魔物と共存する社会
「詩織は無事か――!?」
騒々しく入ってきたのは翔太である。
その後ろには詩織の知らない男子生徒。
少し遅れて大橋先生が入ってきた。
「い、いきなり何なのよ? 無事も何も、私はこうやって英単語の練習をやっているだけだよ?」
呆気にとられている詩織の腕を掴んで強引に立たせる。
「きゃあ――! な、なによ、翔太どうしたの!?」
翔太は対面に座る佳乃と詩織の間に入り――
「黒魔術の女! ここで何をしている!?」
「はあっ? 何なのアンタ失礼ね……あっ、あなたは京都にいた――」
「しょーたくーん――!」
佳乃のセリフを待たずに智恵子が翔太の背後から抱きついてきた。
「や、やめろ――、俺に抱きつくなぁぁぁー!」
「ひぃぃぃー、翔太、何やってるのぉぉぉー!?」
「お、落ち着け詩織! 俺は何もやっていない! やっていないからぁぁぁー!」
手をぱたぱたさせて翔太が慌てふためく。
彼の後頭部は智恵子の大きな胸で埋もれている。
口をあわあわさせて詩織が見ている。
自習室であった図書室が修羅場と化した。
「ねえ庸平! この子に私は普通の女の子なんだって説明してあげてよ! 京都でもさんざん説明したはずなのにぃー!」
佳乃がまだ入り口付近に立っていた男子生徒――豊田庸平に言った。
「その前に長谷川はそいつを離してやれ! 話が余計にややこしくなる」
「えー、感動の再会をもっと味わわせてよぉー!」
「ダメだ、離れろ!」
「イヤよぉー! もう離れられないんだからぁー!」
智恵子と庸平の2人に引っ張られて為す術のない翔太は白目を剥き始めた。
「ち、智恵子先輩と翔太は京都で会っていたんですか?」
詩織はくちをあわあわさせながら訊いた
「そうよー、京都の旅館で翔太君を膝枕してあげたの、うふっ」
「ひ、膝枕ぁぁぁー!?」
「あ、そんなことよりも翔太君たら、そこにいる佳乃ちゃんに殺されかけていたのよ?」
「――――えっ!?」
京都の旅館で翔太は確かに佳乃に首を締め上げられ殺されかけていた。
確かにそれは事実に違いなく、詩織は言葉を失った。
「ちょっとー、これ以上ややこしくしないでよぉぉぉー!」
佳乃が涙目になって懇願した。
その頃、翔太は完全に白目を剥いていた。
薄らいでいく意識の中で、智恵子の胸の感触と詩織の悲鳴のような声が徐々にフェードアウトしていった――
翔太が目を開けると、白い天井が見えた。白いカーテンに仕切られた狭い空間。彼はいつの間にか保健室に寝かされていたのである。
ふと、カーテンの向こう側に人の気配がした。
そっとカーテンのすき間から覗くと……
床に屈んだ詩織が、猫と戯れている様子が見えた。
白、黒、茶色の3匹の猫。
白い猫は翔太が京都で相手をしてひどい目にあった魔物である。
それは詩織に両手を持たれてだらーんと身体を伸ばしていた。
「詩織、離れるんだ! そいつは魔物だぞ!」
「あっ翔太、気がついた?」
慌てる翔太に対して、あっけらかんとした詩織の反応。
彼は力が抜けベッドから滑り落ちそうになった。
「詩織、落ち着いて聞け。お前が触っているその白い猫は魔物が変化しているやつだ。とても恐ろしくて強い。そっと離してこっちへ来い!」
「白虎さんでしょ? 佳乃先輩の相棒なんだって、この子……ねえ、かわいいでしょう?」
そう言って翔太の顔に白猫を寄せる詩織。
翔太は上体を反らして顔を引きつらせているが、詩織に無様な姿を見せるわけにはいかない。
おそるおそる白猫の頭を撫でみようと手を近づける。
次の瞬間には翔太の手は白猫に噛まれていた。
それは一瞬の出来事。
痛みはゼロコンマ1秒後にやってきた。
「いてててて――、この野郎め――――!!」
手をぶんぶん上下に振り回し、4往復目で白猫の口が離れた。
白猫は放物線を描くように坂本佳乃の腕の中にすっぽりと収まった。
「大丈夫? 白虎さんと仲が悪いのね、翔太は……」
「殺し合いをした仲だからな……黒魔術の女と白猫とは……」
「ねえ、翔太がいびきをかいて寝ている間にその話も聞いたけど……それって、翔太が悪いと思うよ?」
「えっ……?」
「だって、翔太は相手が魔物と見ると退治に躍起になっていたんでしょう? でもこの白虎さんたちは悪い魔物じゃないんだよ? 豊田先輩の式神といって、役に立ってくれる約束をしてくれている魔物なんだよ?」
「――――うっ」
神様にも言われ、詩織にも諭されてしまった翔太は、もうそれ以上言い返すことはできなくなっていた。
魔物と人間が共存する社会――
意固地になっていた翔太も少しずつ受け入れられるようになっていく。
彼はまだ13歳。
様々な経験を積んで大人になっていく途中だ。