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接触

「失礼、一ノ瀬いちのせさん。お話を伺ってもよろしいですか?」

女に話しかけていた男が離れた隙を狙って、ある男が会話をねじ込んできた。

「……」

貴方は誰、とそのつよい視線は誰何していた。

「申し遅れました、僕はこういう者です」

その男が差出した名刺には、

『フリージャーナリスト 十河 秀明』

と記載してあるのみ。裏には電話とメールアドレス、それだけだ。

「……とがわ、ひであき、さん……? 」

女の自信の無さそうな声に、闖入者はにっこりと笑った。

「外れ。『そごう』、と読みます」

(ゲームの始まりだ)





 女は読めなかった恥かしさと苛立ちを、名前の通りにキラキラと輝く瞳と不機嫌な表情で顕してきた。

「随分、不親切なんですね」

 女は低く呟いたが、しかしその言葉はパーティのざわめきの中でも、男の耳に十分に届いた。

「ご自身のお名前が珍しいものだとはわかってらっしゃるんでしょう? なのに、名刺の表はおろか裏にも読み仮名が書いてないなんて」

尊大な声だった。


 男が堪えていないと見るや、彼女は辛辣な言葉を付け加えた。

「ご自身の名前は誰でも知っていると思いあがっている田舎者なの? それとも”日本人なら誰でも漢字は読めて当たり前だ”とでも思ってらっしゃるのかしら。浅学なもので、貴方がどういう方だろうか存じ上げないの」


(そうだろうとも)

 男は独りごちる。

(頂点に立っているアンタからすれば、底辺を蠢く俺なんて虫けら同然。それどころか、存在すらも見えてないんだろう)

 女が醸し出している険悪な雰囲気に、周囲の人間がちらちらと二人を気にし始めている。

(この場で、この女の化けの皮を剥がしてやってもいいが、まだインパクトに欠ける)

 今は、この女を叩き落す時ではない。

(せいぜい絶頂期を味わっておけ)


 内心とは裏腹に、男は気弱そうな笑顔を浮かべて所在無げに頭を掻いてみせた。

「すみません、冗談の度が過ぎたようです。おっしゃる通り、僕の名前はそうそう読めません。なので、話を膨らますネタとしてはいいかな、と」

いつもこうやっているのだ、今回は悪乗りし過ぎた、と男は恐縮してみせた。

「……」

女の目が和らぐのがわかったが、まだまだ警戒心を解いてはいない。

「改めて、自己紹介させてください。僕は」

男が自己紹介を再開したら、遮られた。

「残念。私は一ノ瀬 燿子ようこの妹ですわ、それでは失礼」

女はくるりと踵を返し、人の輪の中に紛れようとした。

「一ノ瀬 燿子さんに妹さんはいませんよ」

女の背中に声をかけた。



「彼女には、幼い頃に事故死した弟さんしかいない筈だ」

女の背中が強張ると、ゆっくりと男の方へと振り返った。

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