて人の視線に怯える暮らしをさせる事だ。その為には、下調べには万全を期さねばならない。

(『奢って貰うのが初めて』? )

 我ながら変だが、十河はその言葉に拘っていた。

(一ノ瀬はきっちりと自分の財布で払っている、ということか? 公私混同はしないと? ……彼女なら、領収書で経費扱いに出来るしな。明日からは、一ノ瀬のオフィスの金の流れを調べてみるか)

十河は、次の段取りを頭の中で組み立ててみた。



 一ノ瀬には、彼女からの返信を微妙に真似た返事を打った。

『こちらこそ、お誘いを了承してくださって有難うございました。

僕こそ、女性とスポーツの件で意見を交わせるのは初めての体験で、わくわくしました。また、近いうちにお誘いしていいですか? 』

 塒に着いてメールをチェックしてみた。一ノ瀬からは『ハイ』という一言だけのメールが返ってきていた。

 パソコンを立ち上げると、新たに取得した一ノ瀬の情報をこれまでのデータに追加した。修正しながら次の作戦を練った。

スポーツを扱っているサイトにアクセスし、観戦チケットを確保した。


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