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宿敵登場

 下賀美神社の入口には車5台がようやく駐められる程度の小さな駐車場がある。

 駐車場のすぐ脇に高さ5メートルぐらいの大きな鳥居が立っている。いわばこの神社のシンボル的な存在である。


 耳を塞ぎたくなるほどのアブラゼミの鳴き声に埋もれるように、翔太は1人腕組みをして鳥居の柱にもたれ掛かっていた。視線の先には車が1台ようやく通ることができる程度の細い田んぼ道。彼はそのずっと先を見つめていた。


 顔から吹き出す汗があごからぽたりぽたりと滴となって乾いた地面に吸い込まれていく。真夏の晴れた空の下、気温は30度を優に超えていた。


「来たか……」


 翔太は遠目が利く。学校の視力検査では細かな判定は省略されるので定かではないが、2.0は優に超えているはず。

 彼の目は遙か彼方の2人の中学生の姿をはっきりと捉えている。

 

 右が坂本佳乃・黒魔術の女。左が豊田庸平・陰陽師の男。

 2人の天敵が下賀美神社へ向かって自転車を漕いでいる。自転車のカゴには3匹の猫達が分乗しているようだ。

 翔太にとってはまるで敵に敗れ開城を待つ城主のような心境であった。


「よりによってあいつらを招く日が来ようとは……」


 奥歯をぎりりと噛みしめ、まるで戦に敗れて開城した城主が敵将を待ち受けるかのような風体で仁王立ちしている。

 招いたのは詩織であり彼ではない。そしてこの下賀美神社は詩織の家であり彼はその友人に過ぎない。

 しかし――何という敗北感―― 

 



「詩織-、先輩たちが到着したぞー!」


 開けっ放しの玄関から家の中に向かって声をかける。『先輩たち』という呼び方は翔太にとっては不本意なこと。しかし宿敵とはいえ、2人の前では努めて礼儀正しく振る舞う。それが詩織から出された条件だから仕方がない。


「佳乃せんぱーい、いらっしゃい!」

 詩織は佳乃の手を握り、満面の笑み。

「今日はお招きありがとう。あ、これうちの母から……」

 そう言いながら煎餅か何かの包みを佳乃が渡す。

「そんなお構いなく……私の母は病床の身なので顔は出せませんがお二人によろしくと言っています。あと父はそのうちひょっこり顔を出すと思いますので……あ、どうぞ上がってください。豊田先輩も今日はありがとうございます!」

「お、おう……じゃあ上がらせてもらうよ」


 2人は詩織の先導で10畳の部屋に案内される。その後ろを白・黒・茶の3匹のねこが付いていく。

 翔太はその猫達の後ろを注意深く進む。

 あくまでも彼の目的は監視なのだ。


 10畳の和室には折りたたみ式の長机が置かれている。この部屋は神社の氏子さんたちの会合や軽作業用に用意された場所だが、最近は専ら詩織たちの勉強や遊びの部屋と化している。

 なぜなら、翔太は詩織の部屋には入ることは許されていないからだ。以前、この10畳の和室が大人達の会合で使われている際、詩織が自分の部屋に翔太を連れて行こうとしたことがあった。そのとき、詩織の父は鬼のような形相で翔太を睨んでいた。当時小学生だった彼にはトラウマのように恐怖として刻まれていたのである。

