変身
「貴様ふざけているのか? それ、ただの扇子じゃねえか!」
陰陽師の男は神器の扇を指さして怒ったように言った。
翔太はその様子を見てぴんときた。
「さてはお前、陰陽師というのは嘘だな? この神々しいばかりの神器の扇の正体を見抜けないなんて……ならば……あの白い魔物を操っている奴は……そこの女かー!!」
翔太は神器の扇を自称黒魔術師、もとい魔物使いの女にピシッと向けて言う。
「えっ、私!?」
浴衣姿の魔物使いの女は後ずさりし、スリッパをずるっと滑らせた。
「迂闊だったぜ。お前ら全員で俺を騙そうとしていたな! 俺が最初に思っていたように女が魔物使いだったとは…… ならば、この神器の扇の力を見せてやろう……」
翔太は変身の術の詠唱を始める。
「我は桜木翔太なり 下賀美神社に奉る土地神の半身なり いまここに土地神の力を体現し 我に力を与えたまえ――」
扇子を真っ直ぐ頭上に掲げ、『パッ』と勢いよく扇を開く。すると、扇面から神々しいばかりの光が発せられ、同時に金粉のようなキラキラが翔太の身体に降り注がれる。
「変身――――――!」
彼がそう叫ぶと同時に、扇をくいっと回転させると、つむじ風が身体の周りに起こり、辺り一面が金色の光に包まれる――
「すごい、すごーい! 本当に変身しちゃったー!」
魔物使いの女は興奮しているようにはしゃいでいる。
それは翔太を油断させるための芝居だろう。
女の態度とは対照的に、自称陰陽師の男はとても冷めている。
「それ、伏見稲荷大社の境内でもう見た。あの時はすでに変身モードだったんだなお前……ちょっと地味じゃないか?」
「――っく! 貴様には用がない、ニセ陰陽師め――!」
翔太は神器の扇を閉じたまま『ビュッ!』と男に向けて振り下ろす。
扇の先端から衝撃波が飛び出す。【カマイタチ】の術である。
「破――――っ!」
咄嗟に自称陰陽師の男は手を縦横に振り、まるで本物の陰陽師のような九字を切る動作で応戦するが――
「結界障壁――――!」
間髪入れずに、赤鬼を封印した時と同じ術で見えない立方体の壁に男を閉じ込めることに成功した。
完全に優位に立っている翔太は、余裕の笑みを浮かべて魔物使いの女に詰め寄る。
「邪魔者は封じた。さあ、白い魔物を呼び出してもらおうか……お前が隠しているんだろう?」
「ちょっ、ちょっと待って! 白い魔物って、白猫のことかしら?」
「とぼけるな! あれは猫ではないだろうが!」
「た、たしかに……あの白猫は白虎という名の魔物よ。四神の1つ、西方を守護するとされる十二天将の一人……」
「お前やけに詳しいな……やはりお前が悪の親玉だな!? 名を名乗れ!」
「ちょっ、わ、わたしはネットで集めた知識だけで……それに、もう伏見稲荷大社で会ったときにあなたには自己紹介したはずだけど……」
魔物使いの女が煮え切らない態度をとるので、翔太はすこしイラッとして自分から名乗りを上げる。
「俺は桜木翔太、中学1年生。悪霊退治を生業にする者だ! 貴様は!?」
「わ、わたしは……」
そこまで言って、なにかに吹っ切れたような感じで、
「私は坂本佳乃、中学3年生。黒魔術師にて数々の魔物たちを呼び寄せてきた者よ!」
ビシッとボーズを決め、ニンマリと笑う魔物使いの女。
結界障壁の内側でなぜか頭を抱える自称陰陽師の男。
「何言ってんだ佳乃! そいつはマジでヤバい奴だ。今は中二病やっている場合じゃないだろう!」
自称陰陽師の男が女に向かって叫ぶと、女はおろおろしながら、
「えっ、ええっ? ど、どうしよう……」
「逃げろ――――!」
黒魔術師を名乗る魔物使いの女が翔太に背を向けて逃げ出す。
翔太にはその行為が女の企みであるように見えた。
「逃がすかぁー、カマイタチ――!」
桜木翔太は神器の扇の先端から衝撃波を打ち出す。
カマイタチの術が女の背中に直撃するかに見えた刹那――
白い魔物が空気を裂く音とともに現れ――
前足の鋭い爪で衝撃波の角度を変える。行き場を失った衝撃波は旅館の窓に沿うように直進し、ガラス窓が次々にひび割れ、最後に壁面に鈍い音と共に消えていった。