戦いの後に……
「……ね……だい……ぶ?」
遠くの方から女の声が聞こえている。翔太は意識を取り戻していく。
「うーん…… ここはどこ……?」
寝ぼけて母親に甘えるような声をあげる翔太は、ここが自宅のベッドの上ではないことは感じていた。なにか柔らかくて暖かい枕に頭を乗せている感覚――
ゆっくりと目を開けると、まず蛍光灯のまぶしい光が飛び込んでくる。目が慣れてくるにつれ、見覚えのある女が彼の顔をのぞいているのがわかった。その手前側には豊かな胸のふくらみ、その合間からのぞき込む女の顔は、紅潮してうれしそうな表情でこちらを見ていた。
「うわっ、お、お前、なな、なにやっているんだ!?」
驚いて上体を起こす翔太。
「何って…… 気絶している翔太君を膝枕で介抱していたんだけど? すぐ起き上がっちゃだめよ。ほら、もう一度お姉さんのお膝へどうぞ!」
女は長谷川智恵子。魔物使いの女の仲間であり、翔太が届けに来た修学旅行のしおりの持ち主である。
「だ、誰がそんな恥ずかしいことを――!」
顔を真っ赤にして立ち上がる翔太であったが、本調子ではない彼は立ちくらみでよろける。すぐに智恵子が抱きとめて、
「ほらごらんなさい。まだ本調子じゃないんだからっ。大人しく寝ていなさい! うふ、かわいいんだから翔太くんたらっ!」
強引に翔太を再びを横に寝かせようとする智恵子に、どたばたと抵抗しているうちに、翔太のお腹が鳴った。
「……もしかしてお腹が減っているの?」
「……」
「ふふっ、じつはうちも!」
智恵子は微笑み、翔太は目を逸らしてばつの悪そうな表情に変わる。
ちょうどそのとき、2人がいる和室の部屋の襖が開く。
「あっ、目を覚ましたのね、良かったー。智恵子の分の夕食を運んできたよ。あとその子の分もおにぎりを作ってきたから」
魔物使いの女がお盆を片手に入ってくる。
「き、貴様は魔物使いの女! さっきはよくも―― うわっ、や、やめろ! やめてくれ――!」
再び立ち上がろうとする翔太を智恵子が後ろから抱きつくように制止する。智恵子と翔太の身長差の関係で、翔太の後頭部に彼女の豊かな胸が押しつけられている。彼は顔を真っ赤にしてあたふたと焦っている。そんな彼の耳元で智恵子は説明する。
「ねえ翔太くん、うちの話を聞いて。そこにいる佳乃ちゃんは普通の人間の女の子よ。ちょっとヘンなところがあるだけで、おおむねフツーの女の子なのよ」
「そうそう、私は普通の女の子なのよ。一緒にいた豊田庸平という男が陰陽師で白虎を使役しているの。あなたが庸平を閉じ込めちゃったから仕方なく一時的に白虎は私に憑依してあなたと戦う羽目になったの。ところで智恵子さん…… 『おおむね』の件については後でじっくり話し合いましょうね!」
その説明を聞いた翔太は、後ろから智恵子に抱きつかれたまま力なくうな垂れる。
「ならば俺は…… 普通の女に負けたということか…… この俺が……」
「だーかーらー、私ではなくて白虎と戦ったのよあなたは! 体は私だったけど……」
普通の女、坂本佳乃は腕をぶんぶん振りながら弁明していた。
落ち着きを取り戻した3人は、座卓を囲んで夕食タイム。
食事を大広間で済ませてきた普通の女、坂本佳乃はお茶くみ係をしている。
「翔太くん、うちのお味噌汁飲んでみる?」
「あ、どうも……」
「翔太くん、唐揚げも食べる?」
「あ、いただきます……」
「翔太くん、はいっ、あーん……」
「……やっぱりいいです」
「翔太くんったら照れ屋さんなんだからぁ-、ほら遠慮せず取っていいよ!」
「あ、じゃあいただきます……」
甲斐甲斐しく世話を焼く恵美子に、翔太は遠慮がちながらもすっかり打ち解けていた。翔太が勝手に魔物使いだと思い込んでいた坂本佳乃も、話をしてみるとユーモアの通じる良いお姉さんであった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、時計は7時30分を過ぎていた。
翔太は慌てて身支度を調え、駅に向かった。