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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

マグロ

鬱展開ありなので閲覧注意です。

ある海に1匹のマグロがいた。


マグロというものは海の食物連鎖において常にトップに属している。望めばいわしだろうとさばだろうといくらでも食えた。食い物に困るなんてことはまずない。


だが彼はそんな立場にいながら常に新しいえさを求めた。現状そこにあるもので満足することができなかった。変化のない暮らしに飽きていた。


住処に目新しいものがなければ場所を変え、いまだ見ぬものに出会う。この海のすべてを見たい、食べたい。これが彼の行動理念、彼に組み込まれたプログラム。


だがそんな暮らしは長く続くわけもなく、ついに彼の欲求を満たすものがなくなった。彼は海のそこへと潜って行く。深く暗い海のそこへ。


そこはとうにマグロ本来の生息域の外だった。過酷な環境は彼を徐々に弱らせていき、彼は海の底をなぞるように動いていた。衰弱した彼だが、彼に組み込まれたプログラムは彼をまだ見ぬ地へ、海底のさらに奥へいざなおうと彼を海底に叩きつけた。


彼は死んでしまった。



……夢が覚めた。


何とも目覚めの悪い朝だと、自分の頭を恨んだ。


それにしてもなんなのだろうか。いくら夢とはいえマグロの夢とは。


しかしこの時からこの夢のことが頭から離れなかった。当時その理由はわからなかったのだが。



身支度を済ませ学校に向かう。そこで授業をまじめに受け、家に帰って復習する。これを週5で繰り返す。


俺の成績は常に学年トップだし、全国模試の順位もほとんど2桁。運動神経も悪くない。趣味のピアノは全国大会なんかにも出られるレベルはあったし、他の趣味も絶対に手は抜かない。


俺は自分のスキルを極めて人の上に立つ。そのときの優越感がたまらなく好きだった。だから常に1位を目指したかった。周りがどう思っていようと関係なかった。友達など要らなかった。恋人は自分の道を邪魔するだけの存在だと思っていた。当然彼女なんていたはずもない。



大学はもちろん日本の最高学府に現役で合格した。両親は喜んでいたが、そんなのどうでもよかった。それよりも卒業式でひさびさに集合した馬鹿どもがどこに受かっただの、その辺の楽勝な大学にすら受からなかっただの話しているのを聞いて内心で馬鹿にし、見下すのが楽しかったから。



程なくして両親が事故死した。別に悲しくはなかった。唯一心配だった生活費も今まで育て上げてきた自分のスキルを使えば少し贅沢をしても余るくらいに稼げた。



大学を卒業するころ、俺は就職するか否かの選択を迫られた。俺は就職しない選択をした。それまで十分すぎるほど稼げるやり方をしていたのに、どっかに就職してそれを減らすような選択肢はなかった。


ただ、その選択が間違っていたのだ。


それまでは人より優れたものを誇って、人と比較して、優越感を得た。「俺」の存在価値はそこにあった。そこにしかなかった。


大学を卒業した俺に関わりのある人物は全くいなかった。そこで俺は自分の目標と存在価値が消えていることにやっと気がついた。



とにかく焦った。何とか目標を得ようとありとあらゆることに挑戦した。だが何をやっても比較する対象がいなかった。何も見つけられなかった。俺は壊れていった。いつしか人として持っているはずのものをなくしていった。


もがき苦しんだ。失速して呼吸のままならないマグロのように。


「彼」はなにかを見つけてはひたすら学習していくだけの機械になりかけていた。人の心があったかどうかもわからない。



ふとした瞬間「彼」が「俺」に意識をずいぶんと前のマグロの夢の記憶を添えて渡してきた。俺はやっと気づいた。この夢が俺の頭にこびりついて離れなかったわけを。そいつが俺であったからだということに。



それに気づいてしまったとき俺は……。自殺を決意した。運命に抗うほどの気力なんてない。



長い回想だったなと俺は少し自嘲する。そして回送列車が通過する数秒前の線路の上の空気に俺の全体重を預ける。

個人的には書いていておもしろい題材だったのですが、いかがでしたでしょうか。


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