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99 土産を持参する来客


 来客が来た。



「洋次、コンラッド卿です」

 せっかく洋次が自腹で購入したナース服だけど、現状初日だけしたメアリーは袖を通していない。この次はあるのか、など洋次はモヤモヤしていたら、コンラッドがやって来た。


「ああ、お通しして?」

 いつもの黒い衣服だけ。エプロンもメイドカチューシャも装着していないメアリーの背後に、複数の貴族の領地を管理するコンラッドが立っていた。


「いっつもお世話になってます。代官、今日の御用は?」

「ご機嫌麗しゅう御座るか」

 あれ。


「まぁ、立ち話もなんですから」

「稀人様のお申し出ならば、で」

 チラッ。メアリーを伺っている。


「あの、それでは城の雑務がありますので、失礼致します」

 なんだかな。

 婚約者のハリス・ペンティンスカ嬢が周囲の視線などアウトオブ眼中でイチャラブ光線を乱射していた時と、表情が似ている。どうして似ているかと感じるのか、根拠はないけど、そんな雰囲気なんだ。


「そうですか。おお、メイド嬢」

「メイド嬢?」

 コンラッドはメアリーをメアリーあるいはメイドとだけ呼んでいたハズだ。


「これは心ばかりのお口汚しですが」

「こちらはとても繊細な包みで御座いますね」

「ポーチ?」

 コンラッドはメアリーにプレゼントをした。婚約者いるくせに。


「どうしたんです。物言いとか、態度とか」

「ワルキュラ令嬢と一時の憩いなど如何でしょうか。これは都より取り寄せた焼き菓子であります」

「しかし、このような高級な品、頂く理由が御座いません」

 身体は、特に胸とか、あそことか柔らかいのに、オカタいメアリー。


「ミーナー嬢の一件など、サラージュの稀人のご協力あっての解決。ほんの気持ちでありますよ。ご安心あれ」

 さっきから雰囲気がおかしいコンラッドだ。


「それならば」

「へぇ。まるでお宝でも包んでるみたいだ」

 包装の生地だけでも値が張りそうな贈り物だ。コンラッドは、かなり高給取りらしいから。


「おお、それから稀人様にも飲料の土産がありまして」

「おやおや。私にも?」

 まだコンラッドの目的が掴めない稀人。


かしこまりました。緊急のご用でなければ人払い致します。お帰りはご随意に」

「あ?」

 メアリーが深々とお辞儀をして尖塔から退場する。


「どして?」

「洋次、どうしても、その」

「あ、あのねぇ。赤面しながら近づくのは、どうかなぁ」

 まだわからないらしい。



「ペネ嬢が? ご不満でも? 可愛らしくて素直なお嬢様でしょう。そんな理由でいらっしゃったのですか?」

「そんな? では稀人様は、サラージュのお嬢様は如何いかがです」

「如何? どの様な返答をするご質問か全く」

 やれやれと等身大の擬音を背負ったコンラッドが激しく首を振る。


「つまり、女性としてですよ」

 直球ストレート。

 正面の砲撃隊。

 スクラム組んだラガーマンのタックル。第二波で猪の大群。

 脳天どころか全身に衝撃を受けた。


「ちょ、ちょっと待って」

「おお、顔面に掌を当てておられる」

 酩酊。ヤバいレベルを超過した酔っ払いのようなふらつく足取りで、尖塔の扉を開く。と同時に渦巻く旋風。


東風コチ西風ゼピュロス、みんなあっちで遊んでいなさい」

 ひゅーーーん。くるくると回転しながら飛行逃走する風の精霊の幼生体たち。


「おマセなのか。まさかメアリーの指示だったのか。そりゃないだろう」

「稀人様。その。こちらから訪れて失礼ですが、時間はそれほど余裕がありませぬ」

「おっと失礼」

 扉を締め、かんぬきを下ろして、施錠をがしがしと確認してからコンラッドと対面している椅子に戻る。


「あのーー。私はサラージュのワルキュラ家でお世話になっている借り暮しの身で」

「でも、カミーラ姫は魅力的な女性です」

「そりゃそうですよ。でも、兄と妹みたいな関係です」

「成る程。では、その本官の婚約者のペンティンスカの問題を正直に申しましょう」

「最初から、そうして下さいよ」

 人払いは完了しているのに辺りをキョロキョロして襟を正したり落ち着かない。


 鬱陶しいくらい長い沈黙があった。面倒な問題が襲来したなと内心焦れたころ、コンラッドの口ひげが揺れた。

「歯、です」

「は?」

「歯、なんです」

「歯。ですか」

 早よ話しを進めろ。


「カミーラ嬢の歯なんですが。先日お茶会を開催致しましたな」

「その節は私やサラージュが助かりました。何度お礼を申し上げ」

「ですから、歯です」

 音声だけだと、冥府の王の名前だ。


「カミーラ嬢の歯は、その」

 まだ義歯が完成と宣言できない洋次には重い宿題。必ず解決すると誓った命題がカミーラの牙だ。正確には、〝成人の儀式〟を遂行完了させるための治療や対処をすることが、平凡な高校生だった洋次が『モンスターの歯医者さん』に就任する理由だった。



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