見送り
「ほんまにありがとうな、詩織ちゃん、翔君! 二人がおらんかったらうち、どうなっていたか分からないよ。ほんまにありがとう!」
一華が詩織にハグをする。
日曜日の夕方、京都駅新幹線ホーム――
山ノ神村へ帰る翔太と詩織を一華が見送りにきている。
「ううん、私たちこそ、おじさんとおばさんに迷惑をかけちゃったかも……祭典も中止になっちゃったし……」
「なに言うてんの、中止になったのは魔物が暴れたからじゃないの。詩織ちゃん達にはなんも責任はあらへんよ? うちの両親もそう言っていたやろ?」
一華は詩織をもう一度抱きしめて、頭をなでなでする。
年が一つしか違わない割に、詩織のことが年の離れた妹のように感じるときがある。
詩織の純真さに触れたときに、特にそう感じる。
「翔君も、世話になったわ。ありがとうなっ!」
一華は右手を差し出す。
翔太は一華の右手を握り握手をしようとするが――不意に一華に手を引っ張られる。
前によろけた翔太の耳元で、
「巫女が弱い者と決めつけていると痛い目に遭うからね!?」
と囁いて、ニヤリと笑った。
「ひぃぃぃー、なな、な、なにやってんのぉぉぉー? 二人ともぉぉぉー!?」
詩織が悲鳴をあげた。彼女の角度から見ると、一華が翔太の頬にキスをした様に見えたようである。
キョトンとした顔の翔太に代わって、一華が小悪魔のような表情で、
「今度京都へ来たときに、あんたたちの仲が進展していなかったら……うちが翔君をもらっちゃうからね?」
「――――ッ!」
「な、なに言ってんのイチカさん!?」
状況がわからない翔太と、慌てふためく詩織――
ちょうどその時、東京行きのぞみ号のドアが開き、二人は一華に押し込まれるように車内へ誘導される。
ドアが閉まり、ホームに残った一華はニッコリと笑いながら手を振っていた。
新幹線の自由席は比較的空いていて、3人席の窓際に詩織が、そして真ん中の席を空けて通路側に翔太が座った。
気まずい雰囲気の2人を乗せ、新幹線は走る。
次の名古屋駅にて、多くの乗客が乗り込んでくる。
翔太はやむなく席を詰める。
窓側から詩織・翔太・中年男性と席が埋まり、ますます話しづらい雰囲気となる。
無言の2人を乗せて、新幹線は走る。一路東京へ向かって――
*****
「やあ詩織、お帰りなさい。向こうでは大変な目に遭ったそうだねえ。イチカちゃんから話は聞いているよ」
ローカル線の改札出口で詩織の父、下賀美神社の神主である神崎登が二人を出迎えてくれた。最寄り駅から彼らが住む山ノ神村地区までは車で15分の距離がある。
「おとーさーん!」
様々な思いが溢れかえって、詩織は父に抱きついた。
思春期に入り近頃は距離を置かれるようになっていた父は戸惑いながらも娘を抱きしめる。
「そ、そんなに辛かったのか? 済まなかったな、父さんが無理なお願いをしたばっかりに、辛い思いをさせてしまったようだな……」
「違うのぉー、翔太がぁぁぁ」
「えっ? お、俺!?」
慌てる翔太を詩織の父、神崎登がギロリと睨む。
その瞳はまるで猛獣のそれのようだ。
「桜木君……娘を泣かせるような事をしたらただではおかないと警告したはずだが……君は一体何をしたんだぁぁぁ!」
神崎登の大声に、駅前を歩く人々がチラチラと見てくるが、立ち止まる人はいない。親子喧嘩か何かと思われているのだろう。
「お、俺は……べつになにも……」
「ウソを吐くな! 詩織がこんなに悲しんでいるではないか! 一体何をしたんだ? 正直に言わないともう二度とウチの敷居を跨がせんぞ! たとえ正直に言っても跨がせないかも知れんがなぁぁぁ!」
「違うのお父さん! 翔太が……翔太が……私には何にもしてこなかったのぉぉぉ、イチカちゃんには色んなことをされたりしたりしていたのにぃぃぃ!」
「それは酷いなぁぁぁ――――えっ!?」
神崎登は詩織が独りでパニックになっている事を理解した。実際、これまでにも詩織は頭の中で色々と考えすぎるとこのような状態に陥ることが度々起こってきたのだ。詩織がこの世に生まれてからずっとそばで見てきた父にはすぐに分かった。
「そ、そうか……なにもなかったんだな? そうかそうか、ははっ……」
神崎登は上機嫌で駅前に駐めていたクルマのドアを開ける。
栗色の軽乗用車の助手席に詩織を乗せ、後部座席に翔太を乗せる。
詩織はしばらくの間ぶつぶつと文句を言っていたが、ハンドルを握る父はふんふんと頷きながら笑っているばかりだった。
三人を乗せた軽乗用車は県道を抜け、農業用道路に入っていく。
はっきりとした境界線は示されてはいないものの、この辺りから山ノ神村地区とよばれる場所、つまり彼らが住むホームグランドである。
助手席の詩織は長旅で疲れたのか、はたまた感情を荒立てた事による精神的な疲れからか、寝息を立てている。
後部座席も先程から静かである。
翔太も寝てしまったのかと思っていたのだが、ルームミラーを確認すると何も見えなかった。
胸騒ぎを覚えた神崎登は、ブレーキを踏んで後ろを確認する――
後部座席はもぬけの殻であった――