95 バイア中尉の土産
オルキア王国の北部。つまり国境地域は昔はマラム城伯の領地だった。
現在は国防強化と子爵に相当するマラム城伯家が王都に移住したので、王国軍の預かり地。軍人のリーダーがマラムの代表責任者になる。
「バイアの土産で兵たちが大騒ぎだと?」
マラム司令官のザプンツゥア准将。四十五歳平民出身、ニューマン族で食事の匙と正妻、愛息以外は剣しか触ったことがないが標語の軍人だ。
「はい、昼前に帰還したのですが」
「それは良いが、どうして騒ぐ」
「はぁ。よほど逸品ではないかと。やはり、さ・け・でしょうか」
「酒。兵士が大勢騒ぎするほど振舞うほどの酒瓶など国防の城に持ち込めるわけなかろう」
「でした」
「やむなし。余が直々に確認致す。不埒な悪酒、品ならば始末する」
「御意」
司令官執務室から素早く立ち上がるザプンツゥア。
「閣下」
「うむ。広場にて披露する品である模様」
がやがやと私服軍服がある品を取り囲んでいる。
「か、閣下」
ある兵士がザプンツゥアに気づいた。
「ちゅーーもおーーく! 司令官閣下、ご来場ーー」
初老の領域に足を踏み入れていても携帯する剣のように軍人として恥ずかしくない体型を保っているザプンツゥア。司令官の接近を某兵士がコールする。
「何事である。バイア」
「閣下。バイア中尉先ほど骨休めから帰還致しました」
バイアのすぐ脇の金属製の棒。なぜか真下で焚き火をしていて、棒を中心に兵たちが群がっている。
「入隊前からの親友の昇進任官と結婚式を兼ねた祝いだったな。失礼、無事の帰還大義であった。そして婚姻は目出度いことだ」
「は。ご記憶にお留め頂き、更に祝辞賜るとは友に代わって篤く返戻申します。感謝致します」
「うむ。世辞はこの辺で。この棒はなにモノだ。そして、なぜ焼いている?」
「さすが御目が高い。これは旧友と王都に向かう途上販売しておりました、〝みきさー〟なる品であります」
「みきさー? この棒が?」
「鍋の下に焚き火を炊いているとしか見えぬが、これでどうして」
「いえ、自分もこれ程大騒ぎになるとは覚悟しておりませんでしたが、自分の小隊の食事の負担を減らそうと購入した次第で」
「これを、か」
しげしげとミキサーを眺める司令官。
「やや。鍋が回転しておる」
「副官。よく観察せよ。回転しておるのは鍋ではない。鍋に差し込まれた羽根だ」
その羽根が回転して食品を小型化する。この大型みきさーは粉砕よりも攪拌や混ぜる作業に比重を置いているタイプなのだ。
「はい、足踏み式でありますが、このみきさー、スグレモノであります」
「済まぬがもっとよく観察したい。兵士諸君、場所を開けて呉れ給え。うむ。これは鍋に直に火を当てられるのだな」
「はい。今までは渡し棒に鍋を掛ける以外の手段がありませんでした」
「別にそれなら鍋も、このみきさーも違いはないだろう?」
とは副官の指摘。
「ごもっともであります。ですが、このみきさーは、食品を攪拌し混ぜながら焼べられる点が従来品とは違うのです」
「攪拌? つまりゴリアテ豆や岩豆を」
「御意。既に仕込み済み。巨人の歯でなければ噛み砕けない皮肉を込められているゴリアテ豆。同じく岩のようだと命名された岩豆。オルキア冬季には、これに付き合うしか途はないのですが」
「しかし、今まではハンマーで砕いていただろ」
「副司令閣下。でも岩で砕くよりも、このみきさーを使用しますと」
バイアは杓子で鍋からスープを掬う。
「ご両人、ご賞味あれ」
「承知した」、「閣下、ならば小官も」
兵士たちの羨む声をバックに小皿に盛られたスープをすする城のトップ2。
「ほぅ。これまでよりも味が柔らかい」
「さすがです、閣下。従来は砕いた殻は鍋に入れてません。硬いですから」
「だが、〝みきさー〟で砕いた殻が入ると、味わいが変わるのか」
「ご明察通りであります。骨付き肉の骨と同じで、ダシになります。我々は硬いだけの理由で旨みを捨てていたのです」
「ですが閣下。バイアが王都で料理の技を仕入れたのは? 外国産の調味料とか」
「そう疑われるのは当然です。でも、この小型みきさーは如何です」
「バイア中尉。貴殿の実家は商家であったな。随分と金満であるな」
要は金持ち道楽だとの皮肉だな。
「副官は相変わらず手厳しい。なれど、この小型みきさー」
「なになに。ゴリアテ豆に岩豆、魚の干物、それに葛の根。どれも硬い品々であるな」
「左様。ですが、城内でなく遠征先では貴重な食材ですが、これを一々砕く手間暇は大変な労力です。まして冬季には手が凍える」
「それが軍人たる勤めだ」
「構わぬ、バイア説明を続けよ」
「は。では、これらの食材を、そうだ。モータ料理長」
見物人でただ一人白い衣装の男、まさに料理長を指名する。
「これらを全て砕いてくれ」
「は。三分以内に粉々にしてみせます」
「では、ヨーン。君がみきさー担当だ」
「自分ですか。でも自分は料理など一切知りません」
「だから面白いんだよ、宜しいですね、司令官閣下」
「余興としては面白そうだ。許可する」




