赤鬼の帰る場所
翔太の頭に衝撃が走る――文字通りの意味で。
「痛ってぇぇぇ! 何をするんですかぁー、神様ぁー!?」
頭を抱える翔太の背後から土地神のゲンコツが炸裂していた。
「貴様は何という暴挙をしでかしていたのか! 赤鬼を神器の扇に封印しておったとはな――!」
「えっ!? ……ダメ……でした?」
「駄目に決まっておろうが……はぁ-、邪神よ、おまえの教え子に教えてやってくれ!」
「えっ!? このグロテスクな鬼の魔物が如何したというのかしら?」
不意に土地神に話を振られた邪神を身に宿す大橋先生は戸惑う。
「はーっ、そうであった……邪神は所詮よそ者であったな……良いか少年、そこに居る赤鬼は古くからこの地に因縁をもつ魔物だ」
「えっ、でも……俺は京都でコイツに会ったんだけど……?」
「指を指すな! そしてコイツ呼ばわりをするな! まあ、その辺の事情は神である私でも知る由もないが……おい、赤鬼よ! どうなんだ?」
土地神は金棒を手構え仁王立ちの赤鬼に問いかける。
「フム……ワシは人間の小僧の元で式神として使えて居る身にて、陰陽師の小僧が行くところには付いていくのだ。どこまでもな……」
「うーむ、的を射ない答えだが……赤鬼はこの地でその陰陽師に出会い、そして京都の町に移住したと……そういうことだろうか?」
土地神は首をひねる。神とはいえ、地域限定の神なる故、彼の理解はその程度のものである。
「フム……そこの小僧に不意打ちを食らって封印されていたから、今となってはここが何処なのか、そして元居た場所が何処になるのかすら分からん」
「うーむ、それは困ったな……できることなら赤鬼を元の主人の所へ帰してやりたいものだが……」
「そうねそうね、私も大賛成! だって、この魔物、臭いんだもの」
鼻をつまんでしかめ面をする大橋先生。
翔太は先生の様子を見ながら、鼻をくんくん鳴らしている。
「あの……先生も相当汗臭いですよ?」
「はぁー!? 誰のせいでシャワーも浴びずに徹夜させられていると思ってるのよぉぉぉ、がぉぉぉぉ――!」
「うぎゃぁぁぁー!」
二度あることは三度ある。
大橋先生は翔太の頭に噛みついた。
その様子を見た土地神は、やれやれという仕草をする。
そして――
「結界障壁――!」
翔太と大橋先生を防音効果のある結界に閉じ込めた。
「さて赤鬼よ、今後のことについてだが……」
「フム……ワシは陰陽師の小僧の元に帰ることにする。ただ、この二匹の龍も満更知らない仲ではなくてな……共に連れて行こうと思っておる」
と言って、赤鬼は黄龍を閉じ込めた結界障壁を手でなぞる。
まるでアクリル板のようなツルツルした感触である。
「うむ。それは構わないが……かなり暴れておるな。大丈夫か?」
「フム……此奴らが大人しくなるのを待ってから行くとするか……それまで此処にいても良いだろうか?」
「うむ。この屋上は自由に使うと良い。滅多に人の目に付くこともなかろう」
「かたじけない……では、待たせてもらうことにする。そのうちに陰陽師の小僧から呼び出しがあるだろう。その時まで――」
と言って、赤鬼は二匹の龍のそばであぐらをかいて座った。
土地神は後ろを振り返り、翔太と先生が入る結界を解いて声をかける。
「さて、邪神よ、もう帰って良いぞ。ご苦労であった」
「はぁーっ!? 何様よアンタ……えっ?」
土地神が深々と頭を下げている。
それを見た大橋先生は振り上げた拳を下げ、ぶつぶつ言いながら屋上を去って行く。
大人2人の様子を挙動不審に見ていた翔太に、
「少年も疲れただろう……もう休むがいい」
と声をかけ、手の平を彼に向けてかざす。
翔太は急激に眠気を催し、その場に倒れた――