96 野戦食が、変わるかも
城内の広場は一転して料理対決会場に早変わりした。長机に連なるモータ料理長と、当て馬のような痩せた事務方のヨーンが並ぶ。
勝利を疑わないモータと、さらしものになって困惑しているヨーン。見物人は勝負の必要性すら疑っていたけど、この後で使用した食材で振る舞いがあるから高みの見物をしているのだ。
「では、双方、同じ分量であると確認したな。モータ、乳鉢や棒は替えを用意しているから、道具の不具合を勝負の言い訳にするのは不許可だからな」
「は。毎日の仕事で、目を瞑っても負けません。やるだけムダですが中尉のご命令ですから」
「ええ。自分はオチがわかっているから恥をかきたくないのですが」
にんまり。バイアの口元が大きく弧を描いた。
「始め」
バイアの掛け声と同時に、爆音のような連続音が轟いた。
料理長のモータが熟練の動きでで食材を粉砕している。
「さすが。先ず、ゴリアテ豆は秒殺だね。でも」
「ふーー。硬い殻つきの豆を砕くのは面倒だ」
太い片手タイプの杵から、ヘラにチェンジ。
「ほら、これもすぐに」、と同時だった。
「終わりました」
「はっ。岩豆だって、お、終わった?」
「はい、終了」
パンパンとバイアの手拍子と見物人たちのどよめき。
「モータ。豆はまだ三分の二残っているね。それどころか、魚の干物は原型のままだ。葛の根も残っている」
「ですが」
「では、自分の目で確かめてご覧」
勝負食材を載せていた籠が空であるとモータや司令官、そして観客にアピールをする。
「モータ、済まないがヨーンは間違いなく食品を砕いた。まあ実際はみきさーが、らしいが」
ザプンツゥアが冷静に冷徹に判定を下す。
「ご覧。まるで液体か砂だよ」
ミキサーの蓋を開け、杓子で内容物をとりだす。
「だけど、まるでゲロみたいじゃないですか」
「まあ確かにね。でも勝負は食材を砕くだ。モータ、君が負けたんじゃなくてみきさーが勝ったんだ。当然、君がみきさーを使っていたら」
レームに目配せするバイア。
「はい。自分の半分以下の時間でモータ殿は完了していたと断言できます」
皮肉にも当て馬はレームではなくモータ。バイアの意図が悟れないほど愚かではなかったレームが敗者をフォローする。
「と言うことだ。自分は小隊長として、遠征先の兵士の負担を減らしたい。それに、この機械があれば今まで遠慮していた硬い食材も鍋に放り込める。ゲロみたいでも、スープに混ぜれば問題ないと考えている」
「そうですか、まあ道具に負けたんじゃ仕方ないし」
でも負けは負け。モータをからかう野次もないわけじゃない。
「両人ともご苦労」
ぱちぱちと勝負を見守った兵士たちに拍手を求めるバイア。
「バイア中尉」
意外な結果とその後で緩む空気をザプンツゥアが一喝する。
「「「は」」」
准将を除いて総員が棒のように直立した。
「中尉。貴殿はわざわざ王都に赴いて、斯様な品を購入したのか」
「ですが今、ぎ、御意」
「けしからん。著しくけしからん」
「はっ」
「しかも、これは貴殿の私財であるな?」
「御意」
「これはマラム常駐軍が接収する」
つまり没収。取り上げちゃうよって意味だ。
「司令官、没収はさすがに厳罰が過ぎるのでは?」
「バイア中尉。マラム司令官として命令する。この〝みきさー〟を大型を三台。小型を二十台、購入するために再度王都に出張を命じる。もちろん、旅費と購入代金は城の常駐軍が負担する」
自分の功績が認められたバイアは破顔。でも直後、訂正しなければならない事項があると気づいた。
「閣下。自分がみきさーを購入した場所は王都ではなく、ハリス領で」
「司令官の指示はみきさーの購入であり、場所は問わない。貴殿は余の命令を復唱が必要な阿呆なのか?」
「りょ、了解しました」
やや尖った顎に手を添えたザプンツゥア。
「待て、一部命令を訂正する。大型四台、小型二十一台だ。新しい機械を貴殿の小隊に配置せよ」
「はい」
まるで新兵のようなハキハキとした敬礼を返すバイア。
「野戦食が、変わるかも知れぬぞ」
もちろん、バイアもザプンツゥアもミキサーを誰が製造したのか、その目的は何なのかは全く知らない。軍人、武人として効率的な道具を入手する意識しかなかった。だから、表向きは歯が弱ったモンスターのためのミキサーであっても、真実の利用法で駆使する。
「特に冬季は凍える北方の部隊、あるいは大量の食材を扱う我らには必需品になるやも知れぬ」
と独り合点するザプンツゥアだった。
あ。勝負に使った食材は、軍人さんたちがスープに放り込んで煮てから美味しく頂きました。




