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お帰りなさい

 下賀美神社の境内はしんと静まりかえっている――


 社務所兼自宅の一角、詩織の部屋に柔らかな朝日が射し込む。

 詩織は真っ赤に腫らした目をゆっくりと開ける。

 いつも見ている部屋の中。

 しかし、何もかもがまるで偽物のように感じる。

 翔太を感じられない世界はこうも空虚なものなのか――


 いつの間に眠ってしまったのか……

 巫女装束を着たままの格好だから、大広間からここまで父が運んでくれたのだろう。

 想像出来るのはそこまで。

 神隠しに遭った翔太を返してもらおうと神に祈った。

 その思いは届くことなく、朝を迎えてしまったのだ。


 時計は5時半を回ったところ。

 ふと、大広間の様子が気になった。

 神楽舞の音響用CDデッキはじめ、あらゆることがやりっぱなしになっている。

 詩織は、父と母を起こさないようにそっと廊下を抜ける。

 そして、大広間に入る襖を開ける――


 大広間の上座、昨夜詩織が巫女舞を踊っていたその場所に――


「翔太ぁぁぁ…………」

  

 翔太が仰向けになって寝ていた。

 詩織はすぐに駆け寄り、両手を床について翔太の様子を確かめる。

 大きな怪我をしている様子もなく、気持ち良さそうに寝息を立てている様子にホッと胸をなで下ろす。

 

「翔太は……また私の為に戦ってくれていたんだよね……きっと……」


 詩織は翔太の頭を膝に乗せ、頭をそっと撫でる。


「あれ? 頭に傷が……3カ所もついている。何かに咬まれた痕……?」


 彼の頭皮にはくっきりと歯形が残っていて、血が滲んでいた。

 きっと相当強い敵と戦ってきたんだろう。

 無理をするなと言っても、ぜったい翔太は無理をしてしまうだろう……


 それならば……


「私が強くなるからそれまで待っていてね、お願い……」


 詩織は翔太のおでこに優しくキスをした。



 *****



 始業のチャイムが鳴り、1年生の教室へ大橋先生が入ってくる。大橋先生は口元のほくろが印象的な細身で美しい顔立ちの女性なのだが、いつも表情に暗い影を落とし、まさに『薄幸の美人』という感じ――そして今朝はすこぶる機嫌が悪そうである。


「きりぃぃぃつ、れぇぇぇ」


 号令係の締まりのない挨拶から朝の会が始まる。


「あー、じゃあ皆そろっているわね……誰かいない人は?」


 いつもは1人1人の名前を呼ぶのだが、今朝の大橋先生は機嫌が悪い。


「先生、神崎さんと桜木君がまだ来ていませんけど……あれ? 今日まで欠席の予定だったかな?」


 詩織の親友、大空三咲が首をひねりながら言った。


「あー、あの2人ね……今日から登校する予定でしたが家庭からの連絡はありません……だからサボりね。あの2人はサボりでーす」


「えー、そんなぁ-。桜木君はともかく、神崎さんはサボったりする人じゃありませんよぉー、あれ? 先生どこへ行くんですか?」


「家庭へ連絡してみるわ。皆さんはこのまま朝読書をしっかりしていてね!」


 作り笑顔を残し、大橋先生は職員室へ向かった。

 

 こうして、いつも通りの中学校生活が始まっていく―――― 


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