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なりゆきアサシンっ!  作者: パイプレンチ
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二話

 ラグの出身はクロース皇国の辺境にあるドーレス士爵領という田畑以外に何もない田舎の領地で、ラグはそこの領主アルグレッド・ドーレスの三男坊として生まれ育った貴族である。


 ドーレス士爵領は険しい山脈と海によって本国とは分断されており、現当主アルグレッドの八代前の当主が戦争で武功を挙げ皇国より下賜された土地で、広さだけは皇国でも屈指の広大さを誇る。

 下賜された当初は魔物の生息する広い森に覆われ畑もなく人一人住んでいない土地で、武に優れた初代の当主が移民を募り、険しい山脈を超えて森を切り開き、そこに村を作り細々と先祖代々開墾してきた。

 今では領内に五つほどの村を抱え、貧乏ではないが裕福でもないと言うそこそこに発展した土地となっている。


 ラグには少し年の離れた二人の兄がいる。


 長男のディアックは十七歳で父の後継ぎとして、将来はドーレス士爵家の当主となる。次男のケルンはディアックの一つ下の十六歳。分家に婿入りしディアックを支えていくか、もしくはディアックにもしもの事があった際の予備として将来が決まっている。二人はすでに成人──クロース皇国での成人は十五歳──を迎えており、すでに父の指導の下で領内の内政に携わっている。

 

 ラグは三男坊という立場から領地を継げるわけもなく、将来は他の貴族家にでも婿入りでもしなければ平民落ちとなり、職を見つけ暮らしていかなければならない。

 そんなラグに対し、ドーレス家の家族は申し訳なさからかラグが幼い頃から様々なことを教えて来た。父、長男、次男からは剣や弓の扱い、狩猟などの将来の職に結び付く術を、母からは学業や料理などの生活していくための術を教わる。ラグはそんな厳しくも優しい家族達が大好きであった。


 転機が訪れたのはラグが八歳の頃であった。


 その日ラグはいつものように、領主館の庭で兄弟たちと共に剣の稽古をしていた。三人が横一列に並び素振りをしている時の事。


「ラグ!そんな腑抜けた剣で敵は斬れないぞ、もっと気合いを込めて振り抜け!!!」


「はい!」


 長男ディアックの叱責に全身全霊の掛け声と共に剣を頭上から真っ直ぐに振り下ろすラグ。


「やあああああぁぁぁぁ!!!」


 その時、ラグの持っていた木剣が淡い緑色の光りを発し、剣を振り下ろした前方の領主館の外壁に石が割れるような大きな音と共に長さ一メートル程の一筋の亀裂が走っていた。


「「「え?」」」


 亀裂の入った外壁に驚き、手元の木剣に視線を移すと思わず目を丸くするラグ。兄二人も何が起こったのかわからずに唖然としている。


「あ…」


「「ラグ!」」 


 するとラグは全身から力が抜け意識を失い倒れ込んでしまう。二人の兄は慌ててラグへと駆け寄る。


「ケルン、父上をラグの部屋へ呼んで来い!俺はラグを部屋に運ぶ。」


「わかった!」


 ディアックの指示で屋敷の中へ走っていくケルビ。ラグを抱えたディアックは屋敷に向かいつつ今起こった現象について考えていた。


(今のはまさか…いや、まずはラグを。)


 ディアックは首を左右に振り考えるのを中断して急ぎラグを自室へと運ぶ。


 ラグをベッドへと寝かせ、少しするとケルンがアルグレッドと三人の母であるクレアを連れて慌てた様子でラグの部屋へと入ってくる。


「おまえたち、何があった?」


 ベッドで寝ているラグを心配そうに見つめつつ何があったのかをディアックとケルンに聞くアルグレッド。


「実は…」


ディアックが剣の稽古中のできごとをアルグレッドへと詳しく話し出す。話を聞いたアルグレッドは顎に手を当てしばし考え込む。


「ふむ。おそらくだが、術式の発現だろうな。」


 『術式』とは、この世界ガルディアにおいて一部の者にだけ発現する超常の能力のことである。

 術式を発現した者は『術士』と呼ばれ、発現する能力は個々によって様々で、怪我や病を癒す治癒術士や、火や風、水などの自然の力を自由自在に操る魔術士、近接戦闘に特化した戦術士、日常の生活において様々な用途で使われる道具『魔導器』を作り出す機工術士など実に多岐に渡る。

 術式を発現したものの多くがその分野において大成し、人々は彼等を敬い憧れを抱く。


「我らドーレス家で術式を発現させたのは初代当主以外では初めての事だろうな。まさか我が子が発現させるとはな… まぁ、どのような能力にせよこの子の未来は明るいものになるだろうな。」


 ドーレス家の初代当主は身体能力を強化する能力を持つ戦術士であった。その能力は単純であるからこそ弱点も少なく非常に強力であり、初代当主はクロース皇国でも屈指の戦闘能力を誇っていた。

 戦場では一撃で数百もの敵兵を薙ぎ払ったと言われており、まったくの未開拓地であったドーレス士爵領を開墾できたのも、その力を持って森に生息する魔物を駆逐していったからであろう。


