シャンプーの香り
薄暗い灯籠の明かりを頼りに長い石段を上る一華と翔太。
2人が白加美神社に帰る頃には夜10時を回っていた。
帰りが遅くなることはバスに乗る前に連絡済みとはいえ、2人の足取りは重かった。
「あのさあ、うちが大阪に遊びに行ったことは、くれぐれもナイショにしてよね! 京都市内をうちら2人で回ったことにしてよね」
「えっ、じゃあどこに行ったのかと訊かれたらどう答えればいいの?」
「そんなの翔君が考えてよ。ぶらり京都の旅へ行ってきたとかさぁ-」
石段を先に上がっている一華が眉を寄せて振り向いた。そしてニタァと口元を緩め、小悪魔のような表情で言う。
「それにぃ、翔君だってうちと離れていた間に良い思いしてきたんでしょう? 女の子の香りがぷんぷん臭うておったよ?」
「ええっ? お、女の子の香りって…… ああ――――!」
翔太には思い当たる節があった。恵美子という名の中3女子に膝枕されていたときのことだ。彼は自分の肩口や袖口をクンクン嗅ぎながら、
「ウソつけ、匂いなんか付いていないぞ!」
「翔くーん、女はねー、カンが鋭いんだよー。気をつけないと詩織ちゃんに愛想尽かされちゃうよー」
「気をつけるもなにも、俺は何にもやってないから! そ、それに詩織はそんな女じゃないし……」
「そう思っているのは翔君だけかもしれへんよー、うふふ……」
一華はそう言って、一足先に石段をとんとんと駆け上がっていった。
翔太の足取りは以前にも増して重くなっていた。
「翔太ぁ――、どこに行ってたのよぉぉぉぉ!!」
黄色いパジャマ姿の詩織が駆け寄って来るなり、翔太に迫った。
「うわっ、ご、ごめん。イチカさんと『ぶらり京都の旅』へちょっと……」
「ぷっ!」
そう言えと指示した一華本人に笑われて、イラッとした顔を向ける翔太。
「どうして私を誘ってくれなかったの? 私も一緒に行きたかったよー!」
「だって、詩織は明後日の祭典の練習で忙しそうだったから……」
「それでも誘ってくれれば途中からでも合流できたよぉー。それなのに黙って言っちゃうなんてー!」
ほっぺをぷくっと膨らませて怒る詩織は、黄色いパジャマの肩にタオルを乗せている。お風呂上がりで肩まで掛かる黒髪を乾かしていた途中のようだ。シャンプーの香りがほんわかと漂っている。
「ねえ、聞いている? な、なに、私の顔に何か付いている? それとも髪が変?」
詩織はぱっつん前髪を手で押さえながら頬を赤らめて言う。彼女はどうやら前髪の状態を気にしていたようだ。
「お前さ、やっぱ可愛いな……」
「なっ、何よいきなり…… 誤魔化さないで!」
詩織は顔を真っ赤にしてうつむく。
そんな2人をあきれ顔で見ていた一華は、パンパンと手を叩き、
「はいはい、いつまでも玄関先でイチャついていないで上がりましょう、翔君!」
「イチカちゃん! 別に私たちイチャ付いているわけでは……」
その時、一華が片目をつむりウインクをしているのが詩織にも見えた。その視線の先には翔太がいる。詩織の胸中に不安がよぎった。