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インタビュー

 駅に降り立った。

目指す建物は、駅から3分程歩いた雑居ビルの中にあるらしい。

洒落たブティックや美味そうなレストラン、雑貨店などが軒を連ね、女性に人気の高い地域だった。歩いてみて、女性や家族が安心して暮らせる治安のいい街並みだと実感する。

(自分の棲んでいる処とは大違いだ)

 十河の塒がある駅も表側は再開発が進み、大型のショッピングセンターやマンションも立ち並ぶようになってはきた。

しかし十河の塒のある駅の裏側は、まっとうな主婦なら昼間でも近よらない。商店街自体が寂れていて、閉まっている店も多い。日雇い労働者が得た、わずかな日銭を落とさせる居酒屋や風俗店が立ち並ぶ位だ。飲んだくれた男達が、昼日中から路上に転がっている。


 一ノ瀬デザインオフィスが入っている建物の1階に到着した。このビルから先には、住宅街が拡がっている。1Fには花屋や雑貨屋が入っていた。

(陽のあたる場所)

それを、一ノ瀬は己の家族の悲劇と引き換えに手に入れたのだ。

 十河は軽く頭を振って想念を追い出した。エントランスに入ると、インターフォンで来訪を告げた。

 待つほどもなく応答があった。指示に従い、オフィスの受付を訪れれば、スタッフが出迎えてくれた。

 この日の十河はスーツ姿だった。

案内してくれた女性が、密かに彼の容姿に浮き足立っていた。しかし十河は、気にしていなかった。十河は、明るい色調でまとめられたプレスルームに招き入れられた。



 プレスルームには、一ノ瀬と男が待っていた。

(奴が松下か)

好意を抱いてないのは、お互い様だ。松下と十河は、素知らぬフリをして名刺交換をした。

 三人が着席しスタッフが飲み物を配っている間、一瞬の静寂が訪れた。

十河は密かに目の前の男を見た。


 松下 佳嗣よしつぐ、43歳。

伝え聞いた処では松下は一ノ瀬の恋人であり、婚約間近な相手とあった。真偽の程はわからないが、役職を抜きにしても親密である事は確かなようだ。

 彼は、一ノ瀬デザインオフィスを立ち上げた時からのメンバーである。明らかにはされていないが、会社の設立資金は松下が用立てたようだ。一ノ瀬の事業に加わる前の松下の経歴は、大手商社のパリ支店に勤務している処で終わっている。どう調べても一ノ瀬との接点は、彼女の父親と同じ商社に松下が勤務していた事位だった。

(そんな程度で、一ノ瀬をアシストしているのか? )

 それだけで将来を棒に振り、海のモノとも山のモノともわからない女に出資するのだろうか。

(父親の部下だったのか?その頃に奴は、一ノ瀬の父親に大恩でも受けたのだろうか)


 調べてみてわかったことだがオフィスのスタッフに、交通事故遺児を雇っている。

(どこまで偽善)

反吐を吐きたい気分になった。

しかし、対外的にはこれほどのアピール力もあるまい。

(おそらく松下自身も、何等かの事故の被害者なのかもしれない)

 同じ被害者家族でも、男の松下が表舞台に立つより、悲嘆の涙にくれる女を前面に押し出した方が、金も人も集まりやすい。集まりやすいが、確かにメディアの攻撃が集中する。

(だから”看板娘”を松下がガードしているのか)


 十河は、スタッフの退室を待って、インタビューを開始した。

 インタビューの趣旨は松下に指定された、メールアドレスに送ってある。

(今はあんた方に主導権を握らせてやる)



    **************





 まずは業務のこと、経営状況のこと、これからの展望を聞いた。

リフレクトとは、工事中であるとか飛行場など危険な現場ではよく目にする。一般人が主に眼にするのは、スポーツウエアや運動靴などだろう。

 しかし、夜間の交通事故の被害者の統計を見ると、”何時、何処で”という項目の上位には、散歩・買い物・会社からの帰り等が多い。”被害者の年齢”という項目で圧倒的な割合を占めるのは、圧倒的に高齢者だ。

 一ノ瀬の事務所では、被害者が着用していた衣服に注目をした。

調べた処、事故に遭った被害者の多くがリフレクター素材を着用していなかったのだ。一ノ瀬達は、数字的な裏付けを取った。

 省庁や警察に協力を請い、リフレクターを付けた場合・着けてなかった場合で、車両からの視認度を確認する実験も行っている。

(確かにリフレクターが普及されれば、夜間の死亡事件は減少するかもしれない)