「あなた、この子は、ラグの身体は大丈夫なのですか?」


 いまだ目覚めぬラグの頭を撫で、不安そうにクレアが口を開く。


 お腹を痛めて産んだ我が子の中でも将来が決まっていないラグの事を最も心配していたのは母であるクレアだった。心配しすぎる故にラグに対してだけは少々過保護気味なこともあり、父と上の兄弟二人はラグが剣の稽古でちょっとした怪我をするだけでもクレアが過剰に心配するというやり取りを見ては苦笑いしていた。


 そんな心配性の母ではあるが、ドーレス家の三兄弟としては愛すべき母であった。


「心配はいらん。術士はその能力が発現した時、慣れぬ力故に一晩から長い時は二、三日は寝込むと聞く。ラグもじきに目を覚ますだろう。」


「そうですか。良かった…」


夫の言葉を聞きようやく安堵に胸を撫で下ろすクレア。


「父上、この領地をラグに継がせましょう。」


「兄上なにを!!!」


 突然のディアックの言葉に驚き思わず声を大に叫んでしまうケルン。


「いいから聞けケルン。このドーレス士爵領は初代が術士であったからこそ今がある。同じ術士であるラグが当主になればこの領地も今以上に発展させることができるはずだ。」


 ディアックはラグが倒れたのは術式の発現であると予想し、その時からラグを当主にと考えていた。


「だったら兄上はどうする?!この領地を出て行くというのか!!!」


「何も出て行く必要はないだろう?ラグが領地を発展させれば我が家も豊かになる。そうなれば私とお前の二人でラグを支えていけばいい。」


「しかし、兄上!いくらラグが術士とはいえ、そんなにすぐに領地が発展するわけではないぞ!!!俺も兄上もそう遠くない内に嫁を娶る。家族が増えれば養うために金がいる。税を上げねば養うこともできないだろう。我が家の事情で領民に負担を強いるわけにもいかないだろうに。」


 ドーレス士爵領はその土地柄から領民に課す税はクロース皇国内の他領と比べても非常に安くなっている。そうでもしなければ開墾当初に領民を募ることもできなかったと言う事情もあり当時の皇国皇王が特別に配慮し、ドーレス士爵家が皇国に収める税も非常に安くなっているからこそである。


 ドーレス士爵家の代々の当主は長男を跡継ぎとし、次男をその補佐に、他に兄弟がいた場合には男児であれば独立させ、女児であれば婚姻政策のために他家に嫁がせてきた。そうすることによって領主家族の人数を制限し、領民に課す税を安く抑えることができた。


「ケルン、私はできることであれば兄弟三人でこの領地を発展させていきたいんだ。最初は苦しいかもしれない、領民の負担も増やさなければいけないこともわかっている。それでも三人でやっていけるならば、領民たちには私が頭を下げてでも説得しよう。」


「俺だって出来ればそうしたいさ。だが兄上…」


「まぁ、落ち着け二人とも。まだラグが寝ているのだ、ここでそう騒ぐものではない。」


 少々熱くなっていた二人をアルグレッドが諫める。


「ディアック、お前の言い分も十分に理解できる。私も当主を継ぐ時には随分頭を悩ませたものだ。

 だがなディアック。私はラグの可能性をこの領地で埋もれさせるべきではないと思っている。」


「そうね。術士であれば皇国に仕官し出世することもできるし、他の道でもいくらでも身を立てることができるわ。その可能性をディアック、あなたの我儘で潰すのは可哀そうだわ。」


「父上、母上。…わかりました、この家は私が継ぎます。」


 父と母の言葉にディアックは自分が末の弟の可能性を潰そうとしていることに気付き、自分がこの領地を継ぐのだと決意を固める。


「ふう。しかし、父上。俺達がラグになにかしてやれることはないのか?いくら術士としての可能性が出来たとはいえ、さすがにこのままで独立させるのは正直俺もどうかと思うぞ。今までラグが将来困らないようにと俺達が教えることができるものは教えてきたが、術士としての力の使い方までは教えることはできないからな。」


 ディアックが思い直してくれたことに安堵の溜息を吐くケルン。先程は兄の言葉に反対していたケルンだが、別にラグを嫌ってのことではなかった。

 ケルンはケルンで年の離れた弟のことを大切に思っており、自分がしてあげられることは何でもしようと常に思っているのである。


「…そうだな。他の術士を招いて教育してもらうだけの余裕は我が家にはないが、初代の残した文献が残っていたはずだ。術士が自らの能力についてまとめた書物は一般には出回ることのない貴重なものではあるが、それをラグに与えれば能力についてはある程度は自分でも鍛えることができよう。」


 術士を召し抱えるというのは貴族にとっては大変に名誉なことである。術式を発現させることができるのは一万人に一人とも言われ、広大な国土を持つ皇国でも術士の数は四百人程である。

 術士たちは、その能力を持って国に仕える者もいれば、誰にも仕えずに能力一つで莫大な金銭を稼ぐ者もいる。下手な貴族以上に稼ぐことのできる彼等は余程の事情でもない限り貴族に召し抱えられることはないのである。


「私の知り合いに術士でもいればよかったのだがな…」


 こうしてラグの与り知らぬところでドーレス家におけるラグの教育方針が決まり、皆が皆ラグの将来に思いを馳せ各々の仕事へと戻っていくのである。

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