葛藤
人に憑く悪霊は新しい宿主を探していることもあるが、ほとんどの悪霊はそのまま宿主と共に過ぎ去っていく。しかし、モノノケとなると話は別である。彼らには宿主という概念はなく、ただ人を乗り物のように使い、自由に動き回ることのできる存在である。
神器の扇で1体の悪霊を退治したことによる騒ぎで、京都駅前を通行していたモノノケの注目を浴びてしまった。
彼らはのそり、のそりと、翔太に歩み寄る。
大きな眼球をまっすぐに向け、幼児ほどの背丈の人型のモノノケが両手を上げてすがりつこうとする。
翔太は素早く後ろに下がりかわすが、その手がビョーンと伸びて足を掴まれた。
「うわっ、気色悪い!」
翔太はその手を蹴り、ジャンプしてモノノケとの距離をとる。
通行人の目には、学生服姿の少年が突然叫び声を上げ、地面を蹴り上げジャンプしたように見えている。
人々から好奇の目で見られていることを感じながらの戦いは、とてもやりにくい。
目立つ大きな動作を控えつつ神器の扇を開き、悪霊退散の術で次々にモノノケを扇子に吸収していく翔太。
カエル型のモノノケが長い舌で彼の腕に絡ませるも、くるっと身を身を反転させて扇子を刀のように扱い、舌を切り落とし、その破片とともに吸収する。
次々に襲い来るモノノケは、ヒトである彼の手には負えない数である。神器の扇による術の発動の度に体力が削られていく。ここに詩織がいてくれたらどんなに助かるかと、ふと思った。そして彼は気付く――
学校の屋上で鴉天狗の大群と戦った日、詩織は無数の鴉天狗を退治した。あの小さな体でどれほどの体力を消耗したのだろうか……
翔太の体力も限界に達していた。数え切れないほどのモノノケがじわりじわりと彼を追い詰めている。
「もう…… 変身するしかない……」
土地神から特別に授かった2つ目の術【変身】は、土地神の姿に変身して超体力と超スピードを得る力。その姿は土地神そっくりになるという。しかし多くの人が行き交う京都駅前でその術を使えば混乱は必至である。
そう悩んである間にもモノノケが襲ってくる。狐のような形をしたモノノケが、牙を剥きだして翔太の首を狙って飛び掛かってきた。彼は身をかわし、扇子でバシンと叩く。モノノケはすぐに体勢を整え、向かってこようとするその間に、
「悪霊退散――!」
扇を開き、悪霊退散の術をかける…… が、術は発動することなく、力尽き膝から崩れ落ちた。
「こ、ここまでか……」
脳裏に浮かんできたのは、巫女服姿の詩織の姿と、制服姿の詩織の姿と……
「あれ…… 私服姿ってほとんど見たことなかったなぁ……」
これまでの人生を振り返るとき、最後に考えたことがそれだった。
翔太は神器の扇を頭上に掲げ、そして【変身】の呪文を唱え始める――