下賀美神社の巫女
雑木林の中を更に歩いて10分、やがて神社の鳥居が見えてくる。
詩織はこの神社の宮司の一人娘である。
社務所兼住居の詩織の家に入ると、詩織の父が2人を出迎えた。
「詩織、帰ってきて早々にすまないが客人が来ているんだ。広間に通してあるから話を聞いてあげてくれるか?」
「うん、じゃあ着替えてくるから翔太は先に広間で待っていてね」
そう伝えると、父と共に奥の間に消えていった。
翔太は広間の先客にぺこりと一礼し、広間の隅に座る。
来客は翔太もよく知っている佐々木のお婆さんだった。
孫が大阪の大学へ進んだが最近は実家へ戻ってきているらしい。
佐々木のお婆さんとぽつぽつと世間話などをしていると、詩織が広間にやってきた。
彼女は巫女の衣装に着替えていた。
巫女服姿の詩織は堂々とした振る舞いだ。
普段の泣き虫な彼女とはまるで別人のようである。
詩織は上座に座る。
佐々木のお婆さんは孫の様子が変で心配しているという相談を持ちかけた。
ふんふんと頷きながら詩織は老婆の悩みを聴く。
翔太はその時……
――老婆の背中にしがみつく霊の姿をじっと見つめていた――
やがて巫女服姿の詩織が祝詞を唱える。
翔太が視ている霊は、祝詞が始まると同時にぷるぷる震える。
祝詞が終わると詩織は天井を見る。いや、彼女はそのずっと先を見ていた。
数十秒後、ふっと息を吐いて、詩織は老婆に土地神の言葉を伝える。
「お孫さんはこの山ノ神村地区で実家の農業を継ぐべきか、大学を出て都会の企業に就職するかを決めかねているようですね。優しいお孫さんじゃないですか。お祖母さんの身体の事も案じているようですよ。あなたにそのことを伝えるのが恥ずかしくて言えなかったんです。」
詩織の言葉を聞いた佐々木のお婆さんは目から涙をあふれさせ、感謝の言葉を伝えた。
詩織は合わせた老婆の手を両手で包み込み、彼女自身の言葉を付け加える。
「佐々木さん、土地神はいつでもあなたを見守っています。あなたとお孫さんに幸せが訪れますように……」
老婆は深々と頭を下げ去っていく。
詩織の父はそれを見届けてから奥の間に下がった。