94 豚の毛
「豚ぁ? そりゃ何日に一頭はシメているけどよ」
シメ、家畜の屠殺の意味だな。
「毛はどうしています?」
「毛ぇ? 豚の毛かい?」
「まれびとーーアンはねぇ、豚の毛のベットで寝てるよーー」
サラージュ唯一の食べ物屋、『ニコの店』。
食堂とか惣菜屋と名乗っていないのは、座席数とか惣菜も売ったり売らなかったりと不安定なサラージュの経済と食料事情に関係している。
「汚れてなくて揃った毛をブラシにすることも、たまーーにあるが、まぁほとんど捨ててるな」
「捨て、て。そうか、歯ブラシの意識がないから」
「豚の毛で歯ブラシすんのか、冗談だろ」
ド、タン。ニコのひと振りでアヒルらしい鳥の首が切断された。既に首をシメて死んでいるから音だけがスゴいので、ご安心を。
「その豚の肉を口から、舌で味わって美味しく頂いているじゃないですか」
「だけど豚だぞ、豚。その毛を口に入れるのか?」
「地球のアジアでは結構古くからの習慣なんですけど」
「はぁーー。まあモンスターの歯にツッコムなら構わないけどよーー。俺は嫌だねぇ、豚の毛なんてゴメンだ」
「そうですか。それで、豚毛なんですけど」
「ああ、じゃあ夜にでもって予定してたけど、今豚をシメるから、毛なら持ってけ。革はダメだぞ、売りもんになるからな」
「感謝します」
「ねぇねぇまれびとーー」
つんつん、アンが背後から腰を指先ノック。
「ぶたの毛でなにするの?」
「毛を洗って纏めて縛ってブラシをつくるんだ。これがると虫歯になりにくくなる」
ならないとは断言しません。
「ブラシ?」
「そう。これもレームさんかホーローの協力が、いや」
「どしたのーー?」
無意識に探偵ポーズを作っていた。
「豚の毛を口の中に入れる抵抗感を払拭意識改革。だとしたら姫、様だな」
「アンならぶたの毛だいじょーーぶだよーー」
「有難う、アン。でもアンは豚を潰すのに慣れてるから」
慣れているニコですら豚の毛を口腔に入れる──挿れるなのかな? ──ためらいがある。
「じゃあ、試しに獣毛じゃない歯ブラシも試作するかな」