 それ以来、詩織の部屋に近づくことすらできないのである。


 長机の奥側に2人の先輩を座らせ、翔太は入口側に座る。

 詩織は長机の真ん中に置かれた大皿に盛られた、おはぎのラップを外しながら、

「これ、母の手作りなんです。先輩たちが来るからって、朝から張り切って作っていました。今麦茶を持ってきますから食べて待っていてくださいね」

 と言って2人の前に差し出した。

「うわぁー、美味しそう! いただきます」

 佳乃がすぐに手を出し、口に入れる。

「うわ、うまっ! 庸平も食べてごらんよ!」

「おお、どれどれ……本当だ旨い! うちの祖父ちゃんが作るやつより数段旨いな」

 実際、詩織の母が作るおはぎは絶品だ。

 翔太もそれは百も承知のこと。

 2人の先輩が楽しそうに談笑しながらおはぎを食べている姿を見て警戒心をつい緩めてしまう。

 ごくりとつばを飲み込む。それを見た庸平が

「桜木翔太、お前も食べてみろ! 美味しいぞ?」

 と、翔太に声をかけた。

「いいえ結構です。先輩たちが帰った後でゆっくり食いますから!」

 翔太はつっけんどんに返答した。

「お前なぁー、京都での一件はもう水に流せよ。そもそもお前の方から突っかかって来たんだろうが」

「そうよ翔太君。私達の出会いは最悪だったけれど、それは翔太君の勘違いから生まれたすれ違いが原因だよ?」

 庸平と佳乃が翔太に気持ちを投げ返してきた。

「白い魔物がずっと俺を睨んでいるこの状況でそんなこと言われても俺は騙されないぞ!」

 翔太の言うとおり、白猫が佳乃の膝の上から彼をじっと見つめていた。

「白虎さん! 話がややこしくなるから余計なことしないで!」

 佳乃が白猫を(たしな)める。ちょうどそのとき、佳乃が持つおはぎから剥がれた餡子が白猫の頭の上にぼたりと落ちた。

「あ……ごめん……」

 慌てる佳乃をよそに、白虎が長机の上にのそりと上がり、

「その小僧は我が相棒を殺めようとした。その罪は未来永劫消えることはない――」

 白猫姿の白虎が低い声で言った。

「白虎、お前は頭が固いんだよ! それに頭に餡子を乗せた姿で言ってもシリアスなのかギャグなのか分からないぞ」

「ご、ごめんね白虎さん、今取って――」

 佳乃が白猫の頭から餡子を取ろうと手を伸ばしたとき、黒猫がビュンとジャンプしてそれをパクッと平らげた。

 一瞬の出来事に佳乃は呆気にとられる。

 畳の上でもぐもぐと口を動かす黒猫。

「あ、あなたたちも食べたかったの? ごめんね気が利かなくて……」

 佳乃はおはぎを両手に持ち、茶猫と黒猫に差し出すと『キュルキュル』と鳴きながらぱくつき始める。

 この2匹の猫は黄龍と黒龍の変化した姿である。


「やあ皆さんいらっしゃい。おやおや、可愛い猫ちゃん達も来ていたのか」

 詩織の父が挨拶にきた。

「あ、お邪魔しています。私達隣村の中学3年生、坂本佳乃と――」

「豊田庸平です……」

「うんうん、娘からよく話は聞いているよ。いやさすが3年生だね。どこぞのぼんくら息子にいくら教わってもできるようにならなかった娘が、あっと言う間に英語ができるようになったらしいじゃないか」

 そう言いながら翔太に視線を送り、にやりと笑った。

「もう、お父さん余計なこと言っていないでそこをどいてよ! 麦茶をお出しするんだから!」

 後ろに控えていた詩織がぷんぷん怒りながら麦茶を乗せたお盆を持って戻って来た。

「じゃあ、ゆっくりしていってくれ、2人とも!」

 父は佳乃と庸平の2人に目配せをして、去って行く。

 呆気にとられた2人は翔太の様子を見る。

 翔太は苦笑いを浮かべながらも特別な反応は示してはいない。

 詩織の父と翔太はいつもこんな感じなのだから。

「なかなか面白い親父さんじゃないか。いつもあんな調子なのか?」

 庸平が詩織に問う。

「あっ、はい……お父さんと翔太は仲良しなんですよ」

「えっ!?」

 佳乃と庸平が同時に反応した。

 2人は意外な詩織の反応に戸惑うが、詩織は真顔で答えていた。



 しばらく談笑した後、4人は本来の目的である夏休みの宿題を始める。

 分からない所があると詩織は積極的に佳乃に訊く。

 佳乃は優しく丁寧に教え、詩織はふんふんと頷きながら聞く。

 そんな女子2人を翔太と庸平はチラ見しながら、黙々と宿題を進めていく。

 白、黒、茶の3匹の猫達は縁側に仲良く座り、外を眺めている。

 時折、飛んでくる蝉やカナブンを目で追っているが、本物の猫ではないので飛びついたりはしないようだ。


「あれ? 豊田先輩の式神って、あと一匹……赤鬼もいるよね。今日は連れてこなかったの?」

 ふと翔太が疑問を口にした。

「赤鬼か……奴は今日外させない用事ができてな……その用件が済んだら合流する予定だ。ちなみに俺の式神はあと一匹い――」


 庸平がそう言いかけたとき――


「きゃぁぁぁぁぁぁ――――!!」


 詩織が部屋の隅にうずくまり、悲鳴を上げた。

 翔太は驚いて立ち上がり、周りの状況を確認する。

 縁側から体長20メートル級の白い大蛇がのそりと這い上がっていた。


『くそ――、神社の結界を突破されるとは何という失態か――!』


 翔太の隣に土地神が姿を現した。


「神様、あのヘビは……魔物ですか?」


『ああ、まさかここで再び相まみえることになろうとはな――奴は、我が巫女の宿敵。詩織の母親に呪いをかけた張本人だ!』

 

 土地神は漆黒の扇子を構え、呪文を唱え始めた――

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