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この瞬間だけは

 翔太は2階の廊下にいた。

 無数の魔物達がひしめき合う廊下。

 翔太は覚悟を決める。

 生身の体の彼では無事に済むわけがない。

 そんな絶望の中で――

 ――死んでも俺は教室へ辿り着いてみせる――

 たとえ身が滅ぼうとも、詩織のいる1年1組の教室まで行ってやる。

 そう決意した。

「いくぞぉぉぉ――!」

 自らを奮い立たせるために声を上げ、彼は突進する。

 魑魅魍魎がひしめき合う2階の廊下のその先へ向かって。


 そのとき――


 翔太は自分のすぐ右隣に並走する存在に気づく。

 いや、そうではない。

 自分の走りに合わせてすぐ隣を飛行する、黒装束姿のイケメン顔の横顔がそこにあった。

「か、神様? 来てくれたんですか?」

「私はずっとおまえたちの(そば)にいたぞ。おまえ達が心を開かなかったから見えなかっただけだろう……」

「神様、俺の最後のお願いです! あと一度だけ、魔物を蹴散らす力を与えてください! その後で俺の命を神様に捧げます!」


 翔太の真剣な顔を見た土地神は――


「おまえは何か勘違いしているようだが……よし! おまえの命は私が預かった! 行くぞ少年――!」


 土地神は翔太の体に入り込んだ。

 不思議なことに、翔太の意識はもとのまま。

 翔太は最後の戦いに神様から特別な計らいを貰ったのだと思った。


 翔太は群がる魑魅魍魎達を蹴散らしながら進む。

 彼の勢いはもう衰えない。

 むしろ、ぐんぐん加速していく。

 廊下の壁を走り、天井を走り、ガラス窓にヒビを入れながら走り、縦横無尽に突き進んでいく。


 そして――


 1年1組の開かれたドアへ飛び込んでいく。

 そこには両手をつかまれ、その大きな口で頭からかぶりつかれる寸前の詩織の姿があった。

 翔太は勢いを止めることなく巨大な魔物を跳び蹴りし、詩織を抱き留める。

 駆け寄ってきた三咲に詩織を預け、踵を返して回し蹴りを2回、最後のとどめに正拳突きを食らわせると、魔物は教室の隅で縮まっていった。

 低級の悪霊達は次々に巨大な魔物から離れていき、教室の壁沿いに我先にと逃げるように広がっていく。


「翔太ぁぁぁ、翔太ぁぁぁ――!」


 詩織はこれまで気丈にも涙を堪えいてた。それが堰を切ったようにあふれ出た。

 詩織に抱きつかれた翔太もまた、詩織の体を強く抱きしめた。

 翔太の腕の中に収まった詩織の体は柔らかく、そして何よりも愛おしいものだった。

 でも、彼らには時間的な猶予はない。

 翔太は詩織の肩に手を置いて、 


「泣くな詩織! まだ俺達の戦いは終わっていない。俺が魔物を弱らせるからお前が退治してくれ。できるな?」

「で、でも私……もう巫女の力は……」

「その手に持っている物は何だ? お前は神様からそれを預かったんだろう?」


 それは翔太にも見覚えがある鈴。京都行きの際に翔太を通じて土地神から預かった悪霊を祓う力のある鈴。


「翔太もそう思う? これ、神様が貸してくださったのよね……でもどうして……」

「それは戦いが終わってから直接神様に聞いてみようぜ!」


 翔太は詩織に白い歯を見せウインクする。

 次の瞬間、魔物達が二人に覆い被さるように襲いかかってきた。


 教室の中にできた真っ黒い山のような塊。

 その中心から眩い黄金の光が漏れ、魔物達の体が周囲に散らばっていく。

 光は抱きしめ合った2人の体全体から発せられていた。


「さあ、悪霊退治の時間だ!」


 翔太は手の指を鳴らしてニヤリと笑った。

 すぐさま翔太の先制攻撃。

 廊下から次々に押し寄せてくる魔物達をなぎ払って弱らせていく。

 弱ったところを詩織が悪霊退散のかけ声とともに鈴を振る。

 それを見ていた生徒達も、机やイスを振り回して魔物を追い詰め始める。

 皆、自分にできる精一杯のことをやろうと頑張っていた。


 翔太が来てから30分ぐらい経った頃――


 どこからともなく歓声が上がり、近くの者同士で抱き合ったり、互いの健闘をたたえ合ったりと、歓喜の輪が広がっていく。生徒たちの奮闘の末、校舎内にいたすべての魔物の排除が終了したのである。その中心にいるのは、言うまでもなく翔太と詩織だ。


「翔太ぁぁぁ――――!」


 詩織が翔太の胸に飛び込んだ――その刹那――彼女の視線の端に黒装束姿の人物が写った。


 初めて見た土地神の姿に詩織は――

 

「翔太ぁぁぁ、翔太ぁぁぁー……」


 今、この瞬間だけは翔太のことだけで胸が一杯になっていた。

 

 土地神は少し寂しそうに、しかし満足そうな顔で何度も頷いていた。



 *****



「あはははは、皆協力ありがとうね。外の魔物達の封印も無事に終わったから、もう安心よ。他のクラスと職員室にいた人もみんな無事だったわよ!」


 変身を解いた大橋先生がばつの悪そうな顔をして教室に戻ってきた。

 ジャージを羽織っているところを見ると、ブラウスの背中の部分は破れて大変な状態になっているのだろう。


「先生――!」


 クラスの生徒達は大橋先生の周りに集まる。

 生徒達はみな興奮しているので、大橋先生の正体については誰一人として問い詰めようとする者はいない。先生が説明に苦労するのはもっと先の話である。



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