表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/26

祭典

「……十河さん? 」

 女が自分を見つけた事はわかっていたが、十河はカメラを覗き込んでいた。突然声を掛けられて驚いた、フリをしてみせた。

「一ノ瀬さん! ……貴女もこのイベントへ? 」

 振り返った先には、”しまった”と後悔している顔つき女が立っていた。

(もう遅い)

 自分から罠に入ってきた女に、男はうっそりと微笑む。その微笑みに、一ノ瀬はおずおずと答えた。

「……ええ。こちらの商工会議所からお招きを頂きまして」


 此処は酔っ払い運転のせいで、幼い姉妹が犠牲になった場所だった。

事故多発地帯であった為、地方にしては短い間隔で信号が設置されていた。

 姉妹を殺した運転手は、アクセルに脚を載せたまま居眠り運転をしていた。トラックはスピードを殺さないまま、カーブを突っ込んできた。轟音を伴ってガードレールを突き破り、歩道にいた姉妹ごと廃屋に激突してようやく停まった。ドライバーからは多量のアルコールが検知された。

 全国から集まった見舞金を、姉妹の父親はロータリークラブに寄付した。ロータリークラブがこの場所を買い取り、廃屋を撤去した跡地に花壇を作った。花壇の中央には、幼い姉妹が花を摘み花冠を作っている姿をかたどった彫像が設置されている。

今日はその彫像の除幕式なのだ。




 インタビューから十日後。

十河は一ノ瀬がこのイベントに呼ばれるのではないかと予想し、取材に来ていた。薄い藤色のスーツ姿の彼女を視界に捉えた時は、内心快哉を叫んだ。

 以前、接触してきた著名な女達はインタビューを終えると、すぐ十河に連絡してきた。しかし、一週間経過しても一ノ瀬からの連絡はなかった。

 無論、手をこまねいているつもりはない。

予め、一ノ瀬が現れそうなイベントは調べておいた。可能であれば、主催者に参加者名簿を確認してある。

「十河さんは取材ですか」

「そうなんです。今は時間がないので、失礼します」

「……わかりました」

心持ち、残念そうな彼女の背中に声を掛けた。

「一ノ瀬さん! 」

立ち去りかけた女に近寄っていく。口早に囁いた。

「もしよかったら後で一杯行きませんか。多分21時位には目途がつくので」

 わざとらしく腕時計を見遣り、暗に”今は君に割く時間はない”と告げた。

(おそらく最初に渡した名刺は、あの松下が管理しているのだろう)

 もう一枚渡そうとした。

「以前、頂きましたから」

 一ノ瀬は微笑んで断った。会釈すると、そのまま主催者に歩み寄っていった。十河は遠ざかる彼女の背中を暫し見つめた。複雑な想いを飲み下すと、取材を再開させた。

 一ノ瀬の事故に対するスピーチを動画で撮った後、悲劇のあった場所の撮影をした。それからロータリークラブを取材した。明日は、被害者の姉妹の父親にインタビューを申し込んである。

 今日の取材を軽くまとめてパソコンに保存すると、時間は既に20時を過ぎていた。


 携帯を見たが、一ノ瀬からの着信はない。

想像はしていた。

(焦る事はない)

彼女の様子から、自分に未練ありげな事はわかっていた。十河は市内で一番高いホテルのバーに連絡を取り、二つ席をリザーブして貰った。

 以前、松下から指定のあったアドレスのアットマーク前を、一ノ瀬のアドレスであろうIchinoseに変えて、送信した。

「今日はお疲れ様でした。もしお時間が空いていましたら、軽く飲みませんか。場所は××ホテルの、11F、オーロラというバーでお待ちしています。十河」

 インタビューしていた時から感じていたが、彼女はお飾りの社長ではない。

(彼女が采配している)

 今日も恐らく、社用のメールアドレスをチェックしている事だろう。

明日の段取りと機材を確認すると、汗だくの服を脱ぎ捨てシャワーを浴びた。

(今日はまだ)

 心地よい水流の下で、十河は計画を確認していた。

(一ノ瀬は警戒している)

 だが10年以上追い求めてきた標的を、今更逃すつもりはない。

(時間をかけて雁字搦めにして、絶望の底に突き墜としてやる)

シャワーを追えると、携帯の着信ランプがゆっくりと点滅していた。




    **************



(こんな処で逢えるなんて! )

 一ノ瀬は内心、ドキドキしていた。

(まさか私に逢いたいと思って、追いかけてくれた?……馬鹿ね、そんな事ある訳ないでしょ)

