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神楽舞

 下賀美神社の境内から、ヒグラシの甲高い鳴き声に混じり、神楽舞の音楽が聞こえている。

 大広間にて、巫女装束姿の詩織が巫女神楽を踊っている。父は神隠しに遭った翔太の両親の元へ説明に向かっており、いま家にいるのは病気療養中の母と詩織の2人のみ。だから観客は1人もいない。しかし詩織の表情はいつも以上に緊張していた。

 巫女神楽――それは神懸かりの為の儀式。つまり神を魅せ、近づいてきてもらうための儀式だ。翔太が神隠しに遭ったのは自分のせい……一華に嫉妬し、翔太を遠ざけようとした自分のせい……詩織は神に謝罪し、翔太を自分の元へ戻してもらおうと一所懸命に踊っている。

 音楽はCD音源で再生。その回転に合わせるが如くのスピードで右手に持つ扇子をクルクルと回す。そして左手の鈴をシャンと鳴らした。


『我が巫女はやはり可愛いなぁ……うん、可愛い!』


 先程から巫女神楽を踊る詩織からわずか5歩ほど離れた場所に土地神は座っていた。詩織の動きに合わせて、彼は幾度となく歓声を上げ、手を叩いて喜んでいる。


『うん……やはり少年の言ったことは口から出任せだったな……あやつ、如何(どう)してくれようか? 神にウソをつくとどうなるか、思い知らせてやるぞ!』

 土地神は黒装束の上から太ももをパンと叩き、すっと空中へ飛び上がる。

『ん!?』

 その時、ふと襖のすき間から自分を見ている人物と目が合った。

 土地神は一旦姿を消し――


 ――廊下から大広間を覗いているその人物の背後に現れた。

『久しぶりだな、我が巫女よ……』

「はい、ご無沙汰しております神様……」

 透き通るような白い肌に長い黒髪――詩織の母が振り向き微笑む。

『其方がまだ私を目視できるということは、やはり――』

「はい、娘はまだ子どもですから。真実の愛に目覚めるのはまだまだ先ですよ神様」

『そうか……うん、私も分かっていたよ……それにしても、体の調子はどうだ? まだ回復せぬか?』

「ご心配おかけしております神様。でもこの生活にも慣れましたので、私はこのままで」

『それは駄目だ! 駄目だぞ我が巫女よ……』

 土地神は詩織の母の肩に手を置く。そして言葉を繋ぐ――

『私はあの時……自身の神通力を過信し無謀な戦いに挑んでしまった……其方を身代わりにして助かったようなものだ。本当にすまぬと思っている……』

 詩織の母は、肩に乗る土地神の手に自分の手を重ねて、

「神様は私達を、そしてこの土地を守る為に尽力なさいました。私もこうして命を繋いでおります。これからも私達を見守りください」

 と言って、土地神に笑顔を向けた。

 その顔は病気によりやつれてはいるが、屈託のない笑顔――土地神には詩織が時折見せる笑顔と重なって見えた。

「ところで神様、翔太君が神隠しに遭ったとか……」

『ああ、心配するな。事が済んだら無事に帰ってくるだろう……そうだな、明朝までには――』

「はい、(はな)から心配はしておりません!」

『――っく、其方には敵わんな……』

 土地神は詩織の母の肩をポンと叩き、すっと身を隠す――


 巫女神楽を踊る詩織が、左手を伸ばして『シャン……』と鳴らす。

 その上空に姿を現した土地神は、その鈴をすっとつまみ上げ、

『神器の鈴は返してもらうぞ我が巫女よ。京の都への遠征ご苦労であったな!』

 と微笑みかけ、すっと姿を消した――


 土地神の姿が見えない詩織は手に持っていた鈴が突然消滅したことに驚く。

 しかし何が起こったのかの想像はできた。


「か、神様ぁぁぁ、ごめんなさい、私もうワガママは言いませんから! 翔太を、翔太を返してください! お願いします――!」


 右手の扇子を両手に持ち替え、誰もいない空間に向かって祈りを捧げる。

 その様子を見た母は、襖を開け放ち、

「詩織、巫女神楽を中断するとは何事ですか! 最後までやり遂げなさい!」

 と、毅然とした態度で注意した。

「で、でもお母さん――」

「でもではありません! 大丈夫……あなたの気持ちはちゃんと神様に届いていますよ」

 母は優しく微笑んだ。

 その夜、下賀美神社からはスズムシの声に混じって神楽舞の音楽が夜通し聞こえていた。

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