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決意

 翌日は私が顧問をしている吹奏楽部の活動が長引いて、帰宅がいつもよりも遅くなった。

 部屋に入りすぐにベランダの窓を開けると、カラスの彼が入ってきた。

「あれ、ちょっとやつれていない?」

 私が声をかけると、「カー」と鳴いてガラステーブルにちょこんと上がった。

「ほら、羽がちょっとばさばさした感じになっているよ。大丈夫なの?」

 カラスの頭をそうっと撫でながら声をかけると、また「カー」と鳴いた。


 私は今朝の『もうすぐ寿命を迎える』という彼の言葉を思い出す。

 あの話が真実ならば、目の前にいる彼はまもなく寿命の時を迎える。

 その前に私の願い事を叶えてくれようとしている……?

 恋愛成就の神様が……?

「ううん…… そんなおとぎ話のようなことが私の身に起きるわけがないわ……」

 私は頭を振って、食事の準備を始めた。

 

 しばらくしてケイタイに着信があった。また実家の母からだ。


「ああ、その話…… うん…… うん…… えー、断ってくれたんじゃ…… えっ、そうなの? ……でもやっぱり困るから、私職場に好きな人がいるって言ったよね? ……うん、そう…… うん…… おやすみなさい」


 先日のお見合いの話の続報だった。

 先方に私の写真を送ったらえらく気に入ってくれたらしい……

 いつの間に?

 いつ撮った写真だろう?

 成人式の時のかな?

 それにしても写真館の人、レタッチで盛りすぎたんじゃないの?

 どうしよう…… 私、お見合いするの?


 職場に好きな人がいるというのは、実は本当の話。

 彼はサッカー部の顧問をしている。

 イケメンではないけれど、さわやかな笑顔がすてきな男性。

 でも、土日も祝日も関係なく部活三昧の生活をしているみたい。

 付き合ってもどこにも連れて行ってくれなさそう……

 よく私のことをチラチラ見てくるから私も気になっていたんだけど。

 なんだか煮え切らないのよね。

 あー、でもお見合いもねー…… 気が乗らないわ。

 



 翌朝もうつらうつらした時間にイケメンの彼といちゃいちゃしている私……   

「ね、恋愛成就のお願いの相手…… 決まったかな?」

 こんな煮え切らない私にイケメンの彼は優しく問いかけてきた。

「ごめんなさい…… まだ考え中なの……」

「じゃ、明日まで待ってあげる! 必ずお願いを言ってね。チュッ」

 彼はいつものとろけるような笑顔で私のおでこにキスをしてくれた。


 


 夕方、いつもの時間に自宅マンションの鍵を開ける。

 ベランダを窓越しに見ると……

 羽がぼさぼさになり、ひどくやつれたカラスの彼が私の帰りをじっと待っている。

 すでに意識がもうろうとなっているのか、ひどく頼りなくふらふらしていた。

 私は慌てて窓を開け、彼を家に招き入れる。


「ごめん…… そんなになってまで私を訪ねてこなくても……」


 私は言葉に詰まる。

 来てほしいと願っていたのは私……

 彼はその私の願いを叶えてくれているのだ。

 一年半のこれまでの間、一人暮らしを寂しいと思ったことはなかった…… 表面上は……

 でも、彼と出会って、私は一人に戻ることが怖くなっていた。

 

 彼は高さ40センチのガラステーブルに一人で上がれないほど弱っていた。

 私が手を貸してあげると、「カー」と鳴いた。ありがとうって言ったのかな?

 ゆらゆらして頼りなさげに立つカラスの彼……

 こんなになるまで私の帰りを待っていてくれた。

 『お願いを1つだけ叶えてあげる』という約束を果たすために? 


 ――私は決意した。


「あなたは恋愛成就の神様。私の願いを1つだけ叶えてくれる。そうよね?」


 カラスの彼は…… こくりと頷いた。


「ならば…… 私の願いは……」


 彼の目をじっと見つめて私は告げる。私の願いを。


「あなたとずっと――」

 

 そう言いかけた瞬間、カラスはやつれた顔のイケメン男性に変化する。


「それは駄目だ! それを言っては――」


 彼は大きな声で私の声を遮ろうとしたが、私の心はもう揺るがない。


「あなたとずっと一緒にいたい! それが私の願いよ! あなた神様なんでしょう? 神様らしく私のお願いを叶えてちょうだい…… 私は…… あなたを…… 愛しています」


 イケメン男性の彼は、私の肩を握った手の力を抜いて、うつむいた。


「君は馬鹿だ…… もっと人間としての…… 女としての幸せを願えばいいものを…… なぜワタシを選んだ? ワタシは人々から忘れられた神のなれの果てだ。君の願いを叶えたら消えて無くなる運命だった……」


「神様…… 全人類があなたを忘れても私だけはあなたを忘れない。それにこの数日間、あなたと暮らして私はとても幸せでした。だから、これからもよろしくお願いします」


 私たちは抱きしめ合った。私たちの身体は神々しいばかりの光に包まれ、彼はみるみるうちに生気を取り戻していった。


 そして私たちは結ばれた。


 朝、目が覚めると、そこには彼の姿がなかった。


 彼は私の身体に同化し、私たちは夢の中でいつでも会えるようになっていた。


 私は神様と同化した日から様々な神通力が使えるようになった。

 変身して羽を生やせることを知った時の感動は今でも忘れない。

 最初のころは夜空を優雅に飛び回っていたけど、近所のお婆さんに目撃されて一騒動になりかけて自粛した。あれはピンチだったわ……

 困ったことといえば、鴉天狗が時々私を襲いに来ることね。

 その度に返り討ちに遭わせて、学校の屋上に封印するのだけれど……


 あっ…… その封印をあの子に破られちゃったんだ。


 それで大変なことになっていたような……


 あれれ?


 …………

 

「恵美子、大丈夫? 随分の間気を失っていたようだね。僕の呼びかけにも反応しなかったもの」

 イケメンの彼が私を抱き留めてくれていた。 

「神様ごめんなさい。私のクラスの子達がせっかく封じ込めていた魔物たちを放しちゃったの。でも大丈夫だから。あなたにもらった能力で蹴散らしてやりますから!」

「ふふっ、恵美子はおてんばだね! じゃ、一緒にがんばろうか」

「はい!」

 私が元気よく返事をすると、神様は私に顔を寄せてくる――



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