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下賀美の巫女

 1年1組の教室では皆が身を寄せ合って恐怖に耐えていた。時折、ガラスのヒビが広がっていく音と、入り口のドアがガタガタと揺れる音が不気味に鳴り響く。その度に耳をふさぐ者、目で確認する者、近くの仲間と声を掛け合って気を紛らせようとする者とそれぞれに恐怖に打ち勝とうと頑張っていた。


 ガタンと大きな音を立てて、後ろ側のドアに積み上げた机がずれた。皆の視線が一点に集中する。続いてガタガタとドアが激しく揺さぶられる。ドアの向こうに力の強い魔物がいる。それは誰の目から見ても明らかであった。


 ドアの向こうの魔物が勢いよくドアに体当たりしたとき、バリケードの机が崩れ始める――と思われたが、すぐに駆け寄ってバリケードを押さえた男子生徒が1名。


「おい! 腕力に自信がある奴は手伝ってくれ!」


 3年生の元サッカー部員の剛史がバリケードの机を押さえつけながら呼びかけた。剛史の仲間2人と、クラスの男子3人も駆けつけて6人がかりで死守する体制をとった。

 ドアの向こうの魔物はさらにガンガンと揺らしてくる。


「まずいね……このままではじり貧だ。神崎さん、なにか良いアイデアはないものだろうか?」

 鈴子部長が詩織に尋ねた。

「ごめんなさい部長……私はもう巫女じゃないから……何も力になれなくて……」

 詩織はうな垂れた。

 その様子を見た鈴子部長はそれ以上は声をかけられず、黙ってしまう。


「ねえ詩織、あなたの言う巫女の力って、うちにはどんな物か分からないんだけどさぁ、そんなの関係ないじゃん!」


 詩織の親友、大空三咲が声をかけた。


「え……? 関係……ない……?」


 詩織は顔を上げて三咲を見る。

 すると、三咲の背後にいる生徒たちから次々と――


「私のおばあちゃん、いつも詩織ちゃんのこと、村自慢の巫女だって言っているよ?」

「俺の母ちゃんもすっごく感謝していたぞ、お前のこと」

「そうだよ神崎! 僕らにとっては神崎は今でも巫女さんだよ!」

「村の平和は下加美神社のお蔭だってみんな知っているよ?」


 それを聞いた詩織は――


「みんな……ありがとう……でも……」


 それでも自信なさげな詩織に向かって鈴子部長が――


「私は新町側の人間だから正直、神崎さんの家の様子はよく分からないのだが……キミは村の皆に愛されているのだね。もう一度尋ねよう……どうだい、なにか良いアイデアが出てこないかい?」


 鈴子部長の言葉に頷いた詩織は、後ろのドアへ近づいていく。

 腕力自慢の男子6人で死守しているバリケードの前で――


 すっと手を前に出して、目を閉じる。

 巫女神楽の始まりのポーズ。

 右手にあるはずの鈴は、今は無い。

 しかし、頭の中でイメージする。

 着慣れた巫女服姿の自分の姿。

 ここは神楽舞の舞台――


 私は――


 ――下加美の巫女――

 

 伸ばした右腕をわずかに傾け、手首を振る。

 

『シャン――……』


 その様子を見た皆の耳には、澄んだ鈴の音が聞こえてきたように思えた。

 詩織はくるっと体を回転させて、再び手首を振る。

 再び皆の耳の奥に鈴の音が届いた。

 先ほどまでの恐怖が、小川の澄んだ水に流れゆくように和らいでいく。

 皆の視線は詩織の一挙手一投足に釘付けになっていた。


 詩織のふっくらとした柔らかそうな唇から、祝詞が上げられる。

 その声は、まるで森の奥に見つけた花畑に寝転んで、耳を澄ませて風の音を楽しんでいるような心地よい歌声――


 鈴子部長の目には一瞬、詩織の周りにお花畑が広がっていくように見え、思わず目をこすった。山ノ神村の住人たちが口をそろえて言った、下加美神社の巫女の一端を理解したように思えた。


 迫り来る魔物の恐怖を忘れ、しばしみとれる生徒たち。

 しかし、その時間は長くは続かなかった。


 ドアが勢いよくがたんと外れ、バリケードにしていた机が上から崩れ落ちる。

 寸前のところで、それを押さえていた男子生徒は後ろへ飛び退いた。

 開け放たれた空間から、天井まで届くほどの巨大な魔物がのそりと侵入してくる。


 頭は米俵ほどの大きさで、大きな目がぎょろりと動き回り、顔の半分ほどを占める大きな口から白い歯がこぼれる。体全体の黒に対して歯の白さが際だって目立つその魔物は、詩織をめがけてのそりのそりと近寄ってくる。

 

 詩織は魔物の気配を感じながらも、巫女神楽を続ける。

 魔物が詩織に襲いかかる瞬間―― 

 詩織は右腕を斜め上に伸ばし、手首を振った。


『シャァァァン――――…………』


 教室に鈴の音が響いた。

 まるで世界のすべての音が鈴の音に集約されたかのような精錬された響き――

 その場にいるすべての生徒の視線は魔物ではなく、詩織の右手の先に集中していた。

 詩織の手には鈴が握られている。

 それは黒い柄に金色の鈴。

 皆には初見だが、詩織には見覚えのある鈴――


 見ている生徒たちにはその鈴の意味はわからない。しかし、詩織の手の中に出現したその鈴が、奇跡をもたらすアイテムであることは十分に理解できていた。


 詩織は祝詞を上げながら巫女神楽を舞い、教室中に視線を巡らす。

 当然のことながら彼女には土地神の姿は見えない。

 でも――

 神様は見ていらっしゃる――

 それだけで勇気が湧いてくる。


 魔物がのそりと詩織に覆い被さるように手を伸ばしてくる。

 詩織は踊りの動きの流れで、魔物に向かって鈴を鳴らす。

 魔物は動きを止め、2歩、3歩と下がり始める。

 詩織がくるっと一回転しながら鈴を鳴らしていくと、周囲に金色の光が桜の花びらのように舞っていく。


 その美しい光景に、生徒達はみとれた。

 詩織の美しい歌声と相まって、幻想的な風景が脳裏に浮かんでいた。


 しかし、魔物にとっては苦々しい光景。

 低級の悪霊をはじめ、魑魅魍魎が開かれたドアからのそりと侵入してくる。

 数にして100匹以上の魔物達が、邪魔者である詩織の存在を確認し、間合いを詰めていく。


 低級の悪霊達は、巨大な魔物の肩や背中にコバンザメのように引っ付き始める。

すると、先ほどまでは鈴の音を恐れていた魔物の目が赤く輝き始める。


 詩織が勢いよく右腕を伸ばした瞬間、魔物が詩織の手をつかんで引っ張り上げる。

 詩織の足が床からぶらんと離れた。

 祝詞が止まり、詩織の目は大きく見開かれる。


 生徒達の悲鳴が鳴り響いた――


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