据え膳食わぬは……
翔太は詩織を文字通り命を賭けて守ると決めていた。だからこそ土地神の半身となり、命の半分を捧げているつもりだ。しかし、それは男女の恋愛感情とは別の次元の話として彼は捉えていた。こうして彼女の方から言い寄ってくることなど想定外の出来事なのである。
「い、いいのか……?」
翔太にはそう聞き返すことが精一杯のリアクションであった。
月明かりに照らされた詩織は、パジャマの襟を立てるような仕草をし、はにかむようにこくんとうなずいた。
据え膳食わぬは男の恥。
翔太はゆっくりと立ち上がり、詩織に寄っていく。
上目遣いで翔太を恥ずかしそうに見る詩織の頬は紅潮している。
「約束する。俺はこれまでもこれからも、他の女に手を出すことはない!」
「うん、わかった……」
そう言って詩織はあごを上げて目をつぶる。
翔太はごくりと生唾を飲み込み――
「翔太ぁ……」
「ん?」
「鈴が鳴っている……」
「鈴? 土地神様から預かったあの鈴?」
確かに詩織の荷物を入れたバッグの中から、鈴の音が聞こえている。
詩織が手に取ってみると、鈴が携帯のバイブレーション機能のように振動している。
「それって、魔物が近くに寄ってきたときに鳴ると神様は言っていたぞ」
「ということは…… この近くに魔物がいるの?」
「そういうことになるな。気を許すな、詩織!」
「うん、わかった!」
ほんの数分までとは別次元の緊張感に包まれ、翔太は苦笑いした。
これが遠く離れた土地神による策略だとしたら、してやられたと彼は思った。