  浮かれた事を考えてしまった自分を戒める。


 自分でも、どうかしている、と思う。 

彼と再会した時から、そわそわしている。ロータリークラブの小父様達の話も、右から左だった。もう一度彼の姿を見つけられないかと、キョロキョロしてしまった。

(小学生の時にアイドルを大好きだった時以来かな……)



……凄惨な事故現場の鎮魂のセレモニーだというのに、不謹慎極まりない。しかし、いつものように恐怖のあまり、立ちくらみにならずに済んだ。そして、なかなか啓蒙活動が実を結ばない事への虚脱感に苛まれなかったのも、事実だ。

(これって”運命の出会い”……? ) 

そこまで考えて、一ノ瀬は首を振った。

(ううん、十河さんだって仕事だもの。たまたま私を見かけて、”丁度いい、取材しちゃえ”て感じなんだわ)

 それが正解のような気がした。一ノ瀬は、我ながらイタイ女である事に、がっくりと落ち込んだ。

(勘違いしちゃダメよ、燿子。十河さんは絶対にモテるんだから! )



 パーティの日の事を思い出した。

ひよんなことから、十河の写真が画像検索でヒットした。

『これって』

 今より数年分若い十河が、シャンペンタワーを前にして女性とキスしている。周りには、派手なスーツ姿の男たちが十河と女性を囲んでいる。

 十河はカメラ目線だが、女性の顔はぼかされていた。映っている女性らしき手が、彼の胸ポケットに札をねじ込んでいた。もう片方の手はというと、男のズボンのジッパーの辺りに置かれている。

 室内の雰囲気から推してホストクラブ、映っているのはホストとその客だった。


 一ノ瀬と松下はパソコンの前で頭を寄せ合い、指を指して、確認し合った。

『……彼、よね? 』

『彼、だわ』

(これを言うと、松下君に怒られるだろうな)

おずおずと、十河からインタビューを申し込まれたことを松下に告げた。


『気に食わないな』

 途端、松下が渋面になった。一ノ瀬が内心、想像していた通りだった。

『第一に燿子のことを調べすぎている。第二に、彼の記事の優秀さは理解したがバックボーンが見えてこない。何を考えて、君に近づいてきた? 』

 松下の心配性が面はゆく、また嬉しくて、一ノ瀬はちょっとからかってみたくなった。

『あら。私の女性としての魅力にまいっちゃったからだとは思わないの? 』

 松下が秀麗な顔を更に顰めた。

『だったら、構わない。しかし、君を食い物にするつもりで近づいてきたのかもしれない。そうでないかハッキリとする迄は、勝手に接触するなよ』

 松下は、インタビュー内容を確認して同席もする、と言い張った。

(”近づいてきた”なんて大袈裟なんだから)

 そう思いながらも、“父親”の過保護ぶりが嬉しくて、甘えることにした。


(心はフランス人でえす、なんて言っても、松下君。人情の日本人なんだから)

くすり。

(私が恋愛出来ないの、松下君がナイトとして傍に居てくれるからもあるんじゃないかな)

松下と過ごす時間は心地いい。

暑くもなく冷たくもなく、彼女が欲しい温度を与えてくれる彼。しかし彼女自身がまだ、恋に堕ちる心構えも出来ていない事を自覚していた。




 が。

予想に反し、十河のインタビュー内容は真摯で、誠実なものであった。下調べも相当しており、核心を突いて質問してくる。

(凄い)

喰らいついてくる彼に、内心しどろもどろだった。

予め質問事項に即した回答や資料を用意していたのだが、事業を深く理解してくれている人間からの鋭い視点と質問は心地よかった。


 一ノ瀬デザインオフィスとして、満足のいくインタビューとなった。

 掲載前に送られてきた記事の内容は、一ノ瀬はおろか松下をも納得させる内容であった。

後日、雑誌を感謝のメールを送信して、それでこの男性と縁が切れた筈だった。それが、こんな処で再会するとは。

 気もそぞろで、商工会議所やロータリークラブの夜の接待を断った。部屋に飛び込むと、一目散にシャワーを浴びた。ムダ毛の処理をしている自分に気が付いて、赤面した。色気のない下着に悩んだが、”絶対にソンナコトはナイ!”と諦めて身に付けた。落ち着かなくて、自分のブログに事故現場を訪れた時の写真、感想を投稿した。気が進まない作業ではあるが、事故に人々の耳目を集める事が大事なのだ。そう、割り切って書く事にしている。しかし、己の疵の瘡蓋(カサブタを剥がす行為に、慣れる事はない。


 時計に眼が彷徨いだした頃、ようやく待ちかねていた十河からのメールがあった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