十河はメモをしながら思った。

 一ノ瀬デザインオフィスでは、高齢者が身に着けるようなデザインの洋服メーカーに働きかけた。リフレクターを活かせるアイディアを持ち込んでいる。

 現時点での課題は、コストをいかに抑えるか。

そして色味や素材の感触を含めて、違和感なくユーザーに身に着けて貰えるか。

という点であるという。

--”着たくなるデザイン”を目指して、試行錯誤を繰り返ししているという。

「勿論、クローゼットの中身の総取り替えを推奨している訳ではありません」

 消費者のクローゼットに即したリフレクター素材を装着するよう提唱している。

それらのアイテムは衣服から装飾品、キーホルダーや傘など多岐に渡る。


 一ノ瀬デザインオフィスは自前の工場を持たない。

アイテム毎に工場に受注している為、繊維メーカーや縫製工場などに少なからぬ利益を産出させた。その為、今回の経済活性化大賞の功労者賞に輝いたのだ。

(誰も損をしないシステム)

 反感を持っている十河でさえ、唸らずを得ない。こぞって賛同者達が協賛するのも、尤もと言えた。

「一ノ瀬デザインオフィスは独り勝ちではなくWIN×WINを目指しているのです」

 松下は誇らしげに述べた。

一ノ瀬も付け加えた。

「本当は、アワードの受賞者名は、“一ノ瀬デザインオフィス”だけではなく、“及び関連企業様”として、タイトルロールして欲しかったんですけれど、却下されてしまいました。……私だけの力ではないのに」

 子供のように拗ねた一ノ瀬に、松下は優しく微笑んでいた。

(おままごともいい処だ)

 十河は思いながらも、おざなりに賛同しておいた。

そして、スタッフが持ち込んできた、リフレクター素材を使ったブランドの服などを写真に撮る。

趣旨に賛同して手打ちとした。


(まずはこれくらいでいいか)

十河が思った。

 スタッフに呼ばれて松下が席を外した瞬間、一ノ瀬が口を開いた。

「以前より、十河さんの記事や著書を拝見していました」

 ぎくり。

我知らず、十河は躰が強張るのを感じた。

(感づかれたか? )

 男の危惧をよそに、一ノ瀬は共著であったりしたので、パーティ会場で気づかなかった事を詫びた。

「十河さんの記事の根底にある、『被害者と加害者の境遇は明確であり、残酷である。時に被害者が加害者となり、加害者が被害者となる事を我々は忘れてはならない』、という骨子には共感しました」

と続けた。

(俺の記事を一ノ瀬が読んでいた?)

 しかも、彼女への批判とも取られかねない記事をだ。十河の記事には、加害者への不当な扱いに対しての怒りが常に渦巻いている。

(それを正確に読み取られていたとは)

 しかし、何時の記事かはわからないが、眼の前の女に少なからぬ影響を与えていた。その事実は、彼に記者としての喜びをもたらしてくれた。

「……それは、どうも」

 素直に礼を言うのに内面の葛藤があったがなんとか克服して、十河はようやく言った。


「この事務所のスタッフの多くは私を含め、皆、死亡交通事故による遺児、もしくはその家族です。世間の目というのは、被害者に優しい訳じゃない」

 唐突に一ノ瀬は語り出した。

(それは知っている)

 同情という名で、遠慮なくプライベートに踏み込んでくる態度。憐憫という名の優越感。武器と同じ密度で降り注がれる、視線と言葉。無邪気に訊ねられる事によって再生され続ける、負の感情。それらは被害者への”二次災害”だと十河も思う。


「本当の処を言うのなら、私達は世間の目に晒されたくない。マスメディアの脚光を浴びたくないんです」

 その為のインタビュー内容の事前の確認です、との言葉に思わず十河は噛みついた。

「では何故、貴女はメディアにこんなにも露出されているのですか」

 地味に暮らしたいのであれば、大人しく隠棲していればよいではないか。

(あんたが被害者をアピールして回るから、どれだけの加害者が肩身の狭い思いをしているか!)

お涙頂戴は、それを引き起こした者への批判へとなる。

(あんたこそが加害者であると、何故気づかない!)

進んでメディアと接触し、アワードの受賞をも固辞しない一ノ瀬燿子は、矛盾している。


一瞬、一ノ瀬は悲しげな表情になった。

「それが義務だからです」


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