鴉天狗
でかいカラスは体長2メートル。真っ黒なビー玉のような目で2人を睨んでいる。
しかも1羽ではない。校舎の屋上を覆い尽くす程の数……
100羽以上のでかいカラスがバサバサと羽ばたいて翔太たちを見下ろしている。
呆気にとられている2人に大橋先生が声をかける。
「私が半年かけて苦労して封印したあの子たちを一瞬で解放しちゃうなんて…… 桜木君、あなたやってくれたわね」
「違います先生、あれは神崎さんがやったことですよ」
「ううっ…… 翔太は私を守ってくれるんじゃなかったの?」
「うふっ、良い傾向だわ。先生は恋愛成就の神様の半身だけれど、あなた達に関しては破局を望んでいるの。なぜかしら? うふっ」
いつもは表情の暗い大橋先生がとても楽しそうだ。
「でも、今回は下賀美神社の土地神がいるから楽できそうだわ。さあ桜木君。鴉天狗をみんなまとめてやっちゃってー!」
大橋先生はにこやかに両手を空に向けてそう言った。
「…………」
「ん? どうしたの桜木君?」
「……今日、うちの神様は天界の行事があるからって、不在なんだよね……」
「ん-、それって……」
先生はにこやかな顔のまま小首をかしげて考え始めた。
「あっ、でも大丈夫ですよ。ほら、神様から預かった『神器の扇』があるので……」
「はぁー!? ふざけるんじゃないわよ! そんなチンケな物で何ができるというの? ……ったく、使えない土地神ね-。じゃあ私が本気を出すしかないわけね……」
そう悪態をつきながら、大橋先生はジャージの上を脱ぎ始ぐ。
次に純白のキャミソールを……
「えっ、な、なにを……」
戸惑う思春期真っ只中の翔太。
「見ちゃだめー!」
同じく思春期真っ只中の詩織が顔を真っ赤にして翔太の目を両手でふさいだ。
「脱がないと布が千切れちゃうからね-、うふっ…… 桜木君には刺激が強すぎたかしら……」
濃艶な表情で笑う大橋先生は楽しそうだ。
(ピンク色のブラジャーだ…… 黒じゃないんだ……)
詩織と翔太は同時に思った。詩織の指のすき間から彼にもちゃんと見えていた。
大橋先生は『ふっ』と息を吐いて背中を丸める。
そして呪文を唱え始める。
「我は渡鴉神の半身、大橋恵美子なり。我が麗しき身体をもちいて今一度渡鴉神の力を与えたまえー」
と言いながら、手を広げて右足1本で身体をくるっと回転させ、右腕を真っ直ぐに上げる。
右手の人差し指をピンと立てると、指先から『パアーッ』と光が放射されて……
大橋先生はピンク色のひらひらが付いた衣装姿に変身した。
『バサッ……』
背中には黒い羽があり、翼を広げると4メートルはありそうだ。
(小学生のころに見ていたアニメの変身シーンとは大夫違う……)
詩織と翔太はそう感じたが、決して口に出してはいけないと思った。
「さあ、あなた達の相手は私よ! かかってきなさい!」
先生は大きな羽を広げ、上空に飛び立つ。
無数の鴉天狗が一斉に先生を目がけて突撃し、大きなくちばしで攻撃しようとする。
風を切り裂くような音――
先生の大きな翼から黒い羽根が矢のように放射された。
『ギャアアア…………!』
黒い羽根は幾羽かの鴉天狗に突き刺さり、落下していく。
「やぁぁぁぁぁー!」
先生は拳を握り、気勢をそがれた鴉天狗たちを殴り倒していく。
彼らは鴉天狗と呼ばれてはいるが、実態は『でっかいカラス』の形状のため彼らには手がない。したがって手を使える先生はそれだけで有利なのだ。次々に力尽きた鴉天狗たちが落下する。
「悪霊退散――!」
屋上の床に落ちた鴉天狗が起き上がる前に、詩織はお祓いをしていく。
翔太はその援護をしていたのだが……
彼は上空の戦況に変化を感じていた。
鴉天狗たちは幾つかの群れとなって、空中の先生へ多重攻撃を仕掛けるようになっていた。
カラスは知能が高いのである。
「先生-、援護します!」
「えっ!? 桜木君どうやってここへ?」
翔太は神器の扇を下方に向けてバサッと仰ぐことで浮力を得ていた。
「あなた神崎さんを置いてけぼりにしちゃ駄目じゃない! 鴉天狗は頭が良いのよ、あ・な・た・よりも!」
「はあっ?」
「奴らは群れの中の弱い獲物から先に狙うということよ! ほらっ、神崎さんが襲われているじゃない。……ったく! 使えない子ね!」
大橋先生は屋上へ向かって急速に下降していく。それを追う上空の鴉天狗たち。
屋上では詩織が複数の鴉天狗に囲まれている。
「――っ!」
翔太は神器の扇を大きく振りかぶり、詩織を取り囲んでいる魔物たちへ向かって思いっきり振り下ろした。
扇から発生した突風が、まさに神風のように魔物たちへ襲いかかる。
当然のように大橋先生の背中に向けても……
『ガツ――――ン!!」
大橋先生の身体は屋上の床に激突した。
薄れゆく意識の中で、半年前の思い出が蘇っていく……