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不幸

 全校登校日の明け方、山の神村地区に地震が発生した。震度としては4程度のものであったが、微震動の直後に数秒間の縦揺れがあり、村人の多くは一度は跳び起きたほどのものだった。

 翔太にとってはようやく寝入ったところに叩き起こされたようなもの。彼はつくづく運のない男である。


 翔太の家は田んぼの中の一軒家。家の前には車が1台ようやく通ることができるぐらいの細い道があるだけで、あとは田んぼが一面に広がっている。

 日はすでに登り、昼に向けて気温が上昇していく気配を見せ始めた頃――


「翔太、あなたまだ寝ていたの? 物音がしないからご飯も食べずに行っちゃったのかと思っていたわよ!」

 母に起こされ、翔太は目をこすりながらむっくりと起き上がる。

 そして――

「学校……サボろうかな……」

 翔太は呟いた。

 すると母は信じられない物でも見たような顔で、

「はあー? 翔太どうしたの、学校でいじめに……それはないわよね。あなたのことだからいじめることはあってもいじめられることなんかないはず。じゃあ、何かいやなことでも……それもないわ。あなたのことだからいやなことは力尽くで蹴散らしてしまうはず。じゃあ、なんで……」

 ものすごい言われようだが、それは慣れっこになっているようで、

「夏休み中の登校日は行かなくても欠席扱いにはならないって先生に聞いたし……」

 と言って、もう一度布団にごろんと横になった。

「……親に堂々と学校をサボるなんて言う子供って他にいるのかしら。まあ、お盆の間家のことで頑張ってくれたものね。いいわ、今日のところは勘弁してあげる。プリントやお知らせなどは詩織ちゃんが届けてくれるだろうし……」

 母から詩織の名を聞いて、むくっと起き上がる翔太。

「そうか……どうせ会ってしまうのか……なら今からでも行くかな……」

 寝不足で重い体を引きづり、翔太は登校の準備を始める。





「先生――、桜木君がまだ来ていませーん」

 1年1組の教室では朝の出席確認が行われていた。夏休みの間は出席簿には記入しないものの、出席確認はきちんと行う。ただ、大橋先生はめんどくさがり屋なので一人一人の点呼をとることはしない。

「ちっ、めんどくさい子ね。はい、桜木君はサボりでーす!」

 大橋先生が名簿にチェックする。

「先生! 桜木君は無断でサボったりする人じゃありませんよ。ねえ、詩織」

 詩織の親友、大空三咲が言った。

「さ、さあ……この頃翔太と会っていないから私!」

 ちょっとご機嫌斜めな詩織が答えた。

「……ねえ、あなたたち喧嘩でもしているの? 年中べったりしている二人が会っていないなんて緊急事態じゃない!」

「さ、さあ……私が巫女をやめた途端に家にも来なくなっちゃって……」

「これからは自由にどこにでも遊びに行けるぅーって電話ではしゃいでいたのにね。肝心の桜木君が会ってくれないんじゃあねえ……もう別れちゃう?」

「なっ、なに言ってるの三咲! 私達付き合っている訳じゃ……」

「ないの?」

「……うん。たぶん……正式には……」

「はい、先生ー! 桜木君と神崎さんはキッパリと別れたそうですー!」

 三咲は読書感想文などの宿題を回収している大橋先生に向かって言った。

 彼女は先生が二人の関係を何かと気にしていることを知っている。

 しかし、今回に限ってはそれは逆効果だったようで……

「ふーん、そうなんだ。とうとう彼と別れちゃったのね? うふっ!」

 大橋先生は口の端を上げ、詩織を冷ややかな目で見つめる。

 詩織は口をへの字に曲げ、先生の冷ややかな視線に耐えようとした。

 机の下で握る手の平からじんわりと汗がにじみ出てくる。

「じゃあ、差し詰め別れたショックを引きずって登校渋りをしているってところかしら、桜木君は? あっ、先生は彼のことが心配だからぁ、お家に連絡入れてくるわね。国語係さん、あとはよろしくね!」

 大橋先生は上機嫌で、皆に手を振りつつ教室を出て行った。

 


「うふっ、そうよね。13歳の子ども達のカップルなんて、所詮はただの恋愛ごっこ。いつかはこうなると思っていたのよねぇー、うふふ……」


 邪神の半身である大橋先生は、渡鴉神(わたりがらすのかみ)の本来の姿が恋愛成就の神様であったことはどこ行く風、翔太と詩織の関係を以前から疎ましく思っていた。理由は彼女自身には分からない。が、今回の件が彼女にとって朗報であることには違いない。


 1年生の教室からは廊下を歩いて階段で1階に降りる。間もなく階段に差し掛かるというそのとき――廊下の窓の外に黒い影が横切っていった。


「えっ!? な、なんであいつらが……?」


 大橋先生は窓を開けて外を確認する。

 すると――

 学校の裏山の杉林にカラスの大群が見える。

 その中に混じって、体長2メートルぐらいの巨大なカラス――鴉天狗の姿がチラホラと散見されていた。

 鴉天狗が朝のこの時間帯に見かけることはめずらしいこと。

 そして尋常ではないほどの個体数。

 大橋先生の額から汗が噴き出してきた。

 

 もはや職員室へ行っている場合ではない。

 階段を上に駆け上がり、屋上の扉を開けようとして鍵がないことに気付く。


「もう、どうにでもなれよ!」


 大橋先生は渾身の力でドアを蹴破る。

 鉄製の重い扉がくの字に曲がり、外へ向けて吹き飛んだ。


 屋上へ出ると、彼女はすぐに隅にある石積みの祠を確認する。

 祠は跡形もなく崩れ去っていた。

 朝方の地震のせいだろう。


 今日の天気は快晴。

 夏の太陽が屋上を燦々と照らしているはずなのに……

 やけに薄暗いと思ったら……


「何でこうなるのよぉぉぉ――――!」


 大橋先生は空に向かって叫んだ。

 中学校の校舎を覆い尽くす程の鴉天狗をはじめ、様々な形状の浮遊性の魑魅魍魎がわらわらと上空を旋回していたのである。


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