ニアミス
駅前の往来にてポーズを決め、不可解な呪文を唱えている少年の姿は否応なく通行人の注目を浴びている。しかし京都市の地元人たちは意外にも見て見ぬふりをしている。翔太を『危ない人』あるいは『イタイ人』と感じているのであろう。一方、観光客は物珍しそうに眺めている。中にはスマートフォンを向けている人もいる。何が始まるのだろうかと興味津々の様子だ。
額から流れ落ちる汗が目に入りしみるが、もはや彼にはその程度の痛みは些細なこと。あと1フレーズですべてが終わる。
開いた扇で空中に円を描くように舞い、最後の決めポーズを作る瞬間――
翔太の周りに集まっていたモノノケたちがクモの子を散らすように去っていった。
「あれ……? 俺…… 助かったのか?」
扇子を閉じて、咳ばらいをすると、遠巻きに見ていた観光客たちも何食わぬ顔で散っていく。そんな彼らとは対照的に、翔太はさらに追い詰められていた。
「何かすごいモノが近づいてくる! これはかなり巨大な魔物の気配…… しかも2体いる!」
翔太は神器の扇を手に緊張した面持ちで構える。
人目を気にして変身を中断した己の判断のまずさを悔いた。
今度は社会的にではなく生物学的な死をも覚悟する必要があるかも知れない。
やがて、巨大な魔物は目視してもおかしくない距離に近づいた。
そこには学生服を着た4人組の姿があった。
まず目についたのは小太りの目つきが鋭い男。ガイドマップのようなものを見ながら隣の男に話しかけている。
その隣の男は、体つきは華奢な印象。頼りなさげな顔つきをしている。
つぎに、最も身長が高く、グラビアイドルのような体つきをしている女。カメラの画面を見ながら笑顔で隣を歩く女に話しかけている。
その隣の女は、大きなスポーツバックを抱えている。周りをきょろきょろ見ながら歩いている。
どこにでもいそうな、修学旅行生の4人組に見えるのだが……
男2人が身軽な格好に対して、女が大きな荷物を持っている。そのこと自体が彼には常軌を逸する光景なのに加え、そのバックから異様な強さの魔物の気配がする。
「あの女が持っているスポーツバックの中に魔物が隠されている! さてはあの女が魔物使いか!?」
翔太はそう確信した。
女から魔物をけしかけられたら、今の彼には為すすべがない。せめて体力を回復してから戦いたい。彼は臨戦態勢で身構えつつも、そう願った。
その願いは叶い、修学旅行生4人は彼の前を素通りし、京都駅構内へ入っていく